悪女の秘密は彼だけに囁く

月山 歩

文字の大きさ
2 / 10

2.ドブソン子爵の元妻

しおりを挟む
 私が結婚したのは、当時十八才で、スペンサーとの結婚を夢見ていた頃だ。

 スペンサーは両親を説得するからと、侯爵家の執務や事業を頑張り出して、私と会えることがごく僅かになっていた。

 それでも私は、スペンサーが前向きに動いてくれていたことに満足していたから、会えなくても不満はなかった。

 けれど、ある日お父様に呼び出された。

「マリアンナ、ドブソン子爵との結婚を決めたよ。」

「えっ、お父様、私はスペンサーとお付き合いしていると言っているではないですか。」

「ああ、あのスペンサー卿と言う男とは結婚などできないさ。
 彼の両親は同じ侯爵家の令嬢と結婚させる気で動いている。

 あの息子は、親がそんな一時の感情で、相手を変えるなんて夢みたいなことを許すはずがないのに、気がついていないだけだ。
 まだ青いな。

 まぁ、その話はいいんだ。
 それよりもお前の結婚だ。

 ドブソン子爵は、この家の借金とこの先の生活も見てくれるって言っているんだ。

 そんな高値でお前を買ってくれる男は、ドブソン子爵だけだ。」

「お父様はなんて下品なの。
 私を物のように売りつけるとは。」

「お前は何を言っている?
 まだ価値があるうちいいと思え。
 バーバラは心を開かないし、病気がちで金ばかりかかる。」

「お母様をそんな風に言わないで。」

 「ふん、お前がドブソン子爵と結婚しないと言うのなら、バーバラに使っている無駄に高い薬を今すぐやめるぞ。

 そうなったら、バーバラはあっと言う間だろうな。」

「酷いわ。
 あなたの妻でしょ?」

 お父様は、病いで苦しんでるお母様を見捨てる気だ。

「見た目だけはいいから、結婚したけれど、とんだ外れクジだったよ。」

「酷いわ。」

「寝ついてろくに妻の役目も果たせないし、いつでも捨てていいんだぞ。

 そうなってもいいのか?
 お前のせいで、母親が酷い目にあうんだぞ。」

「やめて。
 わかったわ。
 ドブソン子爵と結婚するわ。
 だから、お母様の薬を続けて。」

「最初からそう言えばいいんだ。
 娘のくせにそれぐらい役に立て。」

「でも、お父様、もしお母様の薬を勝手にやめたら、ドブソン子爵に言って、この家への手助けをやめてもらうから。

 それだけは忘れないで。」

「ドブソン子爵から、たっぷり金銭を引き出せばいいだけだ。」

「最低ね。」

 こうして、ドブソン子爵と私は結婚した。

 最後にスペンサーと一目会って、結婚できなくなったことを謝りたかった。

 でも、それすら叶わずに、私はドブソン子爵に嫁いだのだ。

 結婚した後に、ドブソン子爵と夜会へ行くと、スペンサーと会うことがあった。

 その頃の私はドブソン子爵の選ぶ下品で露出の高いドレスを着ていたから、スペンサーが冷たい眼で私を見ていたのは知っている。

 彼だけでなく、周りの方々もすべて私を見下し、陰口を言っていることも。

 でも、私は心を見せず、笑顔を保った。

 可哀想と思われるより、マシだと思ったから。

 スペンサーと結婚するはずが、貧しさのせいで下品なドブソン子爵と結婚して、とても惨めで悲しく、夜会の場で涙を堪えていた。

 お母様を守りたくて選んだ道が、これほど苦痛であるとは。



 結婚したドブソン子爵は、年のせいか男性としての機能を失っていた。

 でも、それを人に知られるのが男として屈辱であるらしく、私にわざと下品な露出の高いドレスを着せて、夜会へ行くのだ。
 
 そして、あたかもいつも二人はそうであると見せつけるように、抱きしめながら首や胸元にキスしたり、舐めまわしてきたりして、私が周りを気にして、嫌がるのを喜んでいた。

 それを見た人達は、たいがい眉を顰めて、目を逸らして去って行く。

 でも、一部の男性は物欲しそうに私を見る。

 それが、ドブソン子爵の性的なプライドを満足させるようだ。

 自分はこの女をいつも満足させていると。
 それは、大いに間違いだけれど。

 私は気持ちが悪いし、男達の視線が嫌で仕方がない。

 でも、泣いたらもっと惨めだから、堪える。

 その繰り返しだった。

 だが、ドブソン子爵は邸の中では、私に目もくれず、ひたすら仕事をして、財産を増やすことしか、興味を示さない。

 私にはドブソン子爵と出かけて恥をかくか、邸に引きこもるかの二択しかなく、自分から邸の外に出ようとは思わなかった。

 そんな、屈辱でしかない結婚は、ドブソン子爵の予想外の事業の失敗で、僅か三年間で幕を閉じた。

 ドブソン子爵は私に離縁状をつきつけると、お金のかかる私とカウレン男爵家の援助を捨てて、あっと言う間に領地に引きこもった。

 私と言う悪女に誑かされて、財産を失った。と罪をなすりつけることも忘れずに。

 悪評の中、男爵家に出戻ったら、今度はお父様までが私のせいで、財産を失ったと言いふらす。

 最初から、借金だらけのくせに、私のせいだと言った方が同情されるのか知らないけれど。

 そしてそのまま、援助してくれそうな女性と失踪した。

 結局、カウレン男爵家には、私とお母様が残り、ぼろぼろの邸に二人で住んでいる。

 そんな時、邸に訪れたのが、ボレック公爵だった。

 ボレック公爵は私とお母様の身を案じて、貴族の邸で、ピアノを弾くお仕事を私に紹介してくれている。

 高齢のため人目のある夜会では踊らないけれど、邸では夫婦で踊りたいと思っている方々向けに、夜会の片隅で、ダンスに合わせてピアノを弾く仕事を、紹介してくれているのだ。

 それは、秘密の契約で。

 特に高齢の夫婦が、抱き合ってキスしながら二人でダンスをすることは、はしたないと人前ではできない。

 子供達や親戚のいる前で、あからさまな男女でいることをとうの昔に諦めている。

 でも、高齢になっても愛し合う夫婦は、誰しもがそうであったように、ダンスしながらも情熱的に抱きしめ合ったり、キスをしたいのだ。

 特に高齢の方にとっては、それが大事なスキンシップだったりする。

 そんな時ピアノを演奏しているのが私なら、夫人達も恥ずかしくないのだ。

 何せ私は夜会で散々キスしていたし、相手は下品なドブソン子爵なのだから、夫人達にとって愛する夫は年をとっていても、恥ずかしい存在ではない。

 だから、私の前で皆堂々と夫婦で楽しむのだ。

 私はまるでそれが当たり前のような顔をして、ピアノを弾いていればいい。

 私はダルレ卿を捨てて、ドブソン子爵と実家のカウレン男爵家を潰した悪女と噂されているけれど、彼らのことを人に話すことはなかった。

 だから、下品で悪女だけれど、秘密を守ると思われている。

 大人の付き合いには、秘密はつきものだから。

 夜会でボレック公爵にエスコートされているとあまりの高貴さに、口さがないことを私に言って、侮辱することはできないのだ。

 だから、夜会には、ボレック公爵と顔を出す。

 そんな時に、スペンサーと再会したのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

君から逃げる事を赦して下さい

鳴宮鶉子
恋愛
君から逃げる事を赦して下さい。

偽りの愛に囚われた私と、彼が隠した秘密の財産〜最低義母が全てを失う日

紅葉山参
恋愛
裕福なキョーヘーと結婚し、誰もが羨む生活を手に入れたはずのユリネ。しかし、待っていたのはキョーヘーの母親、アイコからの陰湿なイジメでした。 「お前はあの家にふさわしくない」毎日浴びせられる罵倒と理不尽な要求。愛する旦那様の助けもなく、ユリネの心は少しずつ摩耗していきます。 しかし、ある日、ユリネは見てしまうのです。義母アイコが夫キョーヘーの大切な財産に、人知れず手をつけている決定的な証拠を。 それは、キョーヘーが将来ユリネのためにと秘密にしていた、ある会社の株券でした。 最低なアイコの裏切りを知った時、ユリネとキョーヘーの関係、そしてこの偽りの家族の運命は一変します。 全てを失うアイコへの痛快な復讐劇が、今、幕を開けるのです。

役立たずと捨て石にされたコミュ障皇女は、死地に送られ愛される

なかの豹吏
恋愛
   テオリカンの皇女、ヴァレリア。  三姉妹の末娘である彼女は社交性も乏しく、挨拶をしてもどもるばかり。  年の離れた公爵令息に言い寄られるも、それを狙う姉に邪魔だと邪険に扱われる始末。  父親から社交界では使えないと評され、ヴァレリアは十三歳にして滅亡寸前の弱小国、ドミトリノ王国へ謀略の為の『生贄』として差し出されるのであった。  そこで結婚相手となる皇子、マリウスと出会い彼と接するうちに恋心が芽ばえるヴァレリア。  だが今回の結婚の目的は、テオリカンがドミトリノ王国を奪い取る為の謀略だった。  負け戦とわかっていてもなお決起に燃えるマリウス率いるドミトリノ王国軍。  その出陣前にヴァレリアは―――。

そんな世界なら滅んでしまえ

キマイラ
恋愛
魔王を倒す勇者パーティーの聖女に選ばれた私は前世の記憶を取り戻した。貞操観念の厳しいこの世界でパーティーの全員と交合せよだなんてありえないことを言われてしまったが絶対お断りである。私が役目をほうきしたくらいで滅ぶ世界なら滅んでしまえばよいのでは? そんなわけで私は魔王に庇護を求めるべく魔界へと旅立った。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

処理中です...