6 / 27
6 決してジェード様を渡さない
しおりを挟む
シアンに、『ルーベルム侯爵令嬢が王女殿下に接触した』と聞いたのは新学期が始まってすぐのことだった。
(あぁ、あの侯爵令嬢か)
まだクラレットとの婚約が調う前、何度断ってもジェードに釣書を送ってくる貴族家がいくつかあり、その中の一人がルーベルム侯爵の一人娘であるビアンカだった。
婚約者がいるにも関わらず送られてくる釣書を、青筋を立てながら父親が突き返していたのを思い出す。
学園でもしつこく集って来るものだから、昼食時はレストランに行くことが出来ずに人気の無いベンチで過ごしていたのは苦い思い出だ。
ジェードはメイズ伯爵家に婿入りするため、自身がフロスティ公爵家だけでなく他の貴族家の跡取りにも相応しくないと世間に認識させるよう、クラレットと出会った十年前より色々策略を巡らせてきた。
その為虫を完全に排除するために動くことが出来なかったのだ。
ビアンカは何度断ろうともあきらめなかった本当にしつこい虫のような令嬢だ。
最終的にジェードは、自身に近寄ってきた平民の女生徒を利用し『平民に踊らされる貴族令息』を演じることによって、ルーベルム侯爵に「使えない」と見做されることに成功した。
結果としてその利用された平民の罪を不問にしたため、甘すぎると『次期公爵夫人』としてのあり方をキャナリィが問われることになってしまったのは計算外だったが、ジェードの卒業によりビアンカら令嬢とも接点が無くなったためこれで静かになると思っていた。
まさか王女殿下を利用してクラレットに手を出してくるとは・・・。
クラレットが失敗すればジェードが手に入るとでも思っているのだろうか。
(流石にそれはない──とは言い切れないか?)
仮にも侯爵家を継ごうとしている令嬢がそんな思考をしているはずはないとは思うが──
クラレット一人でも問題なかっただろうが、ジェードはビアンカが何を企んでいるのかを知るため念のためスカーレットとの商談に同行を申し出た。
「ついて行って正解だったな。やはり侯爵令嬢は飛べないようにしないと視界に入って鬱陶しい」
ジェードはそうつぶやくと、昼寝のため公爵邸の庭にある東屋に向かうのだった。
★
「ふふ」
ビアンカは今頃頭を抱えているであろうクラレットを思い、笑みをこぼした。
王女殿下に提案した商品はどちらも王太子への贈り物に相応しく、素晴らしい物ではあるが、最近我が国で流行り出したばかりの品で入手困難なものだ。
そうと分かっていても王族の依頼を断るのは難しい。
注文を受けた場合。
メイズ伯爵家であれば無事に納品は出来るだろうが、職人や商会員に無理難題を言うことになり、それは信用を失うことにつながる。
そして失敗は勿論、万が一依頼を断った場合。
ビアンカが提案した商品を上回るものなど現在この国存在しないし、爵位も継いでいない令嬢如きが王族からの依頼を断るなど不敬と取られ罰せられるかもしれない。
そしてどちらにしろ伯爵家に損害を与えたとして廃嫡──。
クラレットはスカーレットの依頼を受けても断っても貴族社会から姿を消すことになる──。
どちらにしろ、ジェードとの婚約はなくなる未来しかないのだ。
よく噂に踊らされたり恋愛にかまけたりして立場を危うくする者たちを見るが、自分はそのようなことにはならない。
自ら手を下し失敗した上に、人前で感情的になり醜態を晒すなど貴族としてあり得ないのだ。
「私は自分の手を汚さずにクラレット・メイズを陥れて見せる。決してジェード様を渡さない」
例えビアンカがジェードと添い遂げることが出来なくても──
・・・だけど。
だけど、と、ビアンカは思う。
ジェードは商会を持つ貴族家への婿入りを希望している。
現在、小さくとも商会を持ち、尚且つ公爵令息であるジェードを受け入れられる家格の令嬢には皆婚約者がいるのだ。
そうなると以前婚約を破棄してでもジェード様と婚約したいという意思を伝えているビアンカのところに話が来る可能性が高いのではないだろうか。
お父様は「使えない」と言っていたけれど、公爵家からの申し入れを断ることまではしないかもしれない。
ルーベルム侯爵家であればジェード一人働かなくともなんの痛手にもならないのだから。
学園を卒業すればビアンカは婚約者と結婚することになる。
あと数ヶ月というこの時期に訪れた最初で最後のチャンス。
ビアンカは訪れることのない未来を夢見て恍惚とした表情で笑みを浮かべた。
恋愛感情から相手を陥れることを選んだビアンカは、すでに感情に振り回され、悪手を打っているのだということに気付かないでいた。
その後スカーレットは時折クラレットを食事に誘うようになったが、元々スカーレットの寵が目的で近付いたわけではないのでビアンカは別に構わなかった。
それにスカーレットがクラレットを誘うのは無事あの商品の注文を受けたからに違いないとビアンカは考え、ほくそ笑んだ。
商品を納品出来るにしろ出来ないにしろ、メイズ伯爵家は勢いは削がれ、跡取りを失い、衰退していくことになるのだ。
ジェードとの婚約も白紙になる。
どっちに転んでも思惑通りだ。
ビアンカはそう信じて疑わなかった。
(あぁ、あの侯爵令嬢か)
まだクラレットとの婚約が調う前、何度断ってもジェードに釣書を送ってくる貴族家がいくつかあり、その中の一人がルーベルム侯爵の一人娘であるビアンカだった。
婚約者がいるにも関わらず送られてくる釣書を、青筋を立てながら父親が突き返していたのを思い出す。
学園でもしつこく集って来るものだから、昼食時はレストランに行くことが出来ずに人気の無いベンチで過ごしていたのは苦い思い出だ。
ジェードはメイズ伯爵家に婿入りするため、自身がフロスティ公爵家だけでなく他の貴族家の跡取りにも相応しくないと世間に認識させるよう、クラレットと出会った十年前より色々策略を巡らせてきた。
その為虫を完全に排除するために動くことが出来なかったのだ。
ビアンカは何度断ろうともあきらめなかった本当にしつこい虫のような令嬢だ。
最終的にジェードは、自身に近寄ってきた平民の女生徒を利用し『平民に踊らされる貴族令息』を演じることによって、ルーベルム侯爵に「使えない」と見做されることに成功した。
結果としてその利用された平民の罪を不問にしたため、甘すぎると『次期公爵夫人』としてのあり方をキャナリィが問われることになってしまったのは計算外だったが、ジェードの卒業によりビアンカら令嬢とも接点が無くなったためこれで静かになると思っていた。
まさか王女殿下を利用してクラレットに手を出してくるとは・・・。
クラレットが失敗すればジェードが手に入るとでも思っているのだろうか。
(流石にそれはない──とは言い切れないか?)
仮にも侯爵家を継ごうとしている令嬢がそんな思考をしているはずはないとは思うが──
クラレット一人でも問題なかっただろうが、ジェードはビアンカが何を企んでいるのかを知るため念のためスカーレットとの商談に同行を申し出た。
「ついて行って正解だったな。やはり侯爵令嬢は飛べないようにしないと視界に入って鬱陶しい」
ジェードはそうつぶやくと、昼寝のため公爵邸の庭にある東屋に向かうのだった。
★
「ふふ」
ビアンカは今頃頭を抱えているであろうクラレットを思い、笑みをこぼした。
王女殿下に提案した商品はどちらも王太子への贈り物に相応しく、素晴らしい物ではあるが、最近我が国で流行り出したばかりの品で入手困難なものだ。
そうと分かっていても王族の依頼を断るのは難しい。
注文を受けた場合。
メイズ伯爵家であれば無事に納品は出来るだろうが、職人や商会員に無理難題を言うことになり、それは信用を失うことにつながる。
そして失敗は勿論、万が一依頼を断った場合。
ビアンカが提案した商品を上回るものなど現在この国存在しないし、爵位も継いでいない令嬢如きが王族からの依頼を断るなど不敬と取られ罰せられるかもしれない。
そしてどちらにしろ伯爵家に損害を与えたとして廃嫡──。
クラレットはスカーレットの依頼を受けても断っても貴族社会から姿を消すことになる──。
どちらにしろ、ジェードとの婚約はなくなる未来しかないのだ。
よく噂に踊らされたり恋愛にかまけたりして立場を危うくする者たちを見るが、自分はそのようなことにはならない。
自ら手を下し失敗した上に、人前で感情的になり醜態を晒すなど貴族としてあり得ないのだ。
「私は自分の手を汚さずにクラレット・メイズを陥れて見せる。決してジェード様を渡さない」
例えビアンカがジェードと添い遂げることが出来なくても──
・・・だけど。
だけど、と、ビアンカは思う。
ジェードは商会を持つ貴族家への婿入りを希望している。
現在、小さくとも商会を持ち、尚且つ公爵令息であるジェードを受け入れられる家格の令嬢には皆婚約者がいるのだ。
そうなると以前婚約を破棄してでもジェード様と婚約したいという意思を伝えているビアンカのところに話が来る可能性が高いのではないだろうか。
お父様は「使えない」と言っていたけれど、公爵家からの申し入れを断ることまではしないかもしれない。
ルーベルム侯爵家であればジェード一人働かなくともなんの痛手にもならないのだから。
学園を卒業すればビアンカは婚約者と結婚することになる。
あと数ヶ月というこの時期に訪れた最初で最後のチャンス。
ビアンカは訪れることのない未来を夢見て恍惚とした表情で笑みを浮かべた。
恋愛感情から相手を陥れることを選んだビアンカは、すでに感情に振り回され、悪手を打っているのだということに気付かないでいた。
その後スカーレットは時折クラレットを食事に誘うようになったが、元々スカーレットの寵が目的で近付いたわけではないのでビアンカは別に構わなかった。
それにスカーレットがクラレットを誘うのは無事あの商品の注文を受けたからに違いないとビアンカは考え、ほくそ笑んだ。
商品を納品出来るにしろ出来ないにしろ、メイズ伯爵家は勢いは削がれ、跡取りを失い、衰退していくことになるのだ。
ジェードとの婚約も白紙になる。
どっちに転んでも思惑通りだ。
ビアンカはそう信じて疑わなかった。
227
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
白い結婚をご希望ですか? 良いですよ。私はジャガイモと筋肉を育てますので!
松本雀
恋愛
「……いいか、エルゼ。あらかじめ言っておくが、私は君を愛するつもりはない」
「願ったり叶ったりです! 実は私、国境警備隊に幼馴染の恋人がいまして。この結婚が決まった時、二人で『体は売っても心は売らない』って涙ながらに誓い合ったんです。閣下が愛してくださらないなら、私の貞操も守られます! ありがとうございます、公爵閣下!」
「……こいびと?」
◆
「君を愛するつもりはない」
冷徹な公爵ギルベルトが新婚初夜に放った非情な宣告。しかし、新妻エルゼの反応は意外なものだった。
「よかった! 実は私、国境警備隊に恋人がいるんです!」
利害が一致したとばかりに秒速で就寝するエルゼ。彼女の目的は、愛なき結婚生活を隠れ蓑に、恋人への想いを込めた「究極のジャガイモ」を育てることだった!
公爵家の庭園を勝手に耕し、プロテインを肥料にするエルゼに、最初は呆れていたギルベルト。だが、彼女のあまりにフリーダムな振る舞いと、恋人への一途(?)な情熱を目の当たりにするうち、冷徹だった彼の心(と筋肉)に異変が起き始めて……!?
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
学園の華たちが婚約者を奪いに来る
nanahi
恋愛
「私の方がルアージュ様に相応しいわ」
また始まった。毎日のように王立学園の華たちが私のクラスにやってきては、婚約者のルアージュ様をよこせと言う。
「どんな手段を使って王太子殿下との婚約を取り付けたのかしら?どうせ汚い手でしょ?」
はぁ。私から婚約したいと申し出たことなんて一度もないのに。見目麗しく、優雅で優しいルアージュ様は令嬢達にとても人気がある。それなのにどうして元平民の私に婚約の話が舞い込んだのか不思議で仕方がない。
「シャロン。メガネは人前では外さないように。絶対にだ」
入学式の日、ルアージュ様が私に言った。きっと、ひどい近視で丸メガネの地味な私が恥ずかしいんだ。だからそんなことを言うのだろう。勝手に私はそう思いこんでいたけど、どうやら違ったみたいで……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる