前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

文字の大きさ
136 / 215
第9章

136 翌朝2

しおりを挟む


ユティス公爵一家との朝食に遅れるわけにはいかず、身支度に時間のかかるレティシアはアシュリーを置いて一足先に浴室を出る。

ロザリーがレティシアの髪を魔導具ドライヤーで乾かそうとしていたところ、バスローブを着たアシュリーがやって来て魔法でサッと済ませてしまう。そして『少し急ごうか』と、一言呟いて立ち去って行った。


「混浴をお勧めいたしましたが…大公殿下はお気に召さなかったのでしょうか?」

「気にし過ぎよ」


レティシアの髪を梳かしながら、ロザリーがしょげている。混浴とは、時間の無駄や手間を省くのには向かない。逆に、バスタイムを楽しむためにタップリと時間が必要なものだとレティシアは学んだ。


(殿下が、ちょっと拗ねてしまったわね)


「お二人の仲が深まるかと思って…すいません…私、また失敗をして…」

「何を言っているの、ちゃんと深まったわよ。いつもありがとう、ロザリー」

「レティシア様ぁ~」



    ♢



「おぉ、先に来ていたのか?おはよう。レティシアと邸で会うのは、久しぶりだな」

「おはようございます、公爵閣下。朝食の席にお招きいただき、誠にありがとうございます」


いい匂いが漂うダイニングルームで、アシュリーとレティシアは、ユティス公爵夫妻とラファエルにそれぞれ挨拶をしていく。


「…と、何だ…レイは不貞腐れた顔をしているな?」

「しておりません」


ユティス公爵は妙にニヤニヤしていた。




──────────
──────────




「…とても…よく似合っている…」


品のいいゴールド色のドレスは、レティシアの透明感のある肌と清廉さをさらに輝かせている。アシュリーは目を細め、鏡の前に立つ美しい恋人にしばし見惚れた。


「殿下も…素敵です」


部屋の入口近くから熱い視線を向けてくるアシュリーは、白いコートに濃紺色の上着と…いつも通りの完璧なスタイルを決めている。
少し違うのは、髪を一纏めに結わずハーフアップにしているところだろうか?長い黒髪を下ろしていると、キリリとした彼のシャープな雰囲気が少し和らぐ。


「ロザリー、皆さんも…手伝ってくださってありがとう」


今日のレティシアはミルクティー色の髪をふんわりと結い上げ、首元がスッキリしていた。左右に留めた赤い薔薇の髪飾りが華やかさを演出している。


「はい、完璧な仕上がりです!本日はケープを羽織られますので、髪はアップスタイルが軽やかでよろしいかと思います」

「大変お美しくていらっしゃいますよ」

「きっと、楽しいお茶会になりますわ」

「お手伝いできましたこと、光栄に存じます」


レティシアは鏡に映る自分の姿を少し眺めて、ロザリーと侍女たちへ微笑んだ後…パタパタとアシュリーの側へ駆け寄った。


「殿下、素晴らしいドレスをありがとうございます」

「どういたしまして」

「本日はよろしくお願いいたします」


背筋を伸ばしてスカートを摘み、膝を軽く曲げて優雅に礼をしてみせると、アシュリーは美しい姿勢でサッと一礼を返し、さらにレティシアの手を取って口付ける。


「うん、淑女の礼はいいが…走って来ては駄目だよ」

「へっ?…私…走りました?」

「まだスリッパだからだろう?」

「…あっ…」


アシュリーの指先が指し示す自分の足元を見たレティシアの身体が、ピョコン!と跳ねた。通りでお辞儀がしやすかったはずだと…口を開いたまま固まる様子に、アシュリーは笑いを堪えて肩を揺らす。



    ♢



「これで、完成だ」


アシュリーは、ドレスと同じ色合いのヒールを履いて椅子にちょこんと座るレティシアにケープを着せ、首元のリボンを結んで微笑む。


『大公殿下が自らお洋服を…愛されていらっしゃるわ』

『レティシア様、お可愛らしい。お人形さんのよう』

『美男美女でいらして、絵になりますわね』


二人の微笑ましいやり取りや、アシュリーが世話を焼く仲睦まじい姿に、侍女たちは吐息を漏らす。


「まだ時間には少し早いな。公爵家自慢の庭でも見に行かないか?歩いていればドレスにも慣れて来る」

「はい、是非」


ロザリーたちは、部屋でアシュリーとレティシアを見送った。




──────────




茶会が催される離宮へは、公爵邸から魔法陣で移動をする。今回は二人きり。
離宮は公爵邸同様に魔法結界が張られているため、護衛は一人付けば十分だった。つまり、レティシアの側にはアシュリーがいるので不要ということになる。


「いつ見ても、立派な庭園だな」

「わぁ…こんなにいい場所があったんですね。私、てっきりお庭を歩くのかと思っていました」

「今日は日差しが強い。茶会の前に疲れてしまってはいけないからね」


アシュリーと腕を組んでやって来たのは、テラスルーム。丁寧に手入れをされ、色よく草花が配置された見事な庭を眺めながらゆったりと過ごせるこの部屋は、二面がガラス張りになった角部屋。たっぷり降り注ぐ明るい光がガラスに当たって、室内を柔らかく照らす。


「あら、ザックさんとお弟子さんがいるわ…こっちに気付くかしら?」


窓際へ立ってガラス越しに大きく両手を動かすレティシアは庭で作業中の庭師たちの目に留まったらしく、ザックがトレードマークの麦わら帽子をこちらへひらひらと振った。


「話に聞いていた…庭師か」

「聖女宮の薔薇を育てているのも、ザックさんですよ」

「うん……レティシア、こっちを向いて」

「はい?」


レティシアが素直に振り向くと、アシュリーは頬に触れ、肩、腕、腰と撫でて…最後に大きな手を背中に回して抱き寄せる。


「…とても綺麗だ…」


吐息混じりの美声に、胸の奥がキュッとなった。黄金に輝く眩しい瞳が至近距離にあって、レティシアは目眩がしそう。
やんわり押し当てられる唇は、愛情を伝えるしっとりと落ち着いた口付けだった。


「…一つ、分かったことがあるんだが…」

「何が分かったの?」


アシュリーは少し物足りなさそうに、自分の下唇を人差し指でなぞり…無自覚で色っぽい仕草をしながらレティシアを見つめる。


「女性のドレスだ。夜のパーティーでは、胸が見えそうだったり、背中に布がほとんどないような形のものが多いだろう?」

「…えぇ」

「私は、レティシアの肌を他人には見せたくないと思う。思うのだが…ああいったドレスは…愛でようと思えばどこからでも簡単に侵入できる利点があるのだと分かった…」


レティシアは、着ているドレスに視線を落とす。ケープを脱いだとしても、ドレスの胸元からポロリは期待できそうにないし、背中は手を入れる程の隙間がない。
ドレスを脱がせるくらいの勢いがないと、直接胸に触れるのは無理かと…アシュリーを見上げた。


「あの…殿下は、どこへ侵入しようとなさっておいでで?」

「ちっ…違うぞ、レティシア!…この前、ドレスの露出が少ないとデザイナーにやたらと責められたから…一般的なドレスの何処がいいのかと…私は別に…」

「別に?…それはそれで…私に魅力がないみたい」

「あり過ぎて困っている」


レティシア的には、ドレスのデザインは流行とお国柄な気がする。男女が関係を持とうと思えば、スカートの中へ侵入すれば可能な事実に…彼はまだ気付いていないらしい。
アシュリーは完全無欠な存在に見えて、レティシアの前ではちょっと油断して素が出てしまう可愛い人だった。


「…すまない、カインのような発言をした。忘れて欲しい」


今ごろ、カインが二回クシャミをしていることだろう。










────────── next 137  茶会









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。 国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。 そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。 え? どうして? 獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。 ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。 ※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。 時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...