私は彼を愛しておりますので

月山 歩

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5.動揺

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 レイバンからの手紙にある指定された日時にお食事処に着いた私は、馬車からダンネベルク公爵家の馬車が先に着いていることを確認すると、お食事処に入った。

 店員に、

「ダンネベルク卿とお約束しております。」

 と伝えると、その店員は、動揺した顔をした。

「ダンネベルク公爵家の馬車が着いているんだから、彼がいるのは、間違いないと思うのだけど。」

「確認いたします。」

 そう言って、いなくなる。

 あれ?
 何か変だな。

 一人で、入り口で待たされることなんて、あったかしら?

 そう考えを巡らせていると、店員に聞いたらしく、慌てたレイバンがやって来た。

「エリシアどうしてここに?」

「えっ、レイバンからお誘いのお手紙が来たから、来たのよ。
 待ち合わせだと思ったわ。」

 その後ろから、メリンダ様が顔を出す。

「エリシア様、初めまして、メリンダです。

 今、レイバン様とデートしておりましたが、一緒にどうですか?」

「メリンダ、これはデートではない。」

「では、二人きりでのお茶会ですね。」

「それは、そうだけど。」

 そう答えるレイバンを見つめながら、メリンダ様は、くすくすと笑う。

「レイバン様、メリンダ様、二人でのお茶会にお邪魔しませんわ。
 ご機嫌よう。」

 そう言って、馬車に戻ろうとすると、

「エリシア待ってくれ。
 話をしよう。」

「はい、いずれ。
 メリンダ様をお待たせしてはいけないわ。 

 今日は、メリンダ様とお約束だったのでしょう?」

「そうだけれども。」

「早く、戻って。
 私は、帰るわ。」

 私は、話そうとするレイバンを振り切るように馬車に乗った。

 走り去る馬車をレイバンが、まだ見つめている。

 私は、馬車から振り返って、見るのをやめた。

「悪いけれども、東の丘に行ってもらっていいかしら。」

 御者にお願いする。

 とても、このまままっすぐ邸に戻るような気分になれない。

 レイバンとのデートだと信じて、おしゃれして来たのだ。

 邸に戻るまでに、心の整理が必要だった。

 私は、一人東の丘に立ち、王都の街並みを見つめた。

 ここは、私の心を慰める場所。

 小さい頃、お母様を病いで失ったお父様と私は、二人でここに立ち、お母様を悼んだ。

 どんなに悲しいことがあっても、その悲しみは、過去へと流れて行く。

 この街には、新しい未来を作る人々が大勢いて、私達も自然とその中に戻って行く。

 だから、一番つらいのは、今。

 明日は、少しマシになる。

 当時のお父様と私は、泣きながら街を見つめた。

 これからは、二人で生きて行こうと。

 それに比べたら、今の悲しみは、大したことではない。

 まだ、失恋すらしていないのだから。

 私は、大丈夫。

 それにしても、今回のことは、どうして起こったのだろう。

 誰かが、悪意を持って、私にレイバンとメリンダ様がデートする場面に鉢合わせするように仕組んでいる。

 多分、メリンダ様ね。

 メリンダ様が、元々レイバンの婚約者候補なのは、噂で知っていた。

 レイバンが私と婚約しようとするまで、私もそう思っていた。

 けれども、レイバンは、意外にも私を指名した。

 メリンダ様からすれば、横入りしたような私が許せないのね。

 その気持ちはわかる。

 それとも、レイバンは、今でもメリンダ様ともお付き合いをしているの?

 レイバンに限って、それはないと信じたい。

 今まで彼が、不誠実な人だと感じることはなかった。

 どちらにせよ、今私の胸が苦しいのは、嫉妬なのね。

 こんな思いは、初めてだった。

 私は知らずに、レイバンのことをとても好きになっていたのね。

 自分でも気がつかなかった。

 レイバンは、一緒にいる時は、私への思いを隠さない。

 だから、いつのまにかその雰囲気にのまれて、自分もぼんやりと好きなんだとは、思っていたけれども、こんなに苦しいなんて。

 ただ、二人でお茶を飲んでいるところに鉢合わせしただけなのに。

 私だって、邸の庭園で、レイバンの前で、シモンとお茶を飲んでいたわ。

 レイバンは、それを見た時、こんな苦しい思いをしていたのね。

 ごめんなさい。

 私は、今度レイバンに会ったら、謝ろうと思う。

 この前、レイバンの気持ちをきちんと理解していなかったことを。

 男女でお茶を飲むこと自体は、悪いことでもないし、避けられない時だってある。

 でも、それを見た時の気持ちは、ちゃんと理解して、向き合わないといけない。

 だとしても、万が一、レイバンが、メリンダ様のことが好きだと言ったら、どうしよう。

 その可能性を考えてもしょうがないけれど、私の胸を締め付ける。

 あー、私はレイバンのことが本当に好きなのね。

 だって、大丈夫と心に言い聞かせないと心がバラバラになりそう。

 私は今、そのことを考えるのを拒否して、何とか心を保っている状態だわ。

 それでも、丘から見える王都の街を見ていると何とか、夕方には平常心が戻って来た。

 心を落ち着けると、私は馬車で邸に帰った。




 邸へ戻ると、すぐにデルクが駆けつけて、お父様が高熱を出し、倒れたと教えてくれた。

 主が倒れた邸では、大変な騒ぎになっている。

 私は、急いでお父様の寝室に駆け込む。

 するとお父様は、真っ赤な顔で、うなされるように寝ていた。

「お父様…。」

 私は、お父様の手をとって、話しかけるが、お父様は目を覚まさなかった。

「お医者様はなんて?」

 控えているデルクに聞く。

「突然の熱の原因は不明だそうです。
 様子を見るしか無いと。」 

「そうなのね。」

 私は、その日から、昼夜問わず、お父様のそばで過ごした。

 お母様を数年前に亡くしてからは、ずっと二人きりで、支え合って来た。

 だからこそ、お父様の病いに私の心は、不安で押し潰さそうになり、そばを離れられない。



 三日目の夜に、シモンがやって来た。

 私は、応接室で、シモンとソファに座り、向かい合う。

「ケネス侯爵の具合は?」

「まだ、高熱が続いていて、目を覚まさないわ。」

「そうか。
 事業の方だけど、ケネス侯爵の意見が聞けないから、僕が進めていたんだ。」

「そう、ありがとう。」

「リアは、大丈夫かい?
 大分やつれているように見えるけど。」

「お父様の心配をしながら、急ぎの執務もやっていて、いっぱいいっぱいよ。」

「そうか。
 何か手伝えることがあるかい?」

「いいえ、大丈夫よ。

 お父様の病いが、何かの感染症かもしれないから、シモンもあまりここに来ない方が良いわ。」

「わかっている。
 でも、リアのことも心配なんだ。
 ダンネベルク卿は?」

「今は、彼と会っていないの。
 ちょっと色々あって。 

 本当はゆっくり話し合わなければ、ならないけれど、今、私はいっぱいいっぱいだから、レイバンと向き合う時間も、気力もないの。

 やつれているし、おしゃれもできていない。
 病いをうつしてしまうかもしれないし。」

「そうか、無理しないで。
 俺がついているから。」

「ありがとう。
 事業の方で何かあれば、私に言って。

 わからないことだらけで、意味ないかもだけど。」

「わかったよ。
 報告に3日に一回は来るから。
 俺には、会って。」

「わかったわ。」

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