前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第10章

153 清めの儀式

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「レティシア様、お帰りなさいませ」

「ロザリー、予定よりも遅くなってしまったわ。待たせてごめんなさいね」


護衛のルークを従え公爵邸へと帰り着いたレティシアは、部屋の前で立って待っているロザリーに謝罪する。


ジュリオンたちと会食をした後、ルブラン王国王宮魔法使いパウロやメイドのカミラとも交流する場が設けられ、和やかに時間は過ぎていった。
彼らを送り出してラスティア国へ戻るつもりが、そのまま聖女宮での晩餐に招かれ、神獣一家と食事をしてから帰ることに…。
レティシアを見つけたクオンが、離れてくれなかったのだ。


「俺も、いろいろと待ったんだけどなぁ~」

「お兄ちゃんは『食事付きの仕事だ!』って、喜んでたじゃない」

「…うぐっ…」

「ふふっ、ルークも一日ご苦労様でした」


(…仲のいい兄妹だこと!)


「レティシア様、お疲れでございましょう。聖女宮からは知らせが届いておりました、私のことならお気になさらないでください。
大公殿下が、お部屋の中でお待ちでございますよ」

「え…殿下が?」


ジュリオン一行の出国を見届けるまでが“御役目”であるアシュリーとは、王宮で別れていた。
その後、執務に追われていたはずの彼が一体どうしたのか?と首を傾げる。


「はい。お泊りになるご予定だと…」

「…泊まる…?…そんな話は聞いていないわ」

「はっ…もしや、レティシア様には内緒だったの…?!」


アシュリーが泊まる度、張り切り過ぎてしまうロザリー。
彼女が頬を染めて慌てる様子には…困ったことに、嫌な予感しかしない。


「レティシア」

「…何?」

「昼間、元・兄と二人きりになっただろう。殿下は、カインからそれなりに報告を聞いていらっしゃるはずだぞ」

「うん…そうね」

「俺が思っているより、殿下は独占欲がお強いのかもな。…最近は、何かこう…どんどん…」

「…どんどん…」


真顔のルークが、片手を波打つように斜め上へと動かす仕草をする。アシュリーの嫉妬心が、うなぎ上りだと言いたいのだろうか?


「…まぁ、あれだ…頑張れよ…」




──────────




「…殿下…くすぐったい…」


入浴後に髪を乾かしたレティシアを膝の上へヒョイと横抱きにしたアシュリーは、首筋へ軽く唇を這わせながら…耳の後ろにスルリと鼻先を埋める。


「甘くて…いい香りがする」

「…んっ…お風呂上がりですもの。殿下、そこで喋ってはダメ」

「耳が弱い?」

「ちょっ…ほとんどの女子は、弱いのっ!」

「ごめんね」


謝りながらも、髪の中へ顔を突っ込んで抱き締めてくるアシュリーは、レティシアにベッタベタの甘えたモード。

アシュリーのデレた『ごめん』は…レアだった。



    ♢



「私、ジュリオン様と会ってお話しができて…本当によかったです。殿下、どうもありがとうございました」


トラス侯爵家がアシュリーと誓約を交わしていたと…後で知ったレティシアは、ジュリオンと会うことを容認してくれた寛大なラスティア国の大公に礼を述べる。


「レティシアの意思を尊重するのは、当然だよ」


そもそも、ルブラン王国の使者は“聖女”の慈悲を乞うためにアルティア王国へとやって来た。
サオリの顔を立てるなら、アシュリーは妥協するのみ。最終的な判断は“聖女”に委ねるしかない。

レティシアが聖女の妹として公の場で注目を浴びる存在になるなど全くの想定外で、今回は諸々…トラス侯爵家が勝運に恵まれたといえる。
アシュリーは『これも運命だ』と受け入れた。


「前に、トラス侯爵家との関係を気にしていただろう?わだかまりが解消できたのなら…私はそれが一番いいと思っている」


侯爵夫妻やジュリオンへの素気すげない言動を後悔し、罪悪感を抱いているレティシアの心の内をアシュリーが忘れず覚えていてくれたという事実に…胸がジーンとする。


「えぇ…不思議と以前よりも落ち着いて話せたし、謝罪もして…ホッとしたわ。ジュリオン様のお顔も、安らいで見えたの」

「そうか。…聖女様が、会ってすぐに癒しと浄化を施されたんだ」

「…っ…ジュリオン様に聖魔法を…」


(もしかして…部屋全体がピリッとした、あの感覚?!…確かに、指輪の浄化が発動した時と似ていた気がする…)


「彼の様子にどこか異変を感じたんだと思う、あっという間の出来事だった」

「…異変…」

「ルブラン王国で一度姿を見かけただけだが、その時より随分と痩せてしまっていたからな。…まぁ、分からなくもない」

「…………」

「レティシア、心配しなくても大丈夫。彼は、聖女様から直接癒しを与えられた。どちらかといえば…幸運な男だよ」


アシュリーは、何か思うところがありそうな顔をしているレティシアの背を優しく撫でると…小さく頷く姿に、フッと吐息を漏らした。

ジュリオンの妹への愛情がどれ程だったのかは知らなくても、レティシアが突如として姿を消したなら、今のアシュリーであれば間違いなく狂ってしまうと…そう理解をする。
唯一の存在であるつがいを失えば、その苦しみはサオリの聖なる力であっても癒すことは絶対に不可能だ。


「さぁ、もう休もうか」

「…はい…」


ベッドの天蓋幕を開けると、いつもは白いシーツやベッドカバーが…何とも鮮やかなピンク色に変わっていた。




──────────




「そろそろ、大公殿下の“儀式”が始まるお時間ですね」

「…そうね…」



今日は、刻印を間近に控えた男性王族が必ず執り行う決まり事の一つ『清めの儀式』の日。
生まれたままの姿で聖水の泉プールに入り、聖女が祈りを捧げる間、全身を浸し続けることで身を清めるという神聖なもの。



午後から儀式の準備が始まるため、アシュリーは昼食後間もなく宮殿を出て王宮へ向かった。
お茶休憩ティータイムを取らずに秘書官の仕事を終えたレティシアは、普段よりも早く公爵邸へ帰り着く。

夕食までの時間をもて余し、ロザリーとお喋りしながら庭園を散策するレティシアの後ろを、ルークが付いて歩いている。


「あっ、ザックさーん!」


麦わら帽子を被った庭師のザックが、花壇の端でしゃがみ込んで作業している姿を見つけたレティシアは、手を振って歩み寄った。


「…おや、久しぶりじゃの…っ…イテテ…」

「え、どうかしました?…ヤダ…腰?!」


立ち上がろうとしたザックが、痛みに顔をしかめて腰を擦る。 


「今日は、若い弟子が二人休んでおってな。長い作業に腰をやられたかもしれん…年だからの」

「後、どのくらいで終わる予定ですか?私でよければ手伝います」

「あ~…三袋の肥料を土と混ぜて、花を一列植え込むだけだが…嬢ちゃんの綺麗な服が汚れるぞ?」

「別に構わないわ、ザックさんは無理しちゃ駄目ですよ。ルーク!こっちへ来て…一緒に手伝って欲しいの」

「…すまんなぁ…とっても助かるよ…」


ルークは庭園の外れにある作業小屋へ肥料を取りに行き、レティシアとロザリーは庭園を横切って邸の裏門側の馬繋場に停めてある荷馬車まで、ザックと一緒に向かった。


「仕入れた苗が、この中に…」


ザックは大きな箱型の荷馬車の後ろの閂を外し、扉を開いて踏み台を置く。


「では…お邪魔します。よいしょ!」

「レティシア様、お待ちください!私が行きますので」


奥に積まれた花の苗を取り出すため、スカートを捲り砂埃の舞う荷台に足をかけて乗り込む勇ましいレティシアに…ロザリーも続く。


「赤と黄の花があるんじゃが」

「…コホッ…ええ、あるわ。数はいくついるのかしら?」


苗の確認をしたレティシアが振り向くと、ニヤリと笑ったザックの顔と…後ろの扉が閉じていくのが見えた。




──────────




「…ったく…何をさせられるか分かったもんじゃないな…」


ブツブツと呟き…頼まれた肥料を軽々肩に担いで、その独特な臭いに顔を背けるようにして花壇まで戻ってきたルークは、キョロキョロと辺りを見回す。


「…レティシア…?」


さっきまで賑やかなレティシアの声が響いていた庭園が、シーンと不気味なくらいに静まり返っている。

肥料を投げ落としたルークの顔からは、サーッと血の気が引いていた。


「ロザリー!…ロザリー!!どこだ!…レティシア!ザックさん!」


ルークは馬繋場まで大声を上げながら走り出すが、呼び掛けに応える声は聞こえてこない。

荷馬車は消えていた。



    ♢



「おいっ!ここから出た荷馬車は!」

「どうした?!…つい今しがた、庭師の荷馬車なら出て行ったが…いつものことだぞ?」


血相を変えた表情で駆けてきたルークの怒鳴り声に、公爵邸の裏門を護る門衛は驚いた様子で返事をする。


「誰が乗っていた!」

「はぁ?庭師のザックさんに決まってるだろう。今日はお一人で来られたんだよ」

「…ザックが……クソッ!!」










────────── next 154 誘拐

ここまで読んで頂きまして、誠にありがとうございます!






    
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