前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第3章

30 忠犬

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「おい!」


部屋を出たところで、待ち構えていたルークに呼び止められる…が、レティシアは安定のスルー。


「おいおいおいっ、無視すんな!」


目の前をスーッと通り過ぎて行くレティシアの腕を掴んで、ルークが無理やり引き止める。


「おはようございます、ルークさん。何度呼ばれましても…私の名前は“おい”ではございませんよ?」

「またそんなっ…いい、ちょっとこっち来い。話がある」

「…話?」



レティシアの部屋のクローゼットには、綺麗なワンピースなどの衣類が何着も用意されていた。装飾品や靴まで、至れり尽くせり。
レティシアは久しぶりに洋服を選ぶという楽しさを味わい、上機嫌で部屋を出た途端…ルークに捕まる。



    ♢



「ほら、そこに座れ」


促されるまま、ロビーの一番端に置かれた椅子に座るレティシアは、仏頂面で不機嫌。


「はぁ…朝から一体何でしょう?」

「人の顔を真正面から見て、ため息をつくな」

「どうぞ、お早くご要件を」

「…お前の話、アッシュ様から聞いた…」

「…そうですか…」


ルークはブルーグレーの瞳を少し曇らせ、無駄に長い足を組みながら…右手で真っ赤な髪を雑に掻き上げた。


「初めて聞いた話で…正直、かなり驚いた。この世界の人間ではないから、知らないことや理解できないことがあって当たり前…考え方や物の見方は根本的な部分から全く違うはずだと、アッシュ様が仰っていた。確かに、お前は何かこう…いろいろとスゴいからな。
俺が従者として他国へ出掛けても、異文化には戸惑うし困る状況はよくある。だが、多分それとはわけが違うんだろう?」


ロビーの広く大きい窓の外には、忙しなく歩く人の姿が見える。
話を聞いているのかいないのか…レティシアは、行き交う人々をぼんやりと眺めていた。


「私のいた世界とは違い過ぎて、生きにくいのは確かです。でも、だからどうすべきなのかが分かりません。この世界の貴族にはなれないし、一度死んだ身では元の世界へ戻れませんからね」



─ ガタン! ─



レティシアの視線が、椅子を弾いて立ち上がったルークへと向く。


「どうしました?」

「…死んだ?…は?…お前が…?」

「えぇ…私はレティシアの前世、現世には存在していません」

「前世って…そうか、そうなるのか…」


ルークは“前世”の意味を理解した様子で椅子に座り直すと、口元を手で覆い…チラリとレティシアの顔色を窺う。


(ゾンビだとでも思っているのかしら?)


「死んだようにとまでは言いませんが…私は、このまま極々平凡に生きていく運命のはずだったんです」

「そこを、邪魔されたと?」

「いいえ、仕事の話は大変有り難いものでした。いつか、この王国を出たいと考えていましたから。
ただ、私は…唯一だとか…特別扱いを受けるべき存在ではなかったので、伯爵様には本当に申し訳なかったと思います。その分は、これから仕事で挽回します」

「一応、アッシュ様のことを気にしてくれているんだな」

「それは…当然です」


ルークは両手で顔をゴシゴシ擦るようにしながら、大きく息を吐き出す。


「アッシュ様は、ああ見えて落ち込んでいるんだと思う。でも、お前の事情を最大限に理解したいと仰った。いつだって俺たち従者を大切にしてくださるお方だからな、きっとお前のことも守って行くおつもりだ」

「…私も、従者sの仲間入り…」

「従者ズ?」

「…これからは同僚ね…って言ったのよ」


ポツリと呟いた言葉を耳のいいルークに拾われてしまい、笑顔で誤魔化した。


「伯爵様は、とてもいい方だわ」

「俺たちはアッシュ様に拾われたんだ。皆、いろんな国で地獄を見てきたヤツばかりだぜ…」


各国から集まった五人の従者は、元は皆アシュリーに命を助けられた者たち。主人に忠誠を誓う私兵だという。
つまり、従者sのお給料はアシュリー個人の財布から出ている。

そこから始まった、ルークのプチ思い出話。
レティシアは、彼がより一層くだけた口調になっていくことも…そう悪くはないと感じていた。


「伯爵様は優しい感じに見えるのに、意外と男気があるのね」

「そうなんだよ!お前、話せば分かるヤツだな!」

「あなたは…少しクセが強いけれど、伯爵様が大好きだって分かったわ」 


(まぁ、呪いの人形に名前を書くのはやめてあげる)


「だけど、私のことを“お前”って呼ばないでください」

「…あぁ、悪い…」

「因みに、ルークさんのご年齢は?」

「17だ」

「…17…」


ルークはレティシアと同じ17歳、従者の中では最年少。
ガッシリとした大きな身体は幾分育ち過ぎか…若者特有の勢いに溢れた言動も、17歳と言われれば納得できる。


「ルーク、私…外見は17歳だけど、中身は28歳なんです」

「……は?…はぁっ?!…お前が、28?」

「そう、かなりお姉さんでしょう?」


ルークは驚きのあまり口をパクパクとして、まるで金魚のよう。


「…ゴ…ゴードンだって、25歳だぞ…?」

「え?…ええぇぇ!!」


(なぬーっ!ゴードンさんは、私より年上ではなかったの?!)







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