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5 商談
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スカーレットは商談だとクラレット・メイズ伯爵令嬢を指名して離宮に呼び出した。
その際クラレットの婚約者であるジェード・フロスティ公爵令息の同伴の許可を求められたため是と答えた。
シアンに公爵家当主の座を奪われたらしい公爵家の長男の顔を見ておこうと思ったのだが、彼を見てその考えを改めることになった。
商談とはいえ二人とも学園の先輩と後輩──貴族だ。
スカーレットは離宮に訪れた二人を応接室に通してお茶を振る舞い、先日ビアンカに勧められた商品を手に入れるよう依頼した。
商人には上客であるスカーレットのご機嫌を損なわないためか、無駄に笑顔を振りまく者が多くいる。しかしクラレットはスカーレットが知るどの商人とも違い、愛想笑いの1つもしない令嬢だった。
自身は商会の人間としてここに来ているのでと出されたお茶を固辞するその姿含め、スカーレットの目にはクラレットがとても新鮮に映った。
逆にジェードに至っては何をしに来たのか特に口を出すこともなく優雅に紅茶を飲みながらスカーレットとクラレットのやり取りを笑顔で見ていた。
所作は見とれるほど優雅だが、少々くつろぎすぎではないのかとスカーレットは思った。なのになぜかこちらが試されているような、落ち着かない気持ちにさせられるのだ。
スカーレットがそんなことを考えていると、クラレットの口から思ってもみなかった言葉が飛び出した。
「恐れながら王女殿下。そのお話、お受けすることは出来ません」
スカーレットの話を聞いたクラレットは少しも悩むことなく、はっきりと断りを入れてきたのだ。
「!」
王族の言葉を即否定するのは流石に不敬に取られかねない態度である。
そんな態度のクラレットにその場に居合わせた者を取り巻く空気が一瞬張り詰めたが、流石に王族に仕えているだけのことだけあり誰も表情や行動には出さなかった。
「何故、と聞いても?」
スカーレットが冷静にそう問いかけた。
クラレットは「はい」と返事をし、その理由を答えた。
「まず先におっしゃられた品に関しましては現在職人が不足しており既に数年待ちの状態です。そこに王女殿下からの依頼を持ち込めば職人は殿下を優先せざるを得ません。
しかも王太子殿下への贈り物とあればそれなりの品を、しかも短期間でとなりますと他の依頼品の手を止めるしかなくなります・・・当然顧客の守秘義務から王女殿下の依頼を優先したとも言えませんから、結果職人は納期を守れずこれまで付き合いのあった貴族からの信用を失うことになります。
勿論彼らの仕事に横やりを入れた我が商会も他の貴族や職人からの信頼を失うでしょう。
仮に正直に王女殿下の依頼であると伝えた場合、依頼者の情報を漏らした職人や我が商会の信用は同じく失墜し、我が商会は衰退し、雇っている従業員は職を失います。そしてそれは我が国での王女殿下の瑕疵となるでしょう。
次にもう一つのお品ですが、現在市場に王族の方に見合うサイズの石は取り扱いがありません。更にその鉱石が採掘される地域は地盤脆く急な掘削は作業者の命を──」
「──もういいわ。わたくしも一般市民を危険に晒してまでそれを望んではいないから」
スカーレットがそう言うと、わずかにクラレットが安堵の息を吐いた。
本来そこまで話すことではないが、あやふやな受け答えをするべきではないとクラレットは判断した。他の商会に話を持っていかれては、断れなかった商会がそのような目に遭ってしまうからだ。
そこで、これまでのやり取りを黙って聞いていたジェードが口を開き、にこやかにスカーレットに話しかけた。
「それにしても王女殿下。そのふたつの商品は最近我が国で注目されたばかりの商品なのです。数が少なく生産が追い付いていないため一部の高位貴族家しか知り得ぬ情報なのに、この短い期間でそこまで詳しいとは流石ですね──」
所作は優雅なのに気さくで話しやすい。
ジェードのその雰囲気につい色々話したくなってしまうのだ。
「──お茶会の際に耳に挟んだだけのことよ」
「それは有意義な茶会ですね。どちらかのご令嬢が王女殿下にアドバイスされたのですか。そのように博識な令嬢ならば我が商会に引き入れたいものです」
「あぁ、それは──」
にこにことその容姿を最大限に利用し他意のない穏やかな笑みを向けて話しかけてくるジェードに、つい口を滑らせそうになる。
「ふふ。男子禁制のお茶会のことは令嬢の秘密でしてよ」
スカーレットはそう言ってほほ笑むと人差し指を口元に持っていった。
スカーレットは王族だ。
見た目だけで人を判断するような愚かな真似はしないがこれは──令嬢たちがシアンと二人並ぶと眼福だと言っていたのが少しだけ分かる気がした。
しかし──やはりビアンカには他意があったようだ。
しかもこんなにすぐに露見するようなことを彼女がどういうつもりでスカーレットに提案をし、メイズ伯爵家の商会を勧めてきたのかが分からない以上不確かなことを話すわけにはいかない。
クラレットが持っている情報だ。王侯貴族相手に商会を営んでいるルーベルム侯爵家の跡継ぎであるビアンカがそれを知らないとは考え難い。
商売敵であるメイズ伯爵家を嵌めようとしたのか、それともスカーレットの評判を下げようとしたのか──前者であればスカーレットを利用し、後者であればスカーレットに喧嘩を売ったこととなる。
どちらにしてもはっきりしたのはビアンカが信頼に値しない人物だということだ。
「それは無粋なことをお聞きしましたね。お詫びとしてグレイ殿下への贈り物の代替え案をいくつか・・・。私は殿下と同い年で幼いころ殿下の学友を務めていましたからね。殿下好みの贈り物を提案できるかと──」
なるほど。ジェードはこのために来たのか。
商人は信頼関係がなければ成り立たない。二つ返事で望みを受け入れる輩より断られた方が信用できるというのも不思議な話だが、クラレットはスカーレットを信用し、更に今後のスカーレットの立場を考慮して敢えて断りをいれて来たのだ。
国内第一位の規模を誇る商会の跡取りというだけのことはある。
代替え案にしてもクラレットが持ちかけるより、贈る相手と同性であり面識もあるジェードに勧められることによって、予定していたものと違う商品を注文することになったにもかかわらず、不安は微塵もなく安心して納品を待っていられる。
商談もまとまりやすいだろう。
そしてジェード・・・彼はおそらくこちら側の人間だ。
この男は本当にシアンに公爵家当主の座を奪われたのだろうか?
スカーレットはこの日無事にグレイへの贈り物を注文することが出来た。
その際クラレットの婚約者であるジェード・フロスティ公爵令息の同伴の許可を求められたため是と答えた。
シアンに公爵家当主の座を奪われたらしい公爵家の長男の顔を見ておこうと思ったのだが、彼を見てその考えを改めることになった。
商談とはいえ二人とも学園の先輩と後輩──貴族だ。
スカーレットは離宮に訪れた二人を応接室に通してお茶を振る舞い、先日ビアンカに勧められた商品を手に入れるよう依頼した。
商人には上客であるスカーレットのご機嫌を損なわないためか、無駄に笑顔を振りまく者が多くいる。しかしクラレットはスカーレットが知るどの商人とも違い、愛想笑いの1つもしない令嬢だった。
自身は商会の人間としてここに来ているのでと出されたお茶を固辞するその姿含め、スカーレットの目にはクラレットがとても新鮮に映った。
逆にジェードに至っては何をしに来たのか特に口を出すこともなく優雅に紅茶を飲みながらスカーレットとクラレットのやり取りを笑顔で見ていた。
所作は見とれるほど優雅だが、少々くつろぎすぎではないのかとスカーレットは思った。なのになぜかこちらが試されているような、落ち着かない気持ちにさせられるのだ。
スカーレットがそんなことを考えていると、クラレットの口から思ってもみなかった言葉が飛び出した。
「恐れながら王女殿下。そのお話、お受けすることは出来ません」
スカーレットの話を聞いたクラレットは少しも悩むことなく、はっきりと断りを入れてきたのだ。
「!」
王族の言葉を即否定するのは流石に不敬に取られかねない態度である。
そんな態度のクラレットにその場に居合わせた者を取り巻く空気が一瞬張り詰めたが、流石に王族に仕えているだけのことだけあり誰も表情や行動には出さなかった。
「何故、と聞いても?」
スカーレットが冷静にそう問いかけた。
クラレットは「はい」と返事をし、その理由を答えた。
「まず先におっしゃられた品に関しましては現在職人が不足しており既に数年待ちの状態です。そこに王女殿下からの依頼を持ち込めば職人は殿下を優先せざるを得ません。
しかも王太子殿下への贈り物とあればそれなりの品を、しかも短期間でとなりますと他の依頼品の手を止めるしかなくなります・・・当然顧客の守秘義務から王女殿下の依頼を優先したとも言えませんから、結果職人は納期を守れずこれまで付き合いのあった貴族からの信用を失うことになります。
勿論彼らの仕事に横やりを入れた我が商会も他の貴族や職人からの信頼を失うでしょう。
仮に正直に王女殿下の依頼であると伝えた場合、依頼者の情報を漏らした職人や我が商会の信用は同じく失墜し、我が商会は衰退し、雇っている従業員は職を失います。そしてそれは我が国での王女殿下の瑕疵となるでしょう。
次にもう一つのお品ですが、現在市場に王族の方に見合うサイズの石は取り扱いがありません。更にその鉱石が採掘される地域は地盤脆く急な掘削は作業者の命を──」
「──もういいわ。わたくしも一般市民を危険に晒してまでそれを望んではいないから」
スカーレットがそう言うと、わずかにクラレットが安堵の息を吐いた。
本来そこまで話すことではないが、あやふやな受け答えをするべきではないとクラレットは判断した。他の商会に話を持っていかれては、断れなかった商会がそのような目に遭ってしまうからだ。
そこで、これまでのやり取りを黙って聞いていたジェードが口を開き、にこやかにスカーレットに話しかけた。
「それにしても王女殿下。そのふたつの商品は最近我が国で注目されたばかりの商品なのです。数が少なく生産が追い付いていないため一部の高位貴族家しか知り得ぬ情報なのに、この短い期間でそこまで詳しいとは流石ですね──」
所作は優雅なのに気さくで話しやすい。
ジェードのその雰囲気につい色々話したくなってしまうのだ。
「──お茶会の際に耳に挟んだだけのことよ」
「それは有意義な茶会ですね。どちらかのご令嬢が王女殿下にアドバイスされたのですか。そのように博識な令嬢ならば我が商会に引き入れたいものです」
「あぁ、それは──」
にこにことその容姿を最大限に利用し他意のない穏やかな笑みを向けて話しかけてくるジェードに、つい口を滑らせそうになる。
「ふふ。男子禁制のお茶会のことは令嬢の秘密でしてよ」
スカーレットはそう言ってほほ笑むと人差し指を口元に持っていった。
スカーレットは王族だ。
見た目だけで人を判断するような愚かな真似はしないがこれは──令嬢たちがシアンと二人並ぶと眼福だと言っていたのが少しだけ分かる気がした。
しかし──やはりビアンカには他意があったようだ。
しかもこんなにすぐに露見するようなことを彼女がどういうつもりでスカーレットに提案をし、メイズ伯爵家の商会を勧めてきたのかが分からない以上不確かなことを話すわけにはいかない。
クラレットが持っている情報だ。王侯貴族相手に商会を営んでいるルーベルム侯爵家の跡継ぎであるビアンカがそれを知らないとは考え難い。
商売敵であるメイズ伯爵家を嵌めようとしたのか、それともスカーレットの評判を下げようとしたのか──前者であればスカーレットを利用し、後者であればスカーレットに喧嘩を売ったこととなる。
どちらにしてもはっきりしたのはビアンカが信頼に値しない人物だということだ。
「それは無粋なことをお聞きしましたね。お詫びとしてグレイ殿下への贈り物の代替え案をいくつか・・・。私は殿下と同い年で幼いころ殿下の学友を務めていましたからね。殿下好みの贈り物を提案できるかと──」
なるほど。ジェードはこのために来たのか。
商人は信頼関係がなければ成り立たない。二つ返事で望みを受け入れる輩より断られた方が信用できるというのも不思議な話だが、クラレットはスカーレットを信用し、更に今後のスカーレットの立場を考慮して敢えて断りをいれて来たのだ。
国内第一位の規模を誇る商会の跡取りというだけのことはある。
代替え案にしてもクラレットが持ちかけるより、贈る相手と同性であり面識もあるジェードに勧められることによって、予定していたものと違う商品を注文することになったにもかかわらず、不安は微塵もなく安心して納品を待っていられる。
商談もまとまりやすいだろう。
そしてジェード・・・彼はおそらくこちら側の人間だ。
この男は本当にシアンに公爵家当主の座を奪われたのだろうか?
スカーレットはこの日無事にグレイへの贈り物を注文することが出来た。
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