妻が通う邸の中に

月山 歩

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1.体調が悪い日

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「体調が悪いから、今日はもう休む。
 イライザは?」

「イライザ様は出掛けております。」

「そうか、お茶会か、何かか?」

「いや、それが…。
 ここではちょっと。」

 体調が悪く王宮から帰ってみると、妻は留守で、執事ライナスははっきりせずに言い淀む。

 リカルド・セグリマンは、邸に帰って早々にげんなりする。
 僕は侯爵で、王宮に毎日出仕しているが、たまに早く帰るとこのザマだ。

「今は体調が悪い。
 話は後からだ。」

「承知しました。」

 僕は風邪をひいたのか、倦怠感が強く、寝室でそうそうに休む。





 ベッドで寝ていると手を握られている感覚があり、まどろみの中から、ゆっくりと覚醒する。
 昼から夜まで寝ていたから、身体は少しだけ楽になったようだ。

 薄らと目を開けると、妻が心配そうに僕を見ている。

「リカルド様、目が覚めましたか?」

「ああ。」

「お医者を呼んで参りますね。」

「ああ。」

 妻が寝室から、去って行くのを見届けると、僕は再び目を閉じる。
 妻のイライザは相変わらず美しい。
 僕を案じて、そばにいて、手を握ってくれていた。
 僕は幸せだ。
 妻の紫色の瞳が真っ直ぐに、僕に注がれて、心配そうに首を傾げているさまは、何とも可愛らしい。

 体調が悪くなければ、妻を思い切り抱きしめるものを。
 今の僕では、無理だけど。




「リカルド様、お医者様がみえましたよ。」

 まどろみの中、イライザの声に再び目を開ける。

「セリグマン侯爵、あなたが体調を崩されるのは、久しぶりですね。」

 付き合いの長いノーマン医師が、僕の診察をする。

「ああ、わざわざおいでいただき申し訳ない。
 ただの風邪だと思うんだが。」

「そうですね。
 喉も赤いし、風邪のようですね。
 薬を渡しておきますので、それを飲んで、ゆっくり休めば、じきに良くなりますよ。」

「わかった。
 ありがとう。」

 診察はすぐに終わり、ノーマン医師は寝室を出て行こうと立ち上がる。
 その時に、何となくノーマン医師を目で追うと、イライザと目で合図しているのを見た。
 ノーマン医師がイライザをじっと見つめ、イライザは首を振る。

 あれは、ノーマン医師の思っていることに対して、拒否している合図だ。
 二人はどうして言葉でなく、目だけで会話しているんだ?

 ノーマン医師がこの邸に来たのは、久しぶりだし、そもそも、イライザと目で話すほど、親密になる機会などないはずだ。

 僕に聞かせたくないから、わざわざ目で話すほどの仲なのか?
 僕に言うのを拒否したイライザの動作が、気になる。
 あれは、僕に言うべきだと、ノーマン医師が思っているのに、イライザが拒否したと言うことだろう。

 二年前に父が病に倒れた時に、イライザは看病をしている。
 その時に二人は親しくなったのか?

 僕に言えないことが、二人にはあると言うことか?
 僕の体調はただの風邪だ。
 だから、僕の体調についてではないはずだ。

 ノーマン医師は、僕と付き合いが長いから、僕の体調についてなら、言わないはずはない。

 もしもだけど、二人は付き合っているとか?
 まさか、ノーマン医師とイライザは、親と子ほども離れているし、イライザが僕を裏切るとも思えない。

 でも、昼間ライナスが言いかけた言葉も気になってきたし、僕は体調はゆっくり寝たせいでそれほど悪くないが、イライザに関して疑問がありすぎて、めまいがしそうだ。

 今は本調子ではない。
 体調が戻ってから、動こう。
 僕は再び目を閉じた。




 僕とイライザが出会ったのは、王宮の舞踏会で、イライザを初めて見た時、こんな天使のような令嬢がいるのかと、目を疑った。

「初めまして、僕はリカルド・セリグマンと申します。
 ダンスをいかがですか?」

 たまらず僕は、イライザに話しかけていた。

「ええ、私こう言う場は初めてで、ダンスも練習してきましたけれども、自信がなくて。」

 初めて出会った時のイライザは、いかにも場慣れしておらず、不安そうに僕を見上げていた。

 僕は、その紫色の瞳が、揺れながら僕を捉えた時、もうこの人しかいないと思った。

「大丈夫です。
 僕がリードしますから。」

「でしたら、踊ってみようかしら。」

 イライザは、僕を見上げながら、エスコートする僕の手に、ゆっくりと白い手を差し出した。

 二人で踊り出すと、イライザの表情は柔らかくなり、笑顔を見せてくれるようになる。

「そろそろお名前を伺っても?」

「すみません。
 ご挨拶が遅れました。
 私はイライザ・ギレスです。」

「そうですか。
 イライザ嬢と呼んでも?」

「はい、お任せします。」

 この時のイライザの笑顔は、僕をとろけさせた。

 王宮の舞踏会中だと言うのに、僕はダンスのみで、抱きしめれないことが、もうすでに物足りなくなっている。

 ギレスか、確か男爵家であったはず。

 イライザの着ているドレスは、僕が普段付き合う令嬢のそれよりも、かなりシンプルで、高級そうに見えない。

 だったら、地位も財力も上回っている僕は、とても有利に彼女を手に入れることができるだろう。

 この時の僕は、自分が侯爵家の次期当主である立場を有意義に使い、彼女と結婚するのに、それほどの時間はかからなかった。

 彼女の持参金がないことや、僕達の格差があり過ぎると渋る父上であるセリグマン侯爵を説得することも、どこか楽しんでいた。

 そして、今まで遊びで付き合っていた令嬢や、夫人達に別れを告げて、イライザと添い遂げる覚悟をもって、結婚した。
 僕は誰よりも幸せだと信じていた。
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