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1.事故
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オーティス伯爵令嬢のシャノンは、毎月恒例の顔合わせのため、婚約者であるクロードの邸に、彼女の家の馬車で向かっている。
クロード・エバンスとは幼少期から結婚を約束されている幼馴染であり、二人は仲も良かった。
クロードはエバンス侯爵家の大切な一人息子で、シャノンよりも家柄がかなり上である。
本来ならばこの二人が結婚することはないはずだけれど、「子供が望んだら、オーティス伯爵家の娘と結婚させるように。」と、エバンス家のお祖父様の遺言があり、侯爵家の強い希望で婚約が決まったのだった。
幼少期から何度も通ったエバンス邸へ向かう道中、シャノンは馬車から、王都の街並みをぼんやりと眺めていた。
晴れた空と暖かな空気が、心地良く感じる。
その時、馬車の前方を横切るかたちで、細い道から数匹の犬が連なるように飛び出して来た。
驚いた馬は犬を避けようと、急に方向を変え、ガタンと大きな音を響かせながら、馬車は瞬く間に横転した。
御者は転がり落ち、倒れた馬は立ち上がろうともがいている。
シャノンは馬車の中で転倒して、右足に激しい痛みを感じた。
立ち上がろうと試みるが、痛みで体を動かすことができず、そのまま意識を失ってしまった。
「わかるかい?」
目が覚めると、白衣を着た綺麗な顔の男性が心配そうにシャノンの顔を覗き込んでいる。
私はどこかの部屋のベッドに寝かされているのね。
ここは一体どこだろう?
「…はい。」
「目が覚めて良かった。
ここは治療院だよ。
君は事故に遭ったんだ。
覚えているかい?」
そうだわ。
馬車が横転して、私は足を痛めたんだわ。
「はい。」
私はぼんやりと答える。
身体が強張っているため、少し動こうとするだけで、足に激痛が走る。
「痛い。」私は顔を歪める。
「僕は医師のカミーユだよ。
君の担当になったんだ。
足が痛むんだね?」
「はい、動こうとすると。」
「君は事故の衝撃で、足を骨折しているんだ。」
「えっ。」
驚きながら、辺りをよく見渡すとカミーユ先生の後ろには、涙を流しているお母様と、固い表情のお父様がいる。
「お父様…、お母様…。」
「シャノン、可哀想にどうしてこんなことに。
カミーユ先生、本当になんとかならないんですか?」
お母様は泣きながら、横たわる私を見つめる。
「…はい、残念ですが。」
お母様は再び涙を流し、声を詰まらせる。
「残念ですが、君の足はもう元には戻らない。
うまくいっても、歩く際には右足を引きずるようになるだろう。」
カミーユ先生も顔を歪めて、深い憂いを浮かべている。
えっ、本当なの?
私の足が元に戻らない?
まさか、そんなことないはずだわ。
私は納得ができず、痛みを堪えながら右足を無理に動かそうとする。
けれども、足の先にはほとんど感覚がなく、自分の足なのに動かすこともできない。
本当に私の足は元のように動かないの?
ちょっと待って、嫌よ。
そんなの嫌、無理、耐えられない。
信じたくない。
私はたまらず震えながら、静かに涙を流した。
否定したいけれど、カミーユ先生の言うことが現実なのだと、薄々気づいていた。
右足はただ痛むばかりで、全然動かせそうもないから。
どうしてこんなことに。
このまま、足が動かなければ、歩けなくなる。
もしかしたら、私は一生寝たきりの生活なの?
嫌、誰か助けて。
これは悪い夢で、目覚めたら元に戻るから大丈夫だと誰か言って。
私は不安と恐怖で、涙がとめどなく溢れていて、ついには両手で顔を隠し、泣き出した。
けれども、ここが多分病室で周りにも人がいると思い、嗚咽を抑え込んだ。
とても辛くて、泣くことを我慢することはできなかった。
「大丈夫だよ。
できるだけ動けるように、一緒に運動をしよう。
そうすれば、元通りとはいかないけれど、杖を使って歩けるようになるから。」
カミーユ先生は、泣き続ける私の頭を優しく撫でながら、慰めの言葉をかけた。
私は涙が止められず、両手で顔を覆ったまま、ただ頷くことしかできなかった。
これから、私はどうなってしまうのだろう?
その少し前に遡る頃、カミーユは、馬車の事故で傷だらけで運ばれて来たシャノンを見て、思わず息を呑んだ。
何て、白く儚げな女性なんだろう。
彼女は意識を失っていて、瞳は閉じられているけれど、その美しさに動揺した。
「カミーユ先生、お願いです。
シャノン様を助けてください。
馬車が転倒して足をぶつけたようで、足が曲がってしまっています。
何とか、何とかお願いします。」
付き添いの男性は頭から血を流しながらも、意識のない女性を気遣って、必死に頭を下げる。
「とりあえず見てみますから、部屋に運びましょう。」
数人で彼女を奥のベッドに寝かせると、ドレスの裾を引き上げ、覆われていた足を見てみる。
彼女の右足は、膝から下のところで腫れ上がり、足の向きが内側にねじれている。
「足が折れていますね。
すぐにできる限り、足を元の位置に戻します。
処置をする間、意識がなくて良かった。」
「いますぐ準備を。」
「はい、カミーユ先生。」
カミーユはシャノンの右足を少しずつ真っ直ぐに戻して、固定具を取り付ける。
その間、意識がないその女性は、顔を歪めているが、目を覚ます気配はない。
できるだけ、足を真っ直ぐにしたが、多分二度と普通に歩くことはできないだろう。
こんな綺麗な若い女性が、可哀想に。
医師として、この女性のこれから起こるであろう未来が分かる分だけ、胸が痛んだ。
テッドと言う付き添いの男性は、頭の傷を手当てされながらも、女性の足の怪我について伝えてから、涙を流し続けている。
「僕のせいだ。
僕のせいで、シャノン様は…。
先生、何とかなりませんか?
僕が代わりに足をシャノン様にあげますから。
お願いします。」
テッドは悲しそうに泣き続ける。
「できる限りのことはしました。
後は運動次第で歩けるかもしれないと言うところだよ。」
「運動すればいいんですか?
運動すれば治るんですか?」
「いや、治るわけではない。
歩ける可能性があると言うことだよ。
歩けたとしても、引きずるようにはなってしまうだろうけれど。」
「うー、どうすれば、僕はどうすれば…。」
「まず君は、頭の傷が治るまで、安静にしていて。」
そう話すと、テッドは項垂れた。
その後、先ほどの女性は、シャノンと言う伯爵令嬢だと知った。
通りで、あの美しさは深層の令嬢と言うに相応しい。
カミーユは、ますますシャノンの未来を憂い、余りにも辛い人生になるだろうと痛感していた。
クロード・エバンスとは幼少期から結婚を約束されている幼馴染であり、二人は仲も良かった。
クロードはエバンス侯爵家の大切な一人息子で、シャノンよりも家柄がかなり上である。
本来ならばこの二人が結婚することはないはずだけれど、「子供が望んだら、オーティス伯爵家の娘と結婚させるように。」と、エバンス家のお祖父様の遺言があり、侯爵家の強い希望で婚約が決まったのだった。
幼少期から何度も通ったエバンス邸へ向かう道中、シャノンは馬車から、王都の街並みをぼんやりと眺めていた。
晴れた空と暖かな空気が、心地良く感じる。
その時、馬車の前方を横切るかたちで、細い道から数匹の犬が連なるように飛び出して来た。
驚いた馬は犬を避けようと、急に方向を変え、ガタンと大きな音を響かせながら、馬車は瞬く間に横転した。
御者は転がり落ち、倒れた馬は立ち上がろうともがいている。
シャノンは馬車の中で転倒して、右足に激しい痛みを感じた。
立ち上がろうと試みるが、痛みで体を動かすことができず、そのまま意識を失ってしまった。
「わかるかい?」
目が覚めると、白衣を着た綺麗な顔の男性が心配そうにシャノンの顔を覗き込んでいる。
私はどこかの部屋のベッドに寝かされているのね。
ここは一体どこだろう?
「…はい。」
「目が覚めて良かった。
ここは治療院だよ。
君は事故に遭ったんだ。
覚えているかい?」
そうだわ。
馬車が横転して、私は足を痛めたんだわ。
「はい。」
私はぼんやりと答える。
身体が強張っているため、少し動こうとするだけで、足に激痛が走る。
「痛い。」私は顔を歪める。
「僕は医師のカミーユだよ。
君の担当になったんだ。
足が痛むんだね?」
「はい、動こうとすると。」
「君は事故の衝撃で、足を骨折しているんだ。」
「えっ。」
驚きながら、辺りをよく見渡すとカミーユ先生の後ろには、涙を流しているお母様と、固い表情のお父様がいる。
「お父様…、お母様…。」
「シャノン、可哀想にどうしてこんなことに。
カミーユ先生、本当になんとかならないんですか?」
お母様は泣きながら、横たわる私を見つめる。
「…はい、残念ですが。」
お母様は再び涙を流し、声を詰まらせる。
「残念ですが、君の足はもう元には戻らない。
うまくいっても、歩く際には右足を引きずるようになるだろう。」
カミーユ先生も顔を歪めて、深い憂いを浮かべている。
えっ、本当なの?
私の足が元に戻らない?
まさか、そんなことないはずだわ。
私は納得ができず、痛みを堪えながら右足を無理に動かそうとする。
けれども、足の先にはほとんど感覚がなく、自分の足なのに動かすこともできない。
本当に私の足は元のように動かないの?
ちょっと待って、嫌よ。
そんなの嫌、無理、耐えられない。
信じたくない。
私はたまらず震えながら、静かに涙を流した。
否定したいけれど、カミーユ先生の言うことが現実なのだと、薄々気づいていた。
右足はただ痛むばかりで、全然動かせそうもないから。
どうしてこんなことに。
このまま、足が動かなければ、歩けなくなる。
もしかしたら、私は一生寝たきりの生活なの?
嫌、誰か助けて。
これは悪い夢で、目覚めたら元に戻るから大丈夫だと誰か言って。
私は不安と恐怖で、涙がとめどなく溢れていて、ついには両手で顔を隠し、泣き出した。
けれども、ここが多分病室で周りにも人がいると思い、嗚咽を抑え込んだ。
とても辛くて、泣くことを我慢することはできなかった。
「大丈夫だよ。
できるだけ動けるように、一緒に運動をしよう。
そうすれば、元通りとはいかないけれど、杖を使って歩けるようになるから。」
カミーユ先生は、泣き続ける私の頭を優しく撫でながら、慰めの言葉をかけた。
私は涙が止められず、両手で顔を覆ったまま、ただ頷くことしかできなかった。
これから、私はどうなってしまうのだろう?
その少し前に遡る頃、カミーユは、馬車の事故で傷だらけで運ばれて来たシャノンを見て、思わず息を呑んだ。
何て、白く儚げな女性なんだろう。
彼女は意識を失っていて、瞳は閉じられているけれど、その美しさに動揺した。
「カミーユ先生、お願いです。
シャノン様を助けてください。
馬車が転倒して足をぶつけたようで、足が曲がってしまっています。
何とか、何とかお願いします。」
付き添いの男性は頭から血を流しながらも、意識のない女性を気遣って、必死に頭を下げる。
「とりあえず見てみますから、部屋に運びましょう。」
数人で彼女を奥のベッドに寝かせると、ドレスの裾を引き上げ、覆われていた足を見てみる。
彼女の右足は、膝から下のところで腫れ上がり、足の向きが内側にねじれている。
「足が折れていますね。
すぐにできる限り、足を元の位置に戻します。
処置をする間、意識がなくて良かった。」
「いますぐ準備を。」
「はい、カミーユ先生。」
カミーユはシャノンの右足を少しずつ真っ直ぐに戻して、固定具を取り付ける。
その間、意識がないその女性は、顔を歪めているが、目を覚ます気配はない。
できるだけ、足を真っ直ぐにしたが、多分二度と普通に歩くことはできないだろう。
こんな綺麗な若い女性が、可哀想に。
医師として、この女性のこれから起こるであろう未来が分かる分だけ、胸が痛んだ。
テッドと言う付き添いの男性は、頭の傷を手当てされながらも、女性の足の怪我について伝えてから、涙を流し続けている。
「僕のせいだ。
僕のせいで、シャノン様は…。
先生、何とかなりませんか?
僕が代わりに足をシャノン様にあげますから。
お願いします。」
テッドは悲しそうに泣き続ける。
「できる限りのことはしました。
後は運動次第で歩けるかもしれないと言うところだよ。」
「運動すればいいんですか?
運動すれば治るんですか?」
「いや、治るわけではない。
歩ける可能性があると言うことだよ。
歩けたとしても、引きずるようにはなってしまうだろうけれど。」
「うー、どうすれば、僕はどうすれば…。」
「まず君は、頭の傷が治るまで、安静にしていて。」
そう話すと、テッドは項垂れた。
その後、先ほどの女性は、シャノンと言う伯爵令嬢だと知った。
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