前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第2章

15 新生活

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「はい、ではこちらにサインをお願いします」

「ありがとうございました~」



街の商店は多くの人で賑わっていた。

商品を買い求める客、輸入品の受注客や売り込みに来る卸売業者など…トラス侯爵家の親戚が営む大商店はとにかく大忙しである。


商店の一番上の階にある空き部屋に居候させてもらい、住み込みで働き始めて二ヶ月半。
伝票整理の手伝いから始めたレティシアは、今では輸入品の納品チェックと客への受け渡しを担当していた。

常に荷物が出入りする忙しい倉庫内での“商品管理”が主な仕事。どの国からの輸入品であっても、レティシアが手早く商品を見極めて仕分けしていく。
あまりの早さに『ちゃんと確認できているのか?』と嫌味を言われて再チェックされたりもしたが、レティシアの仕事は完璧だった。


それもそのはず。どんな文字でも読めてしまうのだから。


商店には数カ国語が堪能な者も数人はいるが、輸入相手国の数が多過ぎてカバーしきれていない。
そのため、商品名が読めない場合は注文伝票と納品伝票の“15桁以上”あるそれぞれの番号を一つ一つ照らし合わせて輸入品の確認をしていた。

商品の分類も、同じ理由により番号で管理されている。
倉庫毎に保管する商品は異なっていて、最初の確認と判断を怠ると最終的に商品が迷子、顧客に引き渡す際に品物を探して三つある巨大な倉庫を何度も行き交う羽目になり…全ての作業が滞る事態を引き起こす。

一日に大小様々な大量の輸入品が出入りする倉庫での納品チェックは、普通に時間のかかる作業。
時には道中で伝票が汚れたり、積荷に貼られた伝票が擦り切れて番号が読めなくなっているような荷物も届く。
間違うと…他国とのやり取りは非常に面倒であった。


レティシアならば、どの国から届いた何という商品か?箱や伝票に書いてある文字を一目見ればすぐに分かる。
そうやって、レティシアは黙々と働く日々を過ごす。




──────────




トラス侯爵家の親戚である商店のオーナーは『平民となった元令嬢を預からなければならない』『貧乏くじを引いた』…そう他の従業員に愚痴を漏らすくらい、レティシアを一方的に毛嫌いしていた。

“陰口なら聞こえないように言え”…と思うレティシア。


(…侯爵様がちゃんと話をしたはずだけど…)


王子との婚約を無効にした一族の厄介者を押し付けられたと思い込んでいる人間に、どう話しても所詮無駄というもの。
そもそも、トラス侯爵自身が今のレティシアのことをよく知らないのだから…厄介なのか有用なのかをオーナーに説明できたはずもない。


「三ヶ月まで後り半月、次の働き先を早く見つけないと」


最近、レティシアはそればかりを考えて焦っている。
三ヶ月を過ぎたからといって、トラス侯爵から預かったレティシアをオーナーは追い出せないが…できれば穏便にここを出て行きたい。


(倉庫に長居は無用だわ。たとえ頼まれても…ご免よ)




──────────




「すまない、急ぎで頼んだ品だが…届いているか?これが注文伝票だ」


藍色の長髪に淡い緑の瞳をした身なりのいい若い男性が、閉店間際にやって来て店員に話しかけていた。

オーナーはサッと目の色を変え、小走りで駆け寄る。



    ♢



男性は、ラスティア国の貿易担当者アシュリー・シリウス伯爵。

ラスティア国は、魔法大国アルティア王国領内にある小国。
アルティア王国では一年前に新国王が即位し、ラスティア国を治めていた大公もその半年後に代替わりをした。

それ以降、ラスティア国との取引は全てシリウス伯爵が窓口になっている。



    ♢



「これはこれは、伯爵様自らが我が商店にお越しとは…少々お待ちください。レティシア!おい、レティシアはいるか?!」

「はい、オーナー。お呼びですか?」

「こちらはアシュリー・シリウス伯爵様、とても大切なお客様だ。この伝票の商品があるか、今すぐ倉庫を確認して来い」

「伝票を拝見します。…これは、つい先程届いた商品でございますね。第二倉庫にあるはずです」


レティシアは手渡された伝票を見て、即答した。
商店に届く輸入品を多く捌いていれば、見ただけで分かる品物があって当然。


「なっ…本当か?!…間違いないんだろうな!」

「バルビア国からの輸入品で、高価で珍しい品だと、荷物を運んで来た業者が言っていました。三ヶ月前に一度入荷した商品と同じですよ。私は初めて目にした品名だと思いましたし、間違いありません」


倉庫に走るわけでも、番号を調べるわけでもなく…伝票の商品名を見ただけでそう説明するレティシアに、オーナーは何も言えずただ口元を震わせている。


「ほう…オーナーよりこの少女に聞いたほうが早そうだ」

「伯爵様、この者はまだ入ったばかりでして…生意気で…大変申し訳ございません」

「いや、別に構わない。三ヶ月前に届いた、その“カプラの実”を注文したのも私だ。しかし…オーナー、国へ持ち帰った時には半分が駄目になっていた。どうしてだろうな?」

「ど、どうと…申されますと?…こちらに不備はなかったはずでございます」


オーナーは悩む素振りもなく…ストレートに『商店側は悪くない』と答えた。


「商品を受け取る際に中身を確認した者が言うには、確かに異常なしであったそうだ。しかし、三日を過ぎたころから徐々に腐り始めた。それで、再び注文する羽目になった今回は…同じことがあっては困るから、私が自ら受け取りに来たというわけだ」

「か…畏まりました。レティシア、伯爵様にはよーく商品を確認していただくのだぞ。分かったな!」

「はい。そういたします」


これ以上“カプラの実”について突っ込まれたくなかったのだろう…オーナーは、ペコペコ頭を下げながら店の奥へと引っ込んだ。


「シリウス伯爵様、第二倉庫へご案内いたします。どうぞ」







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