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渦中に落ちる
第84話 距離感
しおりを挟む門前で待機していたカザンは、鬼のような顔を真っ青にして立っていた。
怒りたいのか心配しているのか分からないような顔で、馬から降りたリーリュイへと近づく。
「おかえりなさいませ、殿下。……と、脱走者コウ殿」
「……意外と慌てていないな、カザン」
「書き置きがありましたから」
カザンはそう言うと、手に持っていた紙をリーリュイへと差し出した。光太朗を抱いたままのリーリュイがその紙を見つめていると、カザンが内容を読み上げる。
『カザンさんへ リュウを迎えに行ってきます。ご心配なさらず。カザンさんがいつも身に着けてる隠しナイフを、護身用に持っていきます。ちゃんと返すよ。 コウ』
読み上げた後、カザンはやれやれといった風に頭を掻いた。リーリュイは歩を進めながら、少し笑みを零す。
「カザンから武器を奪うなんて、光太朗はすごいな」
「……お恥ずかしいことに、まったく気付きませんで……。さすがに放ってはおけず、従者を何人か探しに行かせました。そのまま尾行させていたのですが、コウ殿は従者に気付いて、手を振ってきたそうです。……本当にコウ殿には、驚かされます」
「心配かけたな、カザン。もう休んで良い」
屋敷の使用人達も、皆一様にほっとした顔を浮かべている。リーリュイは彼らに目で応えながら、光太朗を連れたまま階段を昇り始めた。
光太朗が寝るゲストルームは一階にある。二階にあるのは、リーリュイの寝室と執務室だけだ。
気付いたカザンは、慌てて後を追った。
「で、殿下。コウ殿をどこへ?」
「私の部屋で休ませる」
「は……。で、ですが……」
階段を昇り切ると、リーリュイは真っ直ぐ自室へ向かっていく。そして後ろから付いてくるカザンをちらりと見遣った。
「戴冠式も終わり、しばらくは私も落ち着く。数日は光太朗の回復に注力する」
「……ど、ど、同衾されるのですか?」
「寝台を2人で使うだけだ」
リーリュイは自室の前で足を止め、狼狽えているカザンを見た。そして眉を下げ、ふすりと笑う。
「カザン……。光太朗はけが人だぞ。療養だ。期待するな」
「き、き、期待など……。……承知いたしました。今後、コウ殿はこちらで療養という事で宜しいのですな?」
「ああ。食事も共にとる」
「承知いたしました」
リーリュイは部屋に入ると、腕の中の光太朗を見る。馬上で寝てから今まで、彼は一度も目を覚まそうとしない。
肌が白いせいか、生きているかどうかも不安になるほどだった。
________
瞼を開いた光太朗は、目の前の光景をぼんやりと見つめる。
自分がどこに寝ているのか、良く分からない。しかし普段なら焦り始める頭が、どうも上手く機能しないようだ。
その上、光太朗の身体に沿うように、誰かが寝ている。本来なら飛び起きて攻撃態勢を整えるところだが、妙に落ち着く自分が身体を動かしてくれない。
(……えっと、これ……どういう状況? 俺、誰と一緒に寝てんの?)
少しだけ身を捩ると、軋む身体に声が漏れた。するとそれに反応し、隣に寝ていた人物が飛び起きる。
掛け毛布を捲りながらこちらに目を向けるのは、プラチナブロンドの髪を胸まで垂らした男だ。
光太朗はその姿を、目を細めて見る。リーリュイだ。しかしいつもと様子が違い過ぎた。
身に着けているのはゆったりとした寝間着で、いつも結っている髪は無造作で乱れている。
きっちりとした姿しか見ていない光太朗は、その完全オフな姿に固まった。
「こ、光太朗! ……私が見えるか?」
「……り……」
「リュウ」と言おうとした声は、ひどく掠れて出てこない。光太朗が眉を顰めていると、リーリュイが慌てて起き上がった。
「待って。今水を……」
サイドテーブルへ向かうリーリュイの背中を見送って、光太朗は視線を巡らせた。
光太朗が寝ているのは、男が3人は寝れそうな寝台だ。しかも天蓋付きで、空色の薄布がゆらゆらと揺れている。
どこをどう見ても、光太朗が当初寝ていたゲストルームではない。
(でも部屋の雰囲気は、リーリュイの屋敷に似てる……。という事は、この部屋は……いやいや、んなわけ……)
考えていると、水差しとコップを持ったリーリュイが戻って来た。彼は髪をかき上げながらベッドへ乗り、コップへと水を満たす。
その所作は、男の色気に溢れている。光太朗が思わず見とれていると、リーリュイが心配そうに覗き込んできた。
「光太朗? 大丈夫か? 水は飲めそう?」
「ん……」
出した声はやはり掠れていたが、リーリュイは安心したように微笑んだ。そして水をすくったスプーンを、光太朗の唇の前へと差し出す。
素直にそれを口に入れると、リーリュイは驚くほど眉を下げた。
妙に情が籠った表情に、光太朗の喉がごくりと動く。それと同時に口に含んだ水が、喉に落ちていった。
先ほども感じたが、リーリュイの様子がどうもおかしい。光太朗が目を細めて観察すると、リーリュイはまたコップにスプーンを差し入れた。そしてぽつりと呟く。
「良かった。もう目覚めないかと心配した」
「ん?」
「君は3日も目を覚まさなかった」
「……え?」
光太朗が身体を起こそうと力を入れると、リーリュイが背中に手を添えてくれた。なんとかクッションに身を凭れさせると、またもやリーリュイが嬉しそうに微笑む。
(なんだ? この雰囲気……。前よりものすごく、親しいというか……)
今までも彼は優しかった。しかしリーリュイの優しさの中には、照れやこちらを窺うような姿勢があったはずだ。
それが丸ごと無くなっている。感情がダイレクトに伝わってきて、どうも落ち着かない。
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