前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第4章

59 聖女と大公

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サオリとアシュリーは、少し距離を取って向かい合わせに座っていた。


「こうして二人きりで話すのは、随分と久しぶりね。旅の疲れもあるでしょう…今の体調はどう?」

「こちらにはしばらく来ておりませんでしたので、陛下にも…同じように言われました。体調は問題ありません、お気遣いありがとうございます」

「本当に強くなって。でも、話は短時間で済ませましょう!」




──────────




「レティシアが髪に触れた時、痺れた…つまり、魔力の源に刺激があったのね?」

「はい。刺激ではありましたが、治癒師とは明らかに異なる感覚だったんです。妙に心地いいので…私はそこから逃れたいとは思いませんでした」

「…心地いい…?」


普通なら、魔力干渉を心地いいとは表現しない。
レティシアの言っていた通り、アシュリーは刺激を与えられる一方で癒しも得ていたことになる。


「それに、彼女が髪に触れた日は悪夢を見ないと分かりました」

「えぇっ!!」

「深く眠れて、翌朝は身体が軽い。驚きしかありませんでした」

「悪夢…なるほど、効果はそっちに出ていたのね」


レイヴンから癒しの恵みを与えられているレティシアがアシュリーに触れて、魔力の源に影響を与えた。その結果、精神が安定したか或いはリラックス状態になり…悪夢を見なかったという話になる。

毎日快眠できれば、アシュリーの身体には必ず変化が起こる。過去に受けた誘拐犯からの呪縛を解くチャンスだと、サオリは密かに期待した。


「…だからでしょうか?時折レティシアと触れ合いたくて堪らない気持ちになるんです。今まで知らなかった感情や欲が湧いてきてしまって…正直、それには困っています」

「レティシアに癒しを求めてしまうのは、ある意味仕方がないわね。身体が欲しているんだと思うわ。髪に触れたのは三回だったかしら?…その他に、接触して変わったことは?」

「…最初は手で…頬に触れたり、抱き締めたり。それから…」


サオリに嘘偽りなく話す内に、恥ずかしそうに俯いたアシュリーの顔が徐々に赤みを帯びていく。

この後、レティシアに口付けた話を聞いたサオリは…その進展の早さにブッ飛んだ。



    ♢



「変化魔法が解けるほど…理性が保てずに興奮したのね」


触れてもいい唯一の女性が超美少女という好条件に加え、レティシアは元気で明るく真面目、思いやりがあって愛される性格だ。
アシュリーが、レティシアに恋をしても何らおかしくはなく…寧ろ、そうであっていいとサオリは思う。

しかし、知らずに髪に触れて猛省をしていたレティシアと、特別な感情を持つアシュリーとでは、触れ合う熱量に随分と差がある。恋愛初心者のアシュリーは、今から恋を体験していくしかないのかもしれない。


「とりあえず、レティシアからの影響がかなりのものだとは分かったけれど…大公は魔力の増幅に気をつけて」

「魔力ですか?」

「そう。彼女の言っている“香り”は大公の魔力香なの。嗅ぐと穏やかな気分になるようだから、香りが強過ぎると意識が朦朧とするかも。特に、そういう…性的な感情が昂ぶる時には要注意だわ」

「…魔力香…」


アシュリーは、自分の魔力に香りがあって…レティシアがその香りに酔うことを知る。


「レティシアがよく寝るのは身体と馴染む過程だと思うから、秘書官として側に置くのなら配慮してあげてね」

「…はい。そうか…よく眠ってしまうとは思っていたが」

「むやみに起こすのは可哀想よ」


レティシアの謎が、二つ解けた。




──────────




「大公、これを受け取って」


サオリはテーブルに置いていた小さな箱を、アシュリーへと投げる。
受け取ったアシュリーが箱を開けると、青い石のついた金色の指輪が入っていた。


「魔装具ですか?」

神聖なる遺物アーティファクトよ」

「…なぜ私に?」


アシュリーは魔力が強いため、アーティファクトの聖力で抑え込むのはほぼ不可能。つまり、契約してトッピングすることができない。

黄金のやや太めのリングの中心に、小振りな石がキラリと光る。深い青色の石を見て、アシュリーはレティシアの泣き腫らした目を思い出す。


「それはカップル、金銀で対になっている指輪なの」

ペアの指輪?」

「銀の指輪には契約者がいるわ。だから、大公が金の指輪を持っていればいいんじゃないかと思って」

「契約者は…レティシアですよね?」

「えぇ、大切な彼女を守るために契約したのよ。悪意を持つ者が身体に触れたら、浄化してしまうくらい強力な聖物とね」


レティシアが戻って来た時…わずかに感じた清澄な空気は聖力だったのかと、アシュリーは小さく頷いた。



    ♢



「大公、レティシアを添い寝係にするのはどうかしら?」


添い寝係とは、主人を癒したり不眠を解消する役目を担う者。アルティア王国の王族の場合、王室所属の薬師がその務めを兼任しているため、添い寝係として目立つ立場にはない。
必ずしも言葉通りに添い寝をする必要はなく、マッサージや調合した香を焚いたりして、眠るまで側で様子を見守るのが主な仕事。王族の心身の健康を保つために、大切な役職の一つとされている。


「王族なら、珍しい話ではないでしょう?」

「…そうかもしれませんが…」

「レティシアに触れて貰うチャンスは今しかないわけよね?短期間でもいいわ…悪夢を見ないようにするためには、レティシアが毎日髪に触れる必要がある。だから、添い寝係にしておけばいいと思うの」


アシュリーにとってレティシアが“癒し”であると分かった以上、この機を逃す手はない。そう思ったサオリからの提案に、アシュリーはすぐさま首を横に振った。


「いいえ…レティシアは、私との触れ合いを望んでいないと思います。私のために、無理をさせたくはありません」

「…あら、そうなの?大公は彼女に癒しを求めてるし、彼女は大公の香りで心安らぐのだから…Win-Winではなくって?」

「ウィンウィン?」

「一度、よく話し合ったほうがいいわ」


サオリは手元の紙にサラサラと何かを書き記し、部屋の外で待機する側付きの者へと託した。手紙の届け先は、勿論レティシアである。


「物は試し、今夜添い寝してみたら?」

「今夜?」

「大丈夫、邪な感情は例の指輪が滅するはずよ…隣で寝ていたって変な気は起こさないわ……多分」


いくら手短に話す…といっても、話の展開が速い。サオリの真意が読めず、アシュリーは怪訝な顔をしていた。



    ♢



カップルリングは、契約者が心を許している者…要するにペアの指輪を持つ相手には効果が半減するといわれている。ただし、それが事実なのか?古の貴い聖物のこと…加減の程は正確には分からない。


「二人の関係が進むとしたら、もうそれは運命ってことで」


部屋を出るアシュリーの背中を見送りながら、サオリは呟いた。








────────── next 60 大公とレティシア









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