【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸

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番外編

卒業する side レイリー

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レイリー=スタームが、婚約を交わした際、ラヴェルの父には伝えてあった。

「ラヴェル様が外を歩けるようになって、色んな人と関わるようになりました際は、直ぐに破棄できるよう口約束という形にして頂きたいのです」
「……それは、あの子の本意ではない。君にも分かるだろう」
「公爵閣下。確かに私は、ラヴェル様の命の恩人と思われておられるでしょう。しかし、私は仕事の一環で行ったまでです。外の世界を知れば、男で年上で家も飛び出し、治療院に身を置く自分など、取るに足らない存在だといつか気づくでしょう」

公爵閣下、ラヴェルの父は苦笑する。

「なぜ君がそこまで自分を卑下しているのかは分からないが、君が婚約を望んでないことは理解した」

仕事の一環、そう言われれば婚約を望んでいないと思われて当然だった。
レイリーはそもそもラヴェルとどうにかなりたいなどとは少しも思っていなかった。
本当に弟のように可愛がっていただけなのだ。

「……申し訳ありません」
「謝らないでくれ。例え、あの子が傷ついたとしても、それは仕方の無いことだ。それで、治療が終わったらどうするつもりなんだい」
「ここへは来ません。ただ、聡明なラヴェル様のことですので、直ぐに気づかれるでしょう。その時はありのままお伝えください」
「君が、婚約は口約束にしたと、そして君は望んでいなかったと?」
「はい」

レイリーが公爵閣下の方を見ると、苦しそうな顔をしているのが分かった。
これから、自分の大切な息子が確実に傷つくのだ。仕方ないと思っていても割り切れない思いがあるに違いない。

「それでは君だけが悪者になる」
「……それで構いません。もっとこっぴどく振った方が良いのでしょうが…私にはそういうことは向いていないようで」
「そうだな、君には向いてない。そして、悪者になることにも向いてないと思うがな」

溜息を苦笑しながら公爵閣下は言う。まるで、レイリーが聞き分けの悪い子供のように感じた。

「レイリー、私が断言しよう」

そして、不敵に笑った。

「あの子は存外執拗いと思うぞ。なにせ、妻にそっくりだからな」












そして1ヶ月ほど経って、執務室に来たイヴに事の顛末を話した。

「え゛! は、八歳の子供と婚約をしていた?! 相手はあのラヴェル=アンデルベリ様?! に、兄様がですか?!」
「……やはり驚くか」
「驚きますよ! 兄様は患者は患者としてしか見ないじゃないですか」

イヴの言われたことに、目を丸くした。
レイリーが思っていた部分と違う視点に驚いていたからだ。

「……八歳の子供の男の子で、公爵家次期当主という部分ではない?」
「それも驚きますけど、そこよりもです。兄様が患者に対して必要以上に接することはないじゃないですか。治療優先で、効率重視の兄様らしくないです」

言われて、気づく。
イヴの言う通り、患者は患者で、それ以上でも以下でもない。何より他の感情はムダだと思っていた。心の内はいつも治療に燃やし、頭の中はいつも効率よく仕事を行えるように冷静であった。

だから、例え自分の中ではフリだったとしても、婚約をするなどありえないことだった。

「凄い方に求婚されていたんですね。兄様はそういうことにあまり興味が無いと思っていたので、喜ばしい限りです」
「……いや、このまま自然消滅を狙っているんだ」
「え?!」

イヴは更に驚いた。

「に、兄様がそんな…だ、ダメですよ! 自然消滅なんて、トラウマものですよ?!」
「だか、振ったとしてもトラウマものだ」
「そうかもしれません。けど、自然消滅は前を向くことすらさせてもらえません」

レイリーは恋愛をまともにしたことがなくて、イヴの言っている意味が理解出来なかった。
イヴは弟だが、恋愛経験は人並み以上にある。 先輩のようなものだ。

「ずっと、一生、その人のことをどこか頭の片隅に抱えて生きることになるかも知れません。兄様、本当に良いんですか?」
「……それは」
「良いですか?これはラヴェル様に言っているのではありませんよ」

益々意味が分からなかった。
いつも病気のことの理解なら早いのに、こうも恋愛に関しては理解が遅い自分が憎い。

「兄様が、一生後悔を抱えることになるんです。ラヴェル様が誠実に愛を伝えたことに対して、兄様が真正面から受け取らなかった事を」
「私が?」
「そうです。 私も嘘をついて後悔したでしょう。……まさか兄様も嘘をつくなんて思いませんでした」
「嘘……をついているのか」

婚約を望まれて、それに肯定したのに、ラヴェルの父には婚約を望んでいなかったと伝えた。

嘘をついた弟を叱ったのに、自分も同じことをしているのか。

「ええ、嘘をついてます」
「……そうか」

イヴはイエローダイアモンドの瞳に弧を描いた。

「だって、兄様がこんな1人のことに振り回されてるなんて、私の事以外で初めてなのに、その感情に嘘をついてるんですから」

ふと、ラヴェルの天使のような微笑みが浮かんだ。

「良いじゃないですか。もしラヴェル様が他の人と結婚したいといつか言ったとしても、兄様には患者さんがいっぱい居ますから、きっと寂しくないですよ」
「……それは」
「仕事が大好きなのは分かりますけど、少しは他のことにも目を配ってください。ラヴェル様との時間はそんなに治療の邪魔でしたか?」

邪魔なはずがない。

いつだってラヴェルの天使のような笑顔に癒されたし、努力するラヴェルに胸を打たれてきた。
婚約者になれば、ほんの少しだけ甘えてくれるようになった。
弟のように接しても構わないと言った、ラヴェルのグレースピネルの輝きが、忘れられない。

「兄様。もう弟は、卒業する時が来たんですよ」

イヴは、そう言ってほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。
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