前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第4章

62 長い夜2

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「…可愛いな…」


アシュリーは、フワフワで温かそうなパジャマに着替えて登場した、ニコニコ笑顔のレティシアを眺める。


「パジャマ、です。モコモコで可愛いですよね」

「パジャマ。モコモコ?それが異世界の夜着?…レティシアは、寝る時もか」

「寝る時こそ、お腹の冷えないズボンがいいのです。私は、殿下の上着のほうが気になっていますよ?」

「気になる?…なぜ?」 

「…なぜって…」


素肌に薄手の上質なガウン一枚のみという夜着は、サハラに比べれば露出度が幾分マシとはいえ、胸元の合わせ部分からアシュリーの鍛え上げられた厚い胸板が半分見えてしまっている。
気にならないほうがおかしい。


「…異世界の感覚とは、少し違うので…」

「ふむ…日中は堅苦しい服を着ているから、夜は締め付けのないゆったりとした夜着を着る。貴族は大体そうかな。極端な寒さや暑さは、この王国では魔法で対処している」


(オールシーズン、ガウン…?)


ちょっと考えれば分かりそうなものだった。
アシュリーは体格に合わせた服を全身緩みなくきっちりと着ているし、庭では寒くても魔法があると話していたのだから。


「レティシアは、こうして…この温かそうなパジャマを着ないと駄目なんだね」


そう言って、パジャマに付いているフードをレティシアの頭にヒョイと被せる。被せておいて、何ともいえない表情をした。
モコモコのパジャマに身を包んだレティシアの姿は、アシュリーの目にさぞかし滑稽に映ったことだろう。


「…ハハッ…被っても可愛いな…」


屈託のない笑顔を目にして、アシュリーが前よりも心を許してくれているように感じたレティシアは…つられて微笑んだ。




──────────




話し合いの結果“添い寝係”として役目を引き受けるのは取り止めた。
アシュリーに触れることが最大の難関であって、撫でる行為自体は簡単。道具も準備も不要で時間も選ばない。
要はレティシアが側にいればそれで事足りる。それならば、個人秘書官の名があれば十分。

当たり前だが、普通の秘書官は主人の頭を撫でたりはしない。そこは、期間限定…アシュリーの健康を第一に優先するとした。
そのためにも、何を必要とし、何を求めているのか?隠さず話して欲しいと伝えたところ、アシュリーは渋々肯く。


今後、彼にどんな変化が起こるのかは分からない。同時に、レティシアも身体との同化が進んで行く。
何があっても、アシュリーの側を離れずに手助けをするとレティシアは決めた。



    ♢



いつの間にか日付が変わっていて、時刻は深夜。


「話し込んでしまった、そろそろ休もう」

「はい。すごく長い一日でしたね…お疲れ様でした」

「…レティシア…今日も私を癒して貰えるか?」


ソファーから立ち上がろうとしたレティシアの手首を、アシュリーが掴んでいた。縋るような眼差しには、昨日と違い小さな欲が混ざっている。
早速の要求に応えるべく、レティシアは浮いた腰を再びソファーに沈め、手近にあったクッションを太腿に乗せて軽く叩いた。


「勿論です…さぁ、どうぞこちらへ」

「…どうぞって…」

「はい、膝枕。殿下も私にしてくださいましたよね?」


確かに、馬車の中でレティシアに膝枕をしたアシュリーだったが…こんな形で返ってくるとは思ってもみない。


「昨夜、殿下のお身体は力が抜けてしまいました。だから…横になったほうがよさそうだと思って」

「それなら、ベッドでも構わないか?」

「えぇ、そのまま休めていいですね」


澄んだ青い瞳をクリッと大きく開いて、名案だと両手を合わせるレティシアは、アシュリーに対して警戒心などまるで持っていない。


「…邪な気持ちがあるわけではないが、一応言っておくべきかな。君は聖力に守られている、どうか安心して欲しい」

「…はい、この指輪はとても強力みたいですね」  

「うん、それにエルフの加護もある。聞いた話によると、君に手出しをしたら黒コゲになるらしい」

「えっ!く、黒コゲ?…加護ってそんな?!」

「何も聞いていないのか?」

「サオリさんに加護を持っていると教えて貰っただけで、レイヴン様は特に…」

「…そうか…」


唖然とする様子から、レイヴンがレティシアに加護の話をしていなかったことが分かる。それは、加護を守りとして与え、発動を目的としない場合に多いとアシュリーは知っていた。

エルフの加護が発動すれば、一体どうなるのか。
塵すら残さずこの世から一瞬で抹殺されるとしたら、そんな加護を持つ者を攻撃しようなどとは誰も思わない。レイヴンは、最大の抑止力を持つ“お守り”をレティシアに授けた。
雷撃は精々脅し程度。そこでエルフの加護に気付き、手を引けば…生き延びられる。


「…まぁ…黒コゲで済めば、まだいいほうかな…」

「嘘…まさか、指輪はそんなことないですよね?!」


レティシアは、よく理解していない内に契約させられてしまった銀の指輪を指差して慌て出した。
アシュリーがその手を取って、レティシアを落ち着かせる。


「この銀の指輪は、邪気を嫌い祓う守りの指輪。触れた者が改心すれば、黒コゲにはならないだろう?」

「…あ…」

「急に斬り掛かって来る人間などそうはいない。腹黒い貴族や心の卑しい者は、笑顔で近付いては毒を振り撒くのを得意とするからね。ああ見えて、聖女様は抜け目のないお方だ。指輪との契約は、レティシアのためだと思う」

「…はい…」


レティシアはホッとしたのか、両目を閉じて胸に手を当てていた。


「…さぁ、もう休もう…」



アシュリーの持つ金の指輪は、困難を打開する強さを秘めた指輪。レティシアにピッタリだとサオリが選んだのは、銀の指輪だった。







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