私は彼を愛しておりますので

月山 歩

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6.後悔

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 あの日から、エリシアは、ケネス侯爵邸を訪ねても、しばらく会えないと執事からの伝言のみで、僕を受け入れてくれなくなってしまった。

 執事の話では、ケネス侯爵が病いに倒れ、エリシアが介抱と執務をしているから、忙しいとのことだった。

 僕はせめてもと、手紙を執事に渡してもらうと、ケネス侯爵の容態としばらくは会えないと言う、断りの返事が来た。

 エリシアが、大変な時に僕を頼りにしてもらえない自分に、腹が立った。

 タイミングが悪いせいもあるけれど、僕は、忙しいエリシアには、どうでもいい存在で、今は構ってられない、そう思われている。

 執事の話だと、オリアーニ侯爵とは、会っているそうだ。

 いくらケネス侯爵の共同経営者だからと言って、ライバルであるオリアーニ侯爵とだけ、エリシアが会っているなんて、悔しくて仕方がない。

 でも、今の僕には、どうすることもできない。



 そんな中、ある夜会に行って、ナイジェルと飲んでいると、メリンダがやって来た。

「レイバン様、あの日以来ですわね。
 今日は随分お酒が進んでいるようね。」

「ああ、色々あってね。
 酒が飲みたい気分なんだ。」 

「あら?
 だったら、ご一緒してもいいかしら?」

「好きにして。
 僕は、今何も考えたくないんだ。
 嫌な態度を取ってしまうかもしれないよ。」

「だとしたら、見てみたいわ。
 あなたが、私に本音を見せるところを。

 あなたは、まるで氷のように、心を見せない人だったから。

 酔っているなら、それを垣間見せてくれるのでしょう?」

「レイバン、今、メリンダ嬢に関わるのは、よくないよ。」

 ナイジェルが、止めに入る。

 普段は、浮気をしてもバレなきゃいいって言っているナイジェルが、僕を止める。

 だったら、もう僕は、壊れているのか?

 アルコールのせいで、頭が回らない。

 今すぐ、エリシアを抱きしめたい。

 それが無理なら、目の前の女性でもいいから…。

 ああ、そうか、寂しくて浮気してしまう人の気持ちがやっとわかった。

 エリシアと婚約する前にも、婚約できずに、つらい時期があったけれど、あの時は、エリシアを抱きしめた喜びも、キスをするドキドキもまだ知らなかった。

 だから、耐えられたんだ。

 でも、好きな女性を抱きしめる喜びを知ってしまった今、エリシアを失うかもしれないと言う瀬戸際で、誰かにこの心の隙間を埋めてほしいと思う。

 そうして人は、浮気する。

 メリンダは、僕に婚約者がいてもいいって、言っていた。

 なるほど、僕だって、その誘惑に手を伸ばしたくなる。

 でも、僕は、いくら僕から、エリシアの気持ちが離れていたとしても、まだ、婚約者でいられる内は絶対に浮気などしない。

 エリシアを失ったら、失意の中、もう僕は、寂しくて、その誘惑に手を伸ばしてしまうだろうけれど。

 僕も弱い人間だったんだな。

 あれほど、自分は浮気しないと思っていたのに、浮気する人達と変わらない一面を持っている。

 でも、僕は自分に負けたくない。
 葛藤の中で、最後に浮かぶのは、エリシアの顔だった。

 エリシアをまっすぐ見られない自分など、いらない。

「メリンダ。
 僕は、君には最後まで、本当の自分は見せないよ。

 君の期待に応えるのは、僕ではない。
 君を好きになってくれる男を探して。」

 そう言うと、メリンダは、とても悲しい顔をした。

「レイバン様、本当は私、あなたを手に入れるために、なりふり構わない自分になろうとしたの。

 後からあなたに軽蔑されても、足掻いてみようと思ったの。

 だから、あなたの彼女にあなたの名前で、手紙を出して、私といる場面に鉢合わせするようにしたの。

 あなたの彼女が、私に向けて怒り狂うさまを見たかった。

 でも、あの時彼女は、二人を見ても、荒立てることはせずに、静かに去って行った。

 私とは、同じレベルにならないと決めたかのように。

 あの時、負けたと思ったのに、あなたが、今日、彼女とうまくいかずに酔っているなら、私もまだチャンスがあると思ったの。

 なのに、あなたも私を相手にしない。
 もう私の負けね。

 さよなら、私、ガイル王国の王子との縁談の話があるの。
 国を渡るわ。」

 呆気に取られる僕とナイジェルを前に、メリンダはスラスラと勝手なことを言って、去って行った。

 じゃあ、あの時、来るはずのないエリシアが、お食事処に来たのは、メリンダが、彼女を嵌めたから?

 メリンダは、何てことをしてくれたんだ。

 あのせいもあって、僕は今でも、エリシアと会えないでいるのに。

 僕は言葉を失った。

「酷い女だな。
 鉢合わせの現場を作るって。」

「ああ、完全にやられた。
 このまま、メリンダに手を出さないで良かった。

 エリシアを失うところだった。
 ナイジェル、ありがとな。」

「ああ、俺だって、酒に溺れて、女に手を出すレイバンを見たくないよ。」

「それにしても、酔いが一気に覚めた。
 もう少しで、僕も危なかった。

 好きな女性と幸せになればなるほど、失った寂しさは、応えるもんだな。」

「そうだろう。
 やばいだろう?

 俺のつい遊んでしまう気持ちわかっただろう?」

「うん、やばいね。」

「まぁ、飲もう。」

「ないと思うけれど、今僕不安定だから、酒のせいで酔っぱらって、女に手を出そうとしたら、殴ってでも止めて。」

「いいぞ。
 強烈パンチをお見舞いできる最高のチャンスだからな。」

「強烈パンチでなくても、僕は止まるよ。」

「遠慮するなって。」
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