私は彼を愛しておりますので

月山 歩

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7.それぞれの二人

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 お父様はしばらくして、やっと熱も下がり、目を覚ました。

 げっそりと痩せてしまったけれど、私は、嬉しくて、涙を浮かべた。

「お父様、わかりますか?」

「ああ、心配かけたね。

 薄れる意識の中、時々お前がいることがわかっていたよ。

 そばにいてくれてありがとう。」

「お父様、本当に良かった。」

 これでもう、お父様は、少しずつ回復していくだろう。

 シモンが夜にやって来て、お父様の寝室に入って、事業のお話をしているので、私は居室の方で、二人の話が終わるのを、待っていた。

「少し話してもいい?」

「どうぞ。」

 私は、シモンとテーブルを挟んで、ソファに座り、お茶を出した。

「ケネス侯爵は、疲れたから、少し休むそうだよ。
 リアも大変だったね。」

「ええ、こんな不安な日々を過ごしたのは、初めてだわ。」

「少し痩せたね。」

 そう言って、シモンは私のほっぺたを触ろうと手を伸ばした。

 私は、すかさず身を捩る。

「私には、婚約者がいるから、触らないで。」

「もうしばらく会っていないのに、まだ、彼に気を使うのか?

 この前、夜会ですごく酔っ払って、メリンダ嬢と話していたと、噂になっていたよ。

 あの後、何かあったかもね。」

「だとしても、私は、レイバンに顔向けができないようなことはしないわ。
 私達は、婚約者同士よ。」

「ダンネベルク卿は、すでにリアを裏切っているかもしれないのにかい?」

「そうよ。
 私は、彼を信じる最後の一人なの。」

「本当に、リアは変わらないね。
 そう言うところが、好きだよ。」

「だから、そう言う一言いらないの。」

「リアは、昔から、心まで天使だよね。
 こんなに何日も会っているのに、やつの悪口を言わないんだね。

 リアが、メリンダ嬢と彼がいるところに鉢合わせしたことも、噂になっているよ。

 どうして、そういう話は広まるんだろうね。」

「さぁ、わからないわ。
 だとしても、私は変わらないわ。」

「俺の予定では、ダンネベルク卿の浮気を知ったリアが、俺に泣きついて来て、俺が慰めつつ二人は結ばれるって言うストーリーなんだけど。」

「ごめんなさい。
 レイバンと完全に別れるまで、そのストーリーはないと思うわ。」

「じゃあ、二人はいつ別れるの?」

「お父様が、快方に向かって来たから、一度レイバンと会って、ゆっくり話してみるわ。

 でも、私はまだレイバンを諦めていないのよ。」

「じゃあ、もし、彼と別れたら、すぐに教えて。
 俺が、リアを幸せにする。」

「多分ないと思うわよ。
 そんなこと。」

「いや、俺も諦めない。」

 そう言うとシモンは、帰って行った。




 私は、ダンネベルク邸を訪ねてお話ししたいとレイバンに、お手紙を書いた。

 すると、レイバンが邸にやって来た。

「久しぶりね。」

「ああ。
 痩せたね。
 食事できてる?」

「うん、大丈夫よ。
 レイバンは?」

「僕の方は変わりないよ。
 ごめんね。
 ずっと謝りたかった。
 メリンダのこと。」

「それは、きちんと説明してほしいの。」

 二人は応接室にいるけれど、ソファに座っても、テーブルを挟んで、離れて座っている。

 今の二人の心は、以前より、遥かに遠い。

 二年前に、婚約したばかりの頃でさえ、こんなに探り合う二人では、無かった。

「うん、まずは、僕とメリンダが、お食事処にいた話からだね。」

「ええ。」

「話は遡るんだけど、僕は、エリシアのことがずっと好きだったけれど、ケネス侯爵にすでに婚約者候補の者がいるから、諦めてくれって言われていたんだよ。

 それで、エリシアとは見込みもないし、僕だって、ダンネベルクを継承する者として、いずれ結婚しなければならないから、メリンダと会っていたんだよ。

 だからと言って、決して彼女とキスしたり、抱き合ったりしていない。

 婚約していたわけじゃないからね。

 だけど、そうしていることで、彼女に結婚するかもしれないと期待させてしまっていたのは、事実なんだ。

 だから、メリンダに最後にお茶を一緒に飲みたいと言われた時に、断れなかった。

 僕のせいだったから。

 後から知ったんだけれど、君をあの場に呼び出す手紙は、彼女が出したそうだ。

 君に二人で会っているところを見せて、僕達の仲を壊したかったらしい。」

「そうだったの。」

「ああ、でも君は、怒らずそのまま帰ってしまったから、彼女の目的は果たせなかったようだけど。」

「ううん、果たしていたわ。
 私は、とてもショックを受けたの。
 受け入れられないほどに。

 ただ、あの場で見せなかっただけ。

 それについてだけど、レイバンに謝ろうと思って。

 最初にシモンとお茶を邸で飲んでいて、レイバンに嫌な思いをさせたのは、私だわ。

 ごめんなさい。

 あの時は、レイバンの思いを理解して謝っていなかった。

 レイバンと、メリンダ様がいるのを見て初めて、知ったの。
 とても苦しいって。」

「エリシアは、優しすぎる。
 二人きりで会っていた僕のことを、もっと怒っていると思っていた。

 僕の方がより悪いから。

 そして、その後もメリンダと夜会で会って、話をしたよ。

 その時に聞いたんだ。
 あの手紙のことを。

 その夜会で僕は、エリシアに嫌われたと思って、酷く酔っ払っていたけれど、ナイジェルが止めてくれたのもあって、メリンダとはその場で話しただけだよ。

 二人きりでもないし。

 その頃の僕は、エリシアに相手にされず、嫌われていると思ったし、辛いし、寂しいし、もう気持ちがぐちゃぐちゃだったんだ。

 今もだけど。」

「ごめんね。

 私、お父様のことが心配な上に、お父様がいつもしていた急ぎの執務にも追われて、このまま私達の家族が壊れていくのではないかと心配だったの。

 だから、いっぱいいっぱいになりながら、お父様の代わりに初めての執務をしていて、レイバンとゆっくり話す余裕が無かったの。

 私はいつもやつれていて、髪も手入れしてなかったし、ふらふらで、とてもレイバンにそんな姿を見せられなかったの。

 あなたには、おしゃれして、完璧な自分で会いたかった。

 あなたに釣り合うように。

 それに、お父様の病いが、人にうつすものかわからなかったし。」

「オリアーニ侯爵とは会っていたよね。
 それが一番辛かった。」

「シモンとは、事業の話があったから。
 必要でないならば、会いたくなかっわ、シモンにも。

 でも、お父様の事業もまた、私達は失うわけにいかないし、お父様が目覚めた時に、何もできない娘だとガッカリされたくなかった。

 だから、シモンから報告を受けるために会っていたわ。」

「でも、あいつは、エリシアに迫ったんだろ?」

「まぁ、そうね。
 好きとか、別れたら教えてとは、言われたわ。」

「やっぱりあいつ。」

「でも、私、シモンとは本当に何もないから、信じてほしいの。」

「わかった。
信じるよ。」

「良かった。」

 私達は、相手を失いたくないから、以前よりも、深く聞くし、本音でその時どう思っていたかまで話せるようになった。
 いいことも、嫌なことも。

 今回のことは、お互いすれ違っていたけれど、それでも最後まで、相手のことを諦めなかったし、裏切ったりしなかった。

 それは、最後の最後まで二人が繋がっていたいとお互いが願ったから。

 そして、話し合うことで、お互いを理解しようとした。

 相手のすることを理解できなくても、話そうとする心が、お互いを向いている証拠である。

「キスして?」

「えっ?」

「キスしてくれたら、安心する。
 あいつとしてないんだろ?」

「うん。」

 レイバンは、私の前で、眼を瞑る。

 私は、今度こそカッコいいそのお顔を見てないで、キスをした。

 私から、キスするのは初めてだ。

「ありがとう。
 でも、一瞬すぎてわからない。」

 そう言って、レイバンは、私を抱きしめると、キスをして来た。

 私は、久しぶりのキスが、嬉しかった。

 やっぱり、二人はこれだわ。

 二人は、いつだって、抱き合ったり、キスしたり、そうしていることが、とても幸せで、満たされる。

 私にはレイバン以外なんて、考えられないって思うの。
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