迎えに行ったら、すでに君は行方知れずになっていた

月山 歩

文字の大きさ
4 / 10

4.その頃のオリオン

しおりを挟む
 養護院をオリオンの采配で、健全な子供達の本来あるべき施設にすると、次第にそこにいた子供達は、いつも笑顔になりそれぞれに個性を発揮し出した。

 ヒリス侯爵家の執務は忙しいが、合間に息抜きを兼ねて、オリオンは養護院を訪れている。

 ノアナとの思い出が、オリオンの束の間の休息に癒しをくれる。

 ここに来ればいつかノアナに会えると心の奥底で思っているのか、ノアナを知っていた子供達と過ごせば、ノアナの面影に出会えると思っているのか、自然と足を運んでしまっている。

 マルロと言う少年が、裏庭で猫の絵を熱心に描いてる。

 オリオンはその絵を覗き込むと、その繊細な筆使いと表現力に驚いた。

 マルロはこんな才能があるのか?

 猫の表情までよく描けている。

 ケイラのいた頃は萎縮して、集中して絵を描くことができなかったのだろう。

「とても上手だね。」

「オリオンさん、ありがとうございます。
 僕、絵を描くことが大好きなんです。」

「そうか。
 どんな絵が得意なの?」

「僕は、人とか動物の絵が上手いです。」

「そうか。
 今その場にいない人も描けるの?」

「描けますよ。

 猫はすぐにその場からいなくなるので、頭の中から取り出して描いています。」

「だったら、僕が帰った後からも、僕の絵が描けるってこと?」

「はい、覚えていれば。

 細かいところは想像で描きますけれど、大体の雰囲気は頭に残るので。」

「マルロは前にここにいたノアナを覚えているかい?」

「覚えていますよ。
 よくしてもらっていたので。」

「じゃあ、ノアナの絵を描いてくれないかな?
 お金を払うから。
 必要な物は全部僕が買うよ。」

「とりあえず、僕の頭の中にあるノアナさんを書きますから、それを見てもらってからでいいですか?」

「ああ、それで構わない。
 いつ頃出来上がる?」

「そうですね。
 今猫を描いているので、明後日にはできると思います。」

 オリオンは、平静を装ったが本当は叫びたいくらい嬉しかった。

 日々忘れてしまう記憶の中だけではなく、絵としてノアナを見ることができるなんて。

 オリオンは明後日まで、ジリジリしながら待っていた。

 2日後、オリオンが養護院に行くと、マルロは出来上がったノアナの絵を彼に見せる。

「どうですか?

 僕のイメージはこんな感じだったんですけれど、少し忘れて来ているので想像もあります。」

 そこには、ありし日のノアナの笑顔があった。

 オリオンは、衝撃を受けたように動けなかった。

 それは、オリオンの記憶にあるノアナそのもので、ノアナの笑顔は僕のポッカリ空いた心の穴を塞いでくれていたのを思い出した。

 オリオンは、両親を事故で亡くすとすぐに、事故の隠蔽を目論む邸の者の手によって、邸を追い出された。

 表向きは、両親と共に亡くなったことにされ、裏では孤児として養護院に預けられた。

 後から駆けつけた叔父のヒリス侯爵が、邸の者の悪事を暴いて、オリオンを見つけるために養護院を巡り、オリオンを見つけるまでに、何年もの月日が経っていた。

 その間オリオンは、自分自身を貶めた邸の者達を恨んでいたし、何もできない自分に苛立ちも感じていた。

 そんな怒りから殻に閉じこもるオリオンに、最初に話しかけて来たのがノアナだった。

 自分がされたことをつらすぎて口にできないオリオンに、ノアナは特に気にするようすもなくそばにいてくれた。

 そして、オリオンを自然と孤児達の輪に入れ、オリオンが賢いと知ると、わからないことを相談してきた。

 元々しっかり者で教育が行き届いているオリオンを、ノアナは尊敬の眼差しで見つめ、いつのまにかオリオンは、孤児院のリーダーのようになっていた。

 ノアナは、生まれた時から孤児院にいたので、教育を受けていなかったし、わからないことも多かった。

 教えてあげるといつも笑顔でお礼を言うノアナが、オリオンはかわいくて仕方がなかった。

 次第にその思いはエスカレートして、ノアナが笑っているなら、もう自分はどうでもいいと思うほどだった。

 捨てられた自分には、貴族としての未来はないし、ノアナと隙を見てここを逃げ出し、二人で生きていくために働こうと思っていた。

 養護院を出ることを、ノアナに説得する時間が必要だと思っていたから、ノアナが僕に頼るように甘やかして、逃げ出すタイミングを伺っていた。

 そんな時、ヒリス侯爵の使いの者が迎えに来て、ノアナも受け入れるように説得して戻ってみると、彼女はいなくなっていた。

 僕はその後、ヒリス侯爵の説得は後回しにして、何故先にノアナを連れ出さなかったのかと、後悔する日々を送っている。

 あの時僕が無理矢理にでも、ノアナを連れ出していれば、こんなことにはならなかったと、何度自分に絶望したか。

 それでもヒリス侯爵は、僕を何年も探してくれたから、恩を返さねばと必死に働き、今ヒリス侯爵は引退して、領地でゆっくり過ごしてもらっている。

 そして今は僕が侯爵である。

 だが僕は、そうこうしているうちに、自分の心が動かなくなっているのに気がついた。

 ノアナのこと以外には、何も関心がないし何もほしくない。

 気がついたらそんな自分になっていた。

 そんな時に、ノアナの笑顔の絵を手に入れたのだ。

 オリオンは涙が溢れそうになる。

 ずっと欲しかったものが、目の前にある。

 ノアナの笑顔。
 僕は両親が亡くなってから、欲しかったものは、たったこれだけだったんだ。

 これしか僕を幸せにしない。

「マルロ、お金ならいくらでも出すから、ノアナの絵をもっと書いてくれないかい?

 君が望むなら、絵の勉強をしてもいいし、ここを出て僕の専属の絵師になってもいいし、マルロが好きにしていいから。」

「えっ、僕がですか?」

「ああ、ノアナを描けるのは君だけだから頼む。」

「僕は、もっと絵の勉強がしたいです。」

「わかった。
 行きたい学院などがあれば、行けるようにするから考えておいて。

 そしてできれば、僕の部屋に飾る油絵なども欲しいから、その勉強もしてくれると助かる。」

「わかりました。
 調べておきます。」

 マルロは、瞳を輝かしてオリオンを見つめる。

 まさか、趣味で描いている絵を欲しいと言ってくれる人がいるとは思わなかったし、絵のために学院に行けるようになるとも思わなかった。

 孤児だから、生きるためにここを出たらすぐに必死になって働くしかないと思っていた。

 それが、絵の道を選べるなんて。
 マルロは、そのことが何よりも嬉しかった。

 だからマルロは、オリオンのために、ノアナの絵を描いて生きていこうと決心する。

 その後オリオンは、マルロを学院に送り、絵を描いて生きていけるようにパトロンになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

再会の約束の場所に彼は現れなかった

四折 柊
恋愛
 ロジェはジゼルに言った。「ジゼル。三年後にここに来てほしい。僕は君に正式に婚約を申し込みたい」と。平民のロジェは男爵令嬢であるジゼルにプロポーズするために博士号を得たいと考えていた。彼は能力を見込まれ、隣国の研究室に招待されたのだ。  そして三年後、ジゼルは約束の場所でロジェを待った。ところが彼は現れない。代わりにそこに来たのは見知らぬ美しい女性だった。彼女はジゼルに残酷な言葉を放つ。「彼は私と結婚することになりました」とーーーー。(全5話)

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する

ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。 その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。 シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。 皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。 やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。 愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。 今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。 シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す― 一部タイトルを変更しました。

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

処理中です...