いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩

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2.婚約破棄

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 数日後、治療院のベッドに横たわる私の元へ、固い表情の両親が訪れた。

 私は事故の日からベッドの上で過ごし、少しずつ現実を受け入れざるを得なくなっていた。

 右足は相変わらず痛むし、動かないままだったから。

 お父様は私の手を取って、言いづらそうな表情で話し始める。

「すまない、今日はシャノンにどうしても伝えないとならないことがあって来たんだ。」

「はい。」

「シャノンとクロード卿の婚約だが、白紙に戻ったよ。
 エバンス侯爵家では、傷物の令嬢を受け入れることはできないそうだ。

 クロード卿はシャノンと婚約破棄したくないと訴えているようだが、エバンス侯爵はそれを許さないだろう。

 だから、翻ることはないと思ってくれ。

 それでも、先代の遺言があるから、代わりに妹のリオノーラが、クロード卿と婚約したよ。

 私の力が及ばずシャノンには申し訳ないけれど、わかってくれ。」

「そうですか…。」

 私はお父様に何と言っていいか、わからなかった。

 クロードは侯爵家の御曹司ですもの、私がこのような状態になってしまった以上、婚約を破棄されても仕方ないのだろう。

 クロードとは、幼馴染でいずれ結婚すると思っていたから、悲しいのはその通りだけれども、どこまでも現実感がない。

 あの日から、私の気持ちはどこか置き去りのまま、ただ病室のベッドの上で動けずにいる。
 そんな気分だった。

 クロードは、私の代わりにリオノーラと結婚するのね。

 「オーティス伯爵家の娘と結婚させる。」と言う先代の遺言さえ守れれば、エバンス侯爵家としては、私でなくても、妹でも構わないのだろう。

 ぼんやりとそんなことを考えている。



 現実感のない私に比べると、テッドの方が何倍も悲壮だった。

「シャノン様、申し訳ありません。
 僕はシャノン様にこの先の一生を捧げます。
 だから、何とかお許しください。」

 テッドは病室の床に這いつくばり、何度も涙を流しながら頭を下げる。

「頭を上げて、もういいのよ。
 テッドのせいじゃないわ。
 不幸な事故だったのよ、馬車の前を犬の群れが横切ったのよね。
 もうわかったから。」

「シャノン様、本当に申し訳ありません。」

「それより、テッドは大丈夫だったの?
 馬車から投げ出されたんでしょう?」

「頭に傷はありますが、こんなのはシャノン様と比べたら、大したことはありません。」

「そう?
 あなたが大きな怪我をしなくて、良かったわ。」

「シャノン様…。」

「ねぇ、もしテッドが私に一生を捧げてくれると言うのなら、私を支えてくれないかしら?

 今、右足が全く動かないの。
 だから、今の私は何をするにも助けが必要なのよ。」

「僕でいいのですか?
 でしたら僕は、一生シャノン様の支えになります。」

「ありがとう。
 そしたら、早速私を抱えて歩けるくらいの力をつけて。」

「わかりました。
 僕はたくさん食べて、力がつくように頑張ります。」

 テッドはこの先の目標が見つかったためか、あの事故以来、初めて明るい表情を見せた。

 元々テッドは、私の専属従者ではなく、邸全体の御者だ。

 普段から邸中の者を乗せて、馬車を走らせていた。

 けれども、今回の事故のせいで、このまま御者を続けることは許されないだろう。

 どんな理由であれ、馬車を転倒させて、怪我人を出してしまった事実がある。

 だから、歩けない私の世話は大変だと思うけれど、私付きの従者にして、支えてもらうことにした。

 今の私は、一人で歩くこともできないし、転んでも起き上がれない。

 私の怪我をわかってくれる人の支えが、絶対的に必要なのだ。

 両親にそのことを話すと、すぐに理解してくれ、承諾を得られた。

 二人共、婚約破棄された私に、両親のせいではないけれど後ろめたい思いがあるし、私の世話をする人がつくことで、丸く収まるならばむしろ良かったと思っているだろう。





 シャノンの病室から、楽しげな笑い声が聞こえている。

 カミーユは診療の後、シャノンの様子を見に部屋を訪れた。

「やあ、痛みはどうだい?」

 笑っていたシャノンとテッドが、話をやめて僕を見上げる。

「先生、相変わらずです。
 動かないと大丈夫なのですが、少しでも動こうとすると、痛みが酷くて、動けません。」

「痛みが和らぐ薬草を飲んでいても、痛み自体が治まるのは、まだしばらくかかるだろうね。

 ところで、テッドがこんなに嬉しそうに笑う姿を、僕は初めて見たよ。
 シャノンは彼にどんな魔法をかけたの?」

「ふふ、私付きの従者になってもらったんですの。
 私には、助けてくれる人が必要だから。

 それに、今回のことで落ち込んでいましたけれど、テッドは元々、笑顔が素敵な青年なのです。」

「なるほど、それは良かったね。
 では、早速運動を教えるから、テッドに一日三回やってもらおう。

 足を動かすよ。
 こうすれば痛むかい?」

 そう言って、カミーユはシャノンの布団をそっと捲り、長いドレス風の寝衣の裾を上げて、足首を持ち、前後左右に動かし始めた。

 カミーユは、シャノンの白くほっそりとした足に少し動揺したものの、それを顔に出さずに説明しながら続ける。

「ちょっと引っ張られる感じがあって、痛いけれど、我慢できる範囲です。」

「それなら、今日から始めてほしい。
 動けるようになるより先に、足首が固まってしまえば、歩けるようになるのはもっと難しくなる。

 早いうちから、運動を始めておくことが大切だよ。」

 シャノンとテッドは、真剣に耳を傾けている。

「わかりました。
 シャノン様、足首を触ってもよろしいですか?」

 テッドは恥ずかしそうに、シャノンの足首を見つめている。

「ええ、お願い。」

 テッドは恐る恐る両手を差し出して、シャノンの足首をそっと触る。

「動かしますね。」

 そう言って、真っ赤になりながらも、足首から目を外さずに、シャノンの足首を慎重に持ち上げ動かす。 

 その真剣な姿を見て、シャノンは僕の目を見て、目だけで笑いを伝えてきた。

 僕も目でシャノンに笑い返したが、どちらかと言うとテッドの思いの方が僕にはよくわかる。

 テッドにとって、雲の上のような令嬢の足首を触っているのだから、男としてドギドキしてしまうのは無理もない。

 僕だって、医師として何でもないように見せるけれど、シャノンの寝衣を捲った時、本当は動揺していたんだよ。

 君の寝衣を捲って動揺しない男なんて、この世にいるのかな?

 テッドはその日から、毎日欠かさずにシャノンの足首の運動を続けている。
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