迎えに行ったら、すでに君は行方知れずになっていた

月山 歩

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1.幼馴染の二人

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「まだできないのかい?」

 中年の女性ケイラは腕を組み、空腹に苛立って足で机を蹴ってバンバンと音を立てている。

 ここは街の一角にある小さな養護院とは名ばかりの、劣悪な環境の子供の施設である。

「もう少しです。」

 ノアナはここに住む孤児の一人で、慌ててテーブルにみんなの食事を並べている。

 怖い。
 早くしないと、またケイラに怒られてしまう。

 ケイラは、怒るとヒステリックに何度も私を罵倒する。

 だから、彼女の声を聞くだけで私は萎縮してしまう。

「ノアナはパンを並べて。
 僕が後はやるから。」

 オリオンもまた同じ孤児だが、落ち着いたようすで、ノアナの代わりに厨房から重い鍋を運んで一人分ずつよそう。

 ありがとう、オリオン。
 オリオンが手伝ってくれたらすぐに終わるから、怒られないですむわ。

 ケイラはみんなのご飯の準備が整ってないのにも関わらず、我関せず先に一人で食べ始めた。

 周りには小さな子供達もいて、みんなお腹を空かせているが、誰もマナーが悪い大人のケイラを注意することはできずに、顔を伏せている。

 ここの院長は先ほどのケイラで、自分は何もせずに、子供達に食事・洗濯などすべての家事をやらせて、寝てばかりいる。

 彼女が食べ終わり食堂からいなくなると、やっとみんなは自由に話すことができる。

「さぁ、みんな食事の準備ができたよ。
 椅子に座って。」

 オリオンの呼びかけで、集まった子供達はきちんと椅子に座る。

 それをオリオンは確認すると、

「今日もみんなでご飯が食べられることを、神に感謝します。」

 と言って、手を組み祈りを捧げる。

 子供達も一斉に祈り、食事が始まる。

「オリオン、今日もありがとう。
 私はケイラの声を聞くだけで、緊張してしまって、うまくできなくなるから。」

「大丈夫だよ。
 僕がいるから。

 ノアナのことはいつだって助けるからね。」

 「オリオン、ありがとう。」

 助けてくれるオリオンがいなかったら、私はまたケイラを怒らせてしまっていたね。

 オリオン以外に、私を助けてくれる人はここにはいないから。

 オリオンは、この養護院の中で圧倒的に誰よりも優れ、グリーンの瞳に金髪の綺麗な顔をした天使のような少年だった。

 この劣悪な施設には明らかに不釣り合いで、目立ってはいるが、そのことは子供達の目にはわからなかった。

 ただ単に頼れる少年として、オリオンを崇めていた。

 私もその中の一人で、オリオンのことが大好きだ。

 オリオンは、自分のパンをつまむと私の口に入れようと手を伸ばす。

「僕の分もノアナにあげる。」

「いいよ。
 オリオンだって、お腹がすいているでしょう?」

「そうだね。
 じゃあ、二人で食べよう。」

 そう言って、オリオンは素早くパンを小さな私の口に入れる。

 びっくりした顔で、思わずオリオンの分のパンを食べてしまう私を見て、笑顔になる。

 オリオンの分をもらうことを躊躇う私を知っているから、一瞬の隙にオリオンの分も私にくれてしまうのだ。

 ここでは、二人に与えられるパンはかけらほどなのである。

 オリオンは、自分がいつも空腹であろうと私を優先する。

 私は、オリオンと一緒なら劣悪な環境であるにも関わらず、幸せな毎日を過ごしていた。

 だがそれから時が流れたある日、オリオンと過ごす幸せな時は、崩れることになる。

 オリオンの親戚の代理人が現れ、オリオンを引き取りたいと申し出たのだ。

 お金に目がないケイラは、すぐにお金をたんまりもらうと、オリオンを引き渡した。

「元気でね、オリオン。
 幸せになってね。
 オリオンのことをずっと忘れないよ。」
 
「大丈夫だよ。
 ノアナ、僕は必ず迎えに来るよ。」

 と言葉を残して、オリオンは馬車に乗って、遠ざかって行った。

 オリオン、私さみしいよ。
 一人で行かないで。

 行くなら私も連れて行ってほしいと思っていても、オリオンを困らせるだけだってわかっている。

 だから結局、私は何も言わなかった。

 私は、今までオリオンがしてくれたことをいつまでも覚えてるよ。
 今までありがとう。

 迎えに来るって言ってくれたけれど、私達にできることは少ないから、オリオンのその気持ちだけで嬉しいの。

 馬車がもう見えなくなった道を、私はいつまでも見つめた。



 引き取られたオリオンは、美しい邸に着くとすぐに応接室でこの邸のヒリス侯爵当主に会った。

 ヒリス侯爵は、兄の忘れ形見が生きていたことを喜んで、涙した。

 何故なら、ヒリス侯爵は何年も人を使い、オリオンを探していたからである。

 ある時、オリオンが王都の片隅にある養護院にいるとの情報を得ると、すぐに代理の者を使いに出し、オリオンと再び会うことができた。

 オリオンはヒリス侯爵に、

「妹のように可愛がっているノアナも引き取って欲しい。
 ダメなら、僕は養護院に帰ります。」

 と訴える。

 ヒリス侯爵は、オリオンの瞳の中に、この要求をのまないと本当にこの少年を失ってしまうと思わせる強さをみた。

 なので予定してはいなかったけれど、その少女も引き取ると、オリオンと約束する。

 それを聞いて、これでノアナと一生一緒にいれると思い、オリオンは心の底から喜んだ。

 オリオンはノアナの部屋を作り、彼女の喜ぶ顔を見たいと思っていた。
 ノアナのためにドレスも靴も準備する。

 パンのかけらさえ笑顔になるノアナの幸せいっぱいの顔を見たい。

 すべての準備が整うと、オリオンは意気揚々とノアナを迎えに、ヒリス侯爵と養護院に向かった。

 そしてその応接室で、ノアナを引き取りたいと話すオリオンの質問に、目を逸らすケイラを許せず、怒りを堪えながら問い詰める。

「では、もうノアナはこちらにいないのですか?」

「ええ、まあそう言うことです。」

 ケイラはオリオンから注がれる強い目から、顔を背ける。

 見かねたヒリス侯爵は、ケイラにさらに追求する。

「では、どちらに行ったのですか?
 そちらに伺いますよ。」

「…。
 それは、…。」

「はっきり答えてください。
 答えてくれるまで、私達は帰りませんよ。」

「…途中で事故にあって、その先は知りません。」

「わかりました。
 では、どちらに行こうとしていたんですか?」

「…。」

「事故ですね?
 じゃあ、どこで事故に?」

「ドナーク橋です。」

「ドナーク橋?」

 ヒリス侯爵は、顔色を変えた。

 それを見たオリオンは悪い予感がした。

「あなたはノアナを奴隷商人に売ったんですね?」

 ケイラは息をのみ、ヒリス侯爵の怒りに触れたことを謝り出す。

「すみません、この事をどうか内密に。」

「ダメだ。
 養護院の者が、少女を奴隷商人に売るなんて、到底許されることではない。」

 ケイラはヒリス侯爵の通報によって、当局に連れて行かれた。

 しかしその後、いくら探してもノアナの行方は掴めず、オリオンは落胆した。

 そして、ケイラが捕まったことで養護院の院長はいなくなってしまった。

 養育すべき子供達をこのまま見捨てるわけにいかず、成り行き上、養護院はヒリス侯爵が引き継ぐことになる。

 しかしヒリス侯爵は、元々子供がいなかったので、養護院経営は戸惑うこともあり、オリオンの方が子供達の心も理解するし世話もできるので、オリオンに任せた。

 オリオンはすぐに、養護院の壊れている箇所を直し、子供の心に寄り添える大人を雇い、以前の養護院とは比べものにならないぐらいに、良い施設に変えた。

 そして、たまたまこの国を変えようとしていたルイス第一王子が視察に来た時に、この養護院の経営方針をいたく気に入り、オリオンを側近にと引き込んだ。

 気がつくとオリオンは、この国の王子を支える重要な侯爵子息の一人になっていた。



 数年後、オリオンはノアナに準備した部屋で、ぼんやりといつの間にか増えて行った少女が好むようなプレゼントの山を見ていた。

 あの後ノアナは、奴隷商人に引き渡される前に橋の上で事故に合い、もう一人の女の子と共に、一瞬の隙を見つけ逃げ出したことが調べでわかった。

 だがどんなに探し回っても、その後二人の少女を見た者はおらず、二人は忽然と姿を消してしまった。

 あれからノアナの足取りは、途絶えたままだ。

 どんなに必死に探しても、もう無理なのかもしれない。

 二人の少女が無事でいられるほど、この国の環境は甘くない。

 どこかで力尽きている可能性が、ほとんどなのだろう。

 でも僕は、頭ではわかっているのに、かわいらしい少女が喜びそうな髪飾りや小物を見つけては、思わず買い込んでしまっている。

 ノアナの喜ぶ顔を想像するだけで、僕は幸せになり、結局また買ってしまうのだった。

 ノアナ、君はどこに行ってしまったんだろうね。

 僕は今でも、君を思い出さない日はないと言うのにね。


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