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渦中に落ちる
第89話 執務室へ
しおりを挟むほっかほかの状態で光太朗が浴室から出ると、カザンが待っていた。光太朗の姿を見ると、彼は親し気な笑顔を浮かべる。
「コウ殿、久しぶりの湯はいかがでしたか?」
「控えめに言って最高でした。生まれてきて良かったです」
「がはは、それは良かった」
カザンはそう言うと、廊下を進み始める。行先は執務室だろう。
光太朗はカザンの後を追いながら、目を細めて廊下の造りを観察する。
廊下は絨毯で敷き詰められ、歩いてもあまり音がしない。潜入するには良い廊下だ、と職業病がつい顔を出す。
皇子の屋敷に侵入しようとする者はいないのだろうか。そう考えながら、光太朗はカザンの背中へ声をかけた。
「……何か用事があるって聞いてたけど、カザンさん内容知ってる?」
「存じておりますが、殿下から聞くのがいいかと」
「あ、そう。何だろ……」
この屋敷の2階には、リーリュイの寝室と執務室、彼専用の風呂しかない。あとは物置がいくつかあるらしい。
かなり大きな屋敷なのに、2階をリーリュイ専用が占拠しているのだ。
(まぁ、あれだけ風呂がでかけりゃな……。寝室も大きいし。そういえば、執務室は初めてだ)
執務室はすぐそこにあり、扉には豪華な装飾が施されていた。扉の真ん中の紋章は、恐らくザキュリオ国のものだろう。
その紋章の近くを、カザンが重い拳で叩く。ノックとは言い難いほど武骨な音だが、中からはしっかりと反応があった。
「カザンか。入ってくれ」
「失礼いたします」
「おじゃまします。……おお……」
執務室を見渡し、光太朗はつい感嘆の声を漏らす。
そこは落ち着いた雰囲気だった。黒を基調とした執務机と、それを囲む棚。執務机の前には小さなテーブルを囲むようにして、二対のソファが置いてある。
豪華ではあるが、一見何の変哲もない執務室だ。部屋にある書物の数が、異常に多いこと以外は。
奥手にずらりと棚が並列置きにしてあり、その全てにみっちりと本が詰めてある。その本の多さは、小さな書店ほどの規模だ。
「すっげぇ……」
「コウ様、入浴は大丈夫でしたか?」
「あ、リノ先生。気が付かなかった……。大丈夫、とっても気持ちがよかった」
リノにそう答えると、光太朗は執務机に座るリーリュイを見た。
執務室に居るっていうだけで、その男前が凄味を増す。リーリュイは立ち上がると、ソファへと光太朗を促した。
二対あるソファなのに、リーリュイはなぜか光太朗の隣へと座る。光太朗が疑問に思っているうちに、リーリュイが口を開いた。
「光太朗、君の身体は予定より早く回復している。だから君の処遇について……前倒しで事を進めたい。……万全でないのに申し訳ないが、一刻も早い方が良い」
「? なんか分からんけど、良いよ。リュウが決めたことなら」
「ありがとう。前にも言ったが、光太朗は私の専属薬師になってもらう」
「おう。んん? 魔導騎士団の専属薬師じゃなかったか?」
光太朗が首を傾げると、リーリュイが重く頷いた。
「それは止めた。しかし魔導騎士団との繋がりも持たせたい。よって君には、魔導騎士団に入団してもらう」
「……へ?」
「騎士団へ入団。それと同時に、私の専属に任命する」
真面目な顔のリーリュイを見つめた後、光太朗はカザンとリノを見た。彼らの表情も真面目そのもので、光太朗はますます困惑する。
騎士団は国軍のエリートだ。その騎士の中でもエリートの魔導騎士団に、入団しろと言われているのだ。困惑しかない。
「えーっと、どうやって? フェンデの俺には入団試験を受ける資格もないし、そもそも最初は軍に入らないと騎士にはなれないだろ?」
「特例でねじ込む。魔導騎士団の人事権は私にある」
「うっわ、そんなことして良いのか?」
「…………。良くあることだ」
そう零した後、リーリュイは光太朗から目を逸らす。
光太朗がリノとカザンへと目を遣ると、カザンも慌てて目を逸らした。リノはそんなカザンを「あらあら」といった顔で見ている。
どうやら武人というものは、嘘が苦手らしい。
無理くり自分のことを騎士団に入れようとしていることは分かった。それに対する弊害も当然あるだろう。その大きさも数も、光太朗には想像できない。
しかし光太朗よりこの世界を熟知しているリーリュイが、覚悟を持って決めたことだ。
光太朗に代案が出せるはずもないし、きっと何とかなるのだろう。
「……分かった。で、今から俺はどう行動すればいい?」
「……それなんだが……」
隣にいるリーリュイが、突然顔を暗くする。初めて見る顔かもしれない。
気が乗らないといった、納得できないといった表情だ。
「私としては……不本意だ。しかし、カザンとリノ、ウルフまでもがそうした方が良いと言ってくる。……だから君に判断は任せる」
「ん? 何の?」
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