前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第2章

23 伯爵とレティシア

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レティシアは昨夜ほとんど寝ていない。
いろんな出来事があり過ぎて、考え込んで眠れなかった。


「…とんでもない休日だったわ…」


午前の仕事と昼食を終え、いつもの倉庫裏で定位置に座り込み時間を過ごす。
午後になると、輸入商品が一気に運び込まれて来る。その前にホッと一息つけるわずかな休み時間だというのに、昨日の出来事が頭を過って仕方がない。


「妹を助けたいジュリオン様の気持ちは分かるけれど…どこかで区切りをつけないと。それなら、早いほうがいいはずだわ」


ジュリオンには申し訳なかったが、あの後すぐに別れた。別れ際に目にした、納得し切れていない顔を思い出す。


(…まさか、私の仕事を探していたなんて…)


次期侯爵として多忙な日々を送るジュリオンが、レティシアの新しい仕事と家を見つけるのは大変だっただろう。そう思うと、胸の奥がチクリと痛んだ。

昨日は、ジュリオンに強がりを言った。
次の仕事が決まっていない状況で辞める決断をするのは、正直厳しい。商店での仕事の終了は“宿なし”になることを意味する。


「でも、ジュリオン様の優しさにすがったら…激甘の底なし沼から抜け出せない気がする」



─ チリン チリン ─



「時間切れね」


昼休憩の終わりを告げるチャイム音を聞きながら頭の中を切り替えて仕事に戻ろうと立ち上がった瞬間、目の前が歪んで真っ暗になった。


遠くで誰かの声が聞こえ、抱き上げられたような感じがしたところで…レティシアの意識は途切れる。




──────────




アシュリーが商店へ着いた時、従業員たちの半分は昼食を取るための昼休憩で不在だった。


「レティシアなら、昼休みは第三倉庫の裏にいますよ」


近くにいた者に尋ねれば、すんなりと答えが返ってくる。どうやら、レティシアの休憩場所は決まっているらしい。


数段積み上げられた石の上にポツンと座るレティシアを倉庫の裏手で見つけたアシュリーは、何と声をかけるべきか?ほんの少し足を止めた。
その時、立ち上がったレティシアが突然頭から地面に崩れ落ちる。


「…っ…レティシア!!」


アシュリーは急いで側へ駆け寄り、抱き起こす。


「大丈夫か!おいっ!!…頭を打ったのか?!」


グッタリして何も答えないレティシアを抱え上げ、馬車へと一目散に走った。



    ♢



「これは、寝ているだけじゃないですか?大丈夫ですよ」

「違う、頭を打ったんだ。私は見ていた」 

「医者の話ではどこにも怪我はないそうです、大事ありません。ただ、頭部には割と新しい傷跡が残っているとか…」


ルークとゴードンが、興奮気味のアシュリーを宥める。



─ スピー…スピー ─



「「「…………」」」


アシュリーのベッドで安らかな?寝息を立てて眠るレティシアを、従者たちが取り囲んでいた。


「これは…美少女だ」

「目を開けたところを早く見たいな」

「めちゃくちゃ可愛いんですって。青い瞳をしてて…」


実物のレティシアを見た従者のチャールズとマルコ、そこにルークと共に倉庫で一度レティシアに会っているカリムが加わる。


「見世物ではない!皆、出て行ってくれ。彼女の世話は私がする」


ムスッとして不機嫌な様子の主人を前に、五人の従者たちは顔を見合わせた。




──────────
──────────




「……ん……」  


レティシアがコロリと寝返りをうつ。

長い睫毛を少し震わせた美しい寝顔が、ベッドサイドのソファーに座るアシュリーのほうを向いた。
最初は青白く血の気を失っていた頬や唇も、今では色を取り戻している。


「もう心配はなさそうだな。怪我がなくてよかった」


女性と二人きりだというのに、これ程穏やかな気持ちでいられるのは初めてのことだった。レティシアの側にいても、アシュリーは危険や不安、悍ましさを微塵も感じない。


「女性といて心地いいと感じる日が来るとは…そんな相手はどこにもいないと諦めていた」


アシュリーはベッドに腰掛けて両手の手袋を外すと、優しいベージュ色の髪を直接撫でてみる。
細くて綿あめのようにふわふわとした感触。


「…柔らかい…綺麗な色だ…」


アシュリーは、レティシアの髪を一房すくい取りそっと口付けた。


「あの時、私に触れてくれたレティシアに今では感謝している。君は、やっと出会えた私の運命の人だ。私はこの巡り合いを大切にしたい…どう言えば伝わる?」


髪を手放したアシュリーは、ベッド脇に立ってレティシアを静かに見下ろす。


「…いや、君からすれば…私は女性に触れたいだけの欲望の塊にしか見えないだろうな…」




──────────




(私…倒れたんだっけ?…伯爵様が助けてくれたの?)


少し前から目が覚めていたレティシアは、アシュリーの独り言を聞いて…起きるタイミングを完全に逃してしまっていた。


(罪悪感しかない私に、感謝しているだなんて…私は“運命の人”じゃないのに…)









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