離れ離れの婚約者は、もう彼の元には戻らない

月山 歩

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1.バーンハルトとの別れ

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 フェルミノ王国のセシーリアはフェルミノのただ一人の王女である。

 周囲には四つの国があり、その中の一つの国と政略結婚するべく、婚約中であった。

 そのため、マイルズ王国に渡り、バーンハルト王子と王宮で結婚準備の日々を送っていた。

 だがある夜、慌てた近衛騎士が二人の元にやって来て、

「申し上げます。
 ただ今、西国のノルマンド王が我が国の砦を乗り越え、こちらに攻め入っているとのことです。

 兵は数万とのことで、もはや我が国に立ち向かうすべはないようです。

 西国軍が王宮まで攻め入るのに、ほとんど猶予はないようです。」

「なんだと?
 それは本当か?」

「はい、すぐに王の元へ。」

「わかった。」

 そう言ってバーンハルトは走り出した。
 その後をセシーリアが追う。

 二人が慌てて王の間にたどり着くと、王と王妃はすべてを悟ったように佇んでいた。

「バーンハルト、もはやこの国が滅ぶのは避けられないようだ。
 フェルミノへ多くの兵士を合同訓練に向かわせなければ、よかった。

 よもや侵攻して来る国があるとは。
 少しでも時間稼ぎできているならば、我が軍もフェルミノの援軍も間に合ったのに。

 私の慢心が招いたことだ。
 許してくれ。
 私達はここで、この国と共に最後をむかえる。

 お前達はフェルミノへ逃げて、いつかマイルズ王国を復国してくれ。
 私達の最後の願いだ。」

 そう言って王は涙を流した。

「父上、私も共にこの国に残って、最後まで戦いたい。
 そうすれば、加勢が間に合うかもしれません。」

「敵の兵士が多すぎるから、ここで私達が戦っても、多くの民が巻き込まれて、無駄死にするだけだ。
 頼む、願いを聞いてくれ。」

 王が必死に懇願する姿に、バーンハルトは頷くしかなかった。

「わかりました、父上。
 約束します。
 必ずやこの手で王国を取り戻すと。」

 そう言って、バーンハルトはセシーリアの手を引いて、走り出した。
 後にはバーンハルトの側近達が続いた。

 バーンハルト達は彼の部屋から城の裏門前に出る隠し通路を使って、城から抜け出し、崖横の緊急時に使えるように飼育されている馬に乗って、夜霧の中フェルミノ王国へと急いだ。

 しかし、しばらく暗闇が広がる森の中を駆け進んでいると、ぬかるんだ道にバーンハルトとセシーリアの乗った馬がバランスを崩し、木の根本に馬の足が引っかかる。

 馬は嘶きながら立ち上がり、その反動で二人は道沿いの崖から投げ出される。

 ザザっと二人は崖の下の方に転げ落ち、痛みに、眉をしかめる。

「大丈夫か?」

 バーンハルトは、セシーリアのいる崖の最下層まで降りてこようとする。

 だか、バーンハルトの位置からは暗すぎて、セシーリアの姿をとらえることはできない。

 セシーリアは、バーンハルトのいる位置よりもずっと下まで、転げ落ちていた。

「足首を捻って、立ち上がれそうにないわ。」

 崖の上の方のどこかにいるバーンハルトに向かって、暗がりの中、セシーリアは声を張り上げた。

 上まで登らなければならないことを考えて、二人はそれぞれに崖を見上げる。

 捻った足首ではとても崖を登ることはできそうにない。

 バーンハルトが私を背負って、崖を登り、元の道に戻るのは不可能だろう。

 「バーンハルト様、私をここに置いて、お逃げください。

 私は崖を登れそうもありませんし、あなたが私のところまで来たとしても、私を抱えて崖を登ることはできないでしょう。

 私を助けるために時間がかかれば、バーンハルト様が、追っ手に捕まってしまいます。

 私を残して逃げて、マイルズ王との約束を守ってください。」

 セシーリアはサファイア色の瞳を潤ませながら、バーンハルトのいる方へ叫ぶ。

「そんなこと、できるはずないよ。
 僕達は一緒になるのだから。」

「私のことは忘れてください。
 私のせいで、命を失うあなたを見たくないのです。
 お願いです。」

 セシーリアは必死に説得する。

 バーンハルトはしばし悩むが、セシーリアを助け出すことは難しいことは、明白であった。

「許してくれ。」

 そう告げるとバーンハルトは急いで崖を登り、側近達になんとか上まで引き上げられ、彼らの馬に同乗すると走り去った。

 馬が走り去る音を聞いたセシーリアは、これで良かったのよ、と囁いた。

 もしかしたら、私はここで、最後をむかえるのかもしれないけれど、バーンハルトの婚約者として、彼が生き残る可能性を少しでも増やすことができたのだから、悔いは残らないわ。

 そう呟いて、目を閉じ、気を失った。

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