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1.夜会で
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「ここで、俺も休んでいい?」
「はい、どうぞ。」
エリシア・ケネス侯爵令嬢は、疲れていたのでテラスの端のベンチに座り休んでいた。
ここは王宮の舞踏会のホール前の庭園で、婚約者のレイバンはダンネベルク公爵子息であり、王家の間に王子に挨拶に行っている。
私は、近くにこっちを見ている男性がいるのは気づいていたけど、特に気にすることなく、テラスに流れる涼しい風を受けて、レイバンとの明日のデートのことを考えていた。
「ねぇ。」
「はい?」
「俺がここにいるのに、気にならないのか?」
「えっ、別に。」
「ふぅん、そうなんだ。」
不満そうな声音にやっとその人を見ると、確かに金髪、太陽のような黄色い瞳は輝いていて、顔も整っているから注目されやすいだろう男性がそこにいた。
ちょっとカッコいいからって、この人はいちいち注目されないと嫌な人なのか?
面倒だなぁ。
私には婚約者がいるから、変に男の人と関わりたいとも思わないのだ。
私は、ここが涼しくて気に入っていたけれど、違う場所に移ろうと立ち上がった。
「ちょっと待って。」
その男の人は、私の腕を掴み、私が歩き出すのを止める。
「何ですか?
私、もう行きたいんですけど。」
「俺のこと思い出さない?」
「えっ?」
私は、そう言われたので男性をもう一度よく見てみる。
でも、覚えはなかった。
「わからないです。
手を離してもらっていいですか?」
「酷いよ、リア。」
その声音に驚く。
そう言うのは、私の人生でただ一人、泣き虫のシモンだけ。
「シモンなの?」
「そうだよ、リア。
俺のこと忘れるなんて、酷いよ。」
「ああ、ごめんね、シモン。
何か小さな頃と違いすぎて、気がつかなかったよ。」
そう言って、私はしげしげとシモン・オリアーニを見る。
今のシモンはこんなに格好の良い男性に成長したらしい。
会ったのは子供の頃以来かしら?
私の記憶にある幼馴染のシモンは、当時、私よりも身体が小さくて、外で遊んでいる時に、虫やトカゲなどを見るたびに大騒ぎしていて、今の堂々とした風格の背の高い男性が、同一人物だと今でも思えない。
ただ、珍しい黄色い瞳と、私のことをリアと呼ぶ人は、人生でたった一人だけだった。
「そう言えば、今までどうしていたの?
お茶会や夜会でも会ったことなかったよね。」
「うん、ガイル王国に遊学した後、事業をしていて、最近戻ったんだ。
一応今俺、オリアーニ侯爵ね。」
「ふうん、そうなんだ。」
「今度俺とデートしない?」
「しないよ。
私、婚約者がいるから。」
「そうなの?
残念。
婚約者がいるけどいいよとは、ならないの?」
「ならないよ。
シモンこそ、婚約者か妻はいないの?」
「俺はずっと忙しくしていたから、そう言うのはこれからなんだ。」
「そうなんだ。」
「ちょっと、この男誰?」
婚約者のレイバンが慌てたようすで、ダンスホールから小走りにやって来た。
「この人は、幼馴染のシモンよ。
今はオリアーニ侯爵なんだって。」
「ふうん、とりあえず掴んでいる手を離せ。」
「ああ、ごめん。」
シモンは、私から手を離した。
「エリシア、行こう。」
「うん、じゃあ、シモンまたね。」
「うん。」
レイバンは、私をぐいぐい引っ張るようにエスコートして、ダンスホールに戻ると、グラスのワインを一気にあおり、ダンスの輪に入った。
「レイバンどうしたの?
いつもワインをこんな飲み方しないのに。」
「そうか?
何かイラッとして。」
そう言うと、レイバンは、まるで抱きしめるように、私の腰をグッと引き寄せて密着するように踊り出す。
踊る二人の身体の位置は、いつもよりとても近い。
レイバンは、銀髪に紫色の瞳で、王族の血が流れる筆頭公爵子息だ。
整ったお顔にスラリとした長身で、いつも令嬢達の視線を集めている。
そんな非のつけどころのない彼は、何故か二年前に、私を婚約者に指名した。
私は、茶色の髪に水色の瞳で、どちらかというとかわいいと呼ばれる程度の地味な顔と小さな身体、お胸も普通。
かろうじて侯爵家の一人娘である私は、彼にとってギリギリ許されるレベルである。
なのにレイバンは、数多の令嬢の中から私を選んだ。
だから当時は、令嬢達の悪意に晒されたし、今でもレイバンを諦めていない令嬢達によく囲まれて嫌味を言われている。
「ねぇ、エリシア、僕の方を見て。」
「えー、だって、レイバンの胸に私の顔がほぼくっついているから、見れないよ。」
「ダメ、見ないとここでキスするよ。」
「えー、それは恥ずかしいから許して。」
そう言って、彼の胸から頭そらし紫色の瞳を見つめると、レイバンはやっと満足そうに笑う。
「エリシア好きだよ。」
「もうここでそう言うのは、照れるからやめてよ。」
「だって、エリシアが変な男と話しているから。
僕を意識してもらおうと思って。」
「だって、彼は幼馴染だよ。
それに、久しぶりに会ったら、あまりに変わっていて全く気づかなかったから、衝撃的でジロジロ見ちゃったの。」
「もうエリシア。
いつまでも他の男の話をしないで。」
「レイバンから、言い出したのに。」
レイバンは、さらに私を抱きしめると、素早く頬にキスをした。
キャーっと、周りの令嬢達が悲鳴を上げる。
やっぱり令嬢達は、レイバンを見ているよね。
だから、彼にキスをしたらダメって言ったのに。
レイバンは、私が睨むと反対に得意そうに笑った。
「エリシア、もう早く結婚してしまおう。
僕、待てないよ。」
「そんなこと言ったって、しょうがないでしょ。
レイバンは、公爵家なんだから、婚約期間は一年以上って決まっているでしょう。」
「はー、誰だよ、そんなこと決めたやつ。」
「ふふ、仕方がないわ。
それにお父様もすぐに結婚してはダメだと言って、さらに一年延ばしたしね。」
それにしてもレイバンは、どうしてそんなに私達の結婚を急ぐのだろう。
焦らなくても私なんてたいしてモテないし、心配することはないのに、レイバンは心配症ね。
レイバンが私にべったりだから、私に話しかける男性なんて、ほぼ皆無だった。
たまたま今日は、幼馴染のシモンがいたから男性と話したけれど。
そんな二人をホールの片隅で、シモンがじっと見ていたことを、この時の私は知らなかった。
「はい、どうぞ。」
エリシア・ケネス侯爵令嬢は、疲れていたのでテラスの端のベンチに座り休んでいた。
ここは王宮の舞踏会のホール前の庭園で、婚約者のレイバンはダンネベルク公爵子息であり、王家の間に王子に挨拶に行っている。
私は、近くにこっちを見ている男性がいるのは気づいていたけど、特に気にすることなく、テラスに流れる涼しい風を受けて、レイバンとの明日のデートのことを考えていた。
「ねぇ。」
「はい?」
「俺がここにいるのに、気にならないのか?」
「えっ、別に。」
「ふぅん、そうなんだ。」
不満そうな声音にやっとその人を見ると、確かに金髪、太陽のような黄色い瞳は輝いていて、顔も整っているから注目されやすいだろう男性がそこにいた。
ちょっとカッコいいからって、この人はいちいち注目されないと嫌な人なのか?
面倒だなぁ。
私には婚約者がいるから、変に男の人と関わりたいとも思わないのだ。
私は、ここが涼しくて気に入っていたけれど、違う場所に移ろうと立ち上がった。
「ちょっと待って。」
その男の人は、私の腕を掴み、私が歩き出すのを止める。
「何ですか?
私、もう行きたいんですけど。」
「俺のこと思い出さない?」
「えっ?」
私は、そう言われたので男性をもう一度よく見てみる。
でも、覚えはなかった。
「わからないです。
手を離してもらっていいですか?」
「酷いよ、リア。」
その声音に驚く。
そう言うのは、私の人生でただ一人、泣き虫のシモンだけ。
「シモンなの?」
「そうだよ、リア。
俺のこと忘れるなんて、酷いよ。」
「ああ、ごめんね、シモン。
何か小さな頃と違いすぎて、気がつかなかったよ。」
そう言って、私はしげしげとシモン・オリアーニを見る。
今のシモンはこんなに格好の良い男性に成長したらしい。
会ったのは子供の頃以来かしら?
私の記憶にある幼馴染のシモンは、当時、私よりも身体が小さくて、外で遊んでいる時に、虫やトカゲなどを見るたびに大騒ぎしていて、今の堂々とした風格の背の高い男性が、同一人物だと今でも思えない。
ただ、珍しい黄色い瞳と、私のことをリアと呼ぶ人は、人生でたった一人だけだった。
「そう言えば、今までどうしていたの?
お茶会や夜会でも会ったことなかったよね。」
「うん、ガイル王国に遊学した後、事業をしていて、最近戻ったんだ。
一応今俺、オリアーニ侯爵ね。」
「ふうん、そうなんだ。」
「今度俺とデートしない?」
「しないよ。
私、婚約者がいるから。」
「そうなの?
残念。
婚約者がいるけどいいよとは、ならないの?」
「ならないよ。
シモンこそ、婚約者か妻はいないの?」
「俺はずっと忙しくしていたから、そう言うのはこれからなんだ。」
「そうなんだ。」
「ちょっと、この男誰?」
婚約者のレイバンが慌てたようすで、ダンスホールから小走りにやって来た。
「この人は、幼馴染のシモンよ。
今はオリアーニ侯爵なんだって。」
「ふうん、とりあえず掴んでいる手を離せ。」
「ああ、ごめん。」
シモンは、私から手を離した。
「エリシア、行こう。」
「うん、じゃあ、シモンまたね。」
「うん。」
レイバンは、私をぐいぐい引っ張るようにエスコートして、ダンスホールに戻ると、グラスのワインを一気にあおり、ダンスの輪に入った。
「レイバンどうしたの?
いつもワインをこんな飲み方しないのに。」
「そうか?
何かイラッとして。」
そう言うと、レイバンは、まるで抱きしめるように、私の腰をグッと引き寄せて密着するように踊り出す。
踊る二人の身体の位置は、いつもよりとても近い。
レイバンは、銀髪に紫色の瞳で、王族の血が流れる筆頭公爵子息だ。
整ったお顔にスラリとした長身で、いつも令嬢達の視線を集めている。
そんな非のつけどころのない彼は、何故か二年前に、私を婚約者に指名した。
私は、茶色の髪に水色の瞳で、どちらかというとかわいいと呼ばれる程度の地味な顔と小さな身体、お胸も普通。
かろうじて侯爵家の一人娘である私は、彼にとってギリギリ許されるレベルである。
なのにレイバンは、数多の令嬢の中から私を選んだ。
だから当時は、令嬢達の悪意に晒されたし、今でもレイバンを諦めていない令嬢達によく囲まれて嫌味を言われている。
「ねぇ、エリシア、僕の方を見て。」
「えー、だって、レイバンの胸に私の顔がほぼくっついているから、見れないよ。」
「ダメ、見ないとここでキスするよ。」
「えー、それは恥ずかしいから許して。」
そう言って、彼の胸から頭そらし紫色の瞳を見つめると、レイバンはやっと満足そうに笑う。
「エリシア好きだよ。」
「もうここでそう言うのは、照れるからやめてよ。」
「だって、エリシアが変な男と話しているから。
僕を意識してもらおうと思って。」
「だって、彼は幼馴染だよ。
それに、久しぶりに会ったら、あまりに変わっていて全く気づかなかったから、衝撃的でジロジロ見ちゃったの。」
「もうエリシア。
いつまでも他の男の話をしないで。」
「レイバンから、言い出したのに。」
レイバンは、さらに私を抱きしめると、素早く頬にキスをした。
キャーっと、周りの令嬢達が悲鳴を上げる。
やっぱり令嬢達は、レイバンを見ているよね。
だから、彼にキスをしたらダメって言ったのに。
レイバンは、私が睨むと反対に得意そうに笑った。
「エリシア、もう早く結婚してしまおう。
僕、待てないよ。」
「そんなこと言ったって、しょうがないでしょ。
レイバンは、公爵家なんだから、婚約期間は一年以上って決まっているでしょう。」
「はー、誰だよ、そんなこと決めたやつ。」
「ふふ、仕方がないわ。
それにお父様もすぐに結婚してはダメだと言って、さらに一年延ばしたしね。」
それにしてもレイバンは、どうしてそんなに私達の結婚を急ぐのだろう。
焦らなくても私なんてたいしてモテないし、心配することはないのに、レイバンは心配症ね。
レイバンが私にべったりだから、私に話しかける男性なんて、ほぼ皆無だった。
たまたま今日は、幼馴染のシモンがいたから男性と話したけれど。
そんな二人をホールの片隅で、シモンがじっと見ていたことを、この時の私は知らなかった。
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