前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第11章

160 誘拐7 ※少々残酷な描写があります

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大穴が空いた倉庫の入口の向こう側は、レティシアたちが荷馬車に閉じ込められている間にすっかり日が落ち、暗くなっていた。

謎の男と人型のオオカミは、明るい倉庫の中へいきなり飛び込んで来て注目を浴びている。これはどう見ても戦闘バトルの真っ最中。


(…赤い…狼男…?!)


男は素早く身体を回転させ、狼男の足に片手を伸ばす。
それをパッと俊敏な動きで躱して飛び退いた狼男は、着地と同時に鋭い爪のついた両手を左右に広げ…腹の底から雷鳴の如く吠えた!


「…っ…!」


倉庫の壁が強風の煽りを受けたかのように震え、防御壁シールドの内側にいたレティシアは、鬼気迫る迫力に一瞬仰け反る。

轟く咆哮によって、狼男の腕はバキバキと不気味な音を立てながらさらに一回り巨大化し、より強固なものに変わっていく。


「…先祖返りとは…お前も厄介な血を持っているな…」


男は忌々しそうな口振りでそう言うと、立ち上がって小さく呻いた後…血の混じった反吐を地面に吐き出した。


「……っ……馬鹿力め。…“聖なる生命水セイントアクア”…」


眼光鋭く敵意に満ちた狼男と一触即発の危機である男の手のひらの上に、大粒の水雫が浮かぶ。それをパクリと飲み込んだ瞬間、男の上半身がうっすらと光る。


(…今、自分で治療したの?…魔法の存在する世界で戦えば、こういうのが普通に起こり得るってことね…)
 

「な…何だ…あのデカい獣人…いや、バケモノは…」

「…まさか、人狼ライカン…ウソだろう?…伝説じゃねぇのかよ…」

「終わった。俺らは、喰われて…皆殺しにされる」

「キュルスの旦那ぁ!」


身動きできずに、ただのギャラリーと化した破落戸たちは大混乱中。その様子を見れば、キュルスという名の男が仲間で、狼男は彼らの敵であることが一目瞭然だった。


長い鼻先と大きな口、牙を剥き出しにして唸る獰猛な獣。
ピンと立った耳から背中にかけてはフサフサとした立派なたてがみ、真っ赤な毛色と強靭な肉体をした狼男の姿に…レティシアの目は釘付け。


(瞳が赤いから、攻撃的なのかも。…あれ?目の横に…)


「…あの傷は…」


不意に、レティシアの頭にルークの顔が思い浮かんだ…その時。


「レティシア!」

「…っ…は……キャッ!!」


アシュリーがレティシアに勢いよく飛びかかってきたかと思うと、ゴウッと物凄い突風が倉庫内に吹き荒れ…万全なはずの防御壁シールドが風圧で軋んだ。
レティシアの頭をしっかりと抱えて覆い被さったアシュリーは、瞬時に新たな防御壁シールドを張る。抑え切れない強風は背中で受けて遮り、風が止むまでレティシアとロザリーを守った。


「大丈夫か?」

「…はい。ロザリーも……殿下の防御壁シールドが二重だったお陰で大丈夫です。今の風は…?」 


レティシアは眠るロザリーに異変がないことを確認してから、アシュリーの乱れた髪をサッと手櫛で整える。
ほんの10秒程の出来事で…辺りは砂塵によって白く曇っていた。


「…うん、かすかに魔法陣が見えた…紫色の…だから咄嗟に…」

「紫?」

「高難易度の術式を複数重ねて、発動にかなりの魔力量を必要とする魔法陣だ。脅威的な破壊力を持つ一方で、繊細過ぎて扱える者がいないと言われてきた黒魔法の一つ…私も初めて目にした。転移に使うとは聞いたことがない、術式を書き換えたんだろう」


意味が理解できずに、レティシアは目を瞬かせる。


「………つまり?」

「この風は、魔法陣の威力パワー…強い魔力の余波だ。そんな高レベルの魔法陣を展開させる人物を、私は一人しか知らない」


正解を示すように…振り返って倉庫の中心へ顔を向けるアシュリーにつられ、レティシアも埃で霞む視界の先へと目を凝らす。


「……あれは……」


そこには、銀色に輝く髪と紫色の丈の長いローブ、見覚えのある…大魔術師の後ろ姿があった。




──────────




レイヴンが目の前の土煙を鬱陶しそうに右手の甲で払うと、瞬く間に淀みが消えて空気が澄んでいく。
彼の周りだけ時間が早送りされているかと思うくらい…不思議な光景だった。


腰まで氷漬けになった破落戸たちは、口から泡を吹いて無様にも全員立ったまま気を失っている。
狼男は依然怒気を漲らせて興奮状態、キュルスは両手を胸の前で交差させ、魔法で防御をしながら啞然としていた。


「…かなり…出遅れたな…」


一瞥しただけで現状を把握したレイヴンは、レティシアのほうへ向き直る。
美しい紫水晶のような瞳が色濃く揺らいで冷ややかに見えるのは、強力な魔法陣発動後の影響だろうか?…それでも、レティシアと目を合わせてレイヴンは静かに微笑んだ。


「………レイヴン様…」

「無事だったか。…大公殿下、レティシアを守っていただき感謝いたします。後のことは、私が引き受けるとしましょう」

「では…レイヴン殿にお任せします……ルーク!」


アシュリーが大きく手招きをすれば、耳をピクリと動かした狼男は、たった二度の跳躍で荷馬車の荷台へドン!と飛び乗ってきた。


「……えっ?!」


至近距離で見る狼男の雄々しい体躯に目を丸くするレティシアの腰を、アシュリーが片腕で引き寄せる。耳元で『心配ない』と囁いて、防御壁シールドを張り直すために数回指先を鳴らした。



    ♢



─ ロザリー ─



獣の小さな鳴き声にも聞こえるその声は、先程とは打って変わってひどく悲しげで…か細い。
鮮やかな真紅の体毛を靡かせて歩く狼男の姿形がみるみる変化し、変身魔法が解けたかのように元のルークへと戻っていった。


(狼男の正体がルークだなんて…チラッと想像はしたけれど、実際に見てもまだ信じられないわ)


ルークは少しフラついた足取りでロザリーの側に跪き、抱え上げて温もりを確かめ…優しく頬擦りをする。
ロザリーの衣類からわずかに匂うアキュラス眠りの花の香りを、ルークの鼻はしっかり嗅ぎ取っていた。


「ルーク…怪我をっ?!」


上着やシャツを身につけていないルークの背中に…無数の傷跡があるのを目にしたレティシアは、衝撃に身を震わせてその場に崩れ落ちそうになり、アシュリーに支えられる。


「レティシア、落ち着け」

「…私のせいで…っ…私がロザリーを巻き込んでしまって…ごめんなさい…本当に…どうしよう……」


気の緩みから誘拐され、周りへ多大な心配と迷惑をかけたことに対する悔恨の思い、ロザリーを危険に晒した罪悪感、次から次へと起こる事態にレティシアの感情が追いついていかない。


「レティシア、これは随分前の古い傷だから気にするな。それに…謝らなければならないのは俺のほうだ」  

「……へ……」


(…古い…傷?)




──────────
──────────




紫色に光る魔法陣の上で、レイヴンは金色の長い杖ステッキを喚び出す。
槍の切先に似た鋭くて高さの違う湾曲したブレード3本が、中心にある白銀の珠を囲う“魔法の杖”を手にしたレイヴンは、魔法陣から立ち昇る魔力を珠に吸収させながら威力パワーを制御していく。


「エルフの加護を受けし者を狙うとは…魔術師ならば、素直に諦めて手を引くべきだ。お前は、己の力を過信して見極めを誤った。強欲さが滲み出た顔をしている…実に愚かだな」

「…帝国魔塔の…レイヴン…」


噂でしか聞いたことのない、帝国最強の大魔術師。しかし、一目見ればその強さは破格…噂通りであると誰もが理解するだろう。
エルフの神力と桁外れの魔力を持つ人外の稀少種、レイヴンを相手にしてキュルスが勝てる見込みなど万に一つもなかった。


裏の世界で負け無しのキュルスは、今まで通り巧みに魔術を操ればどうとでも切り抜けられると…確かに、心のどこかでそう思っていた節がある。
真正面から偉大な魔術師に挑むなど、キュルスの生き方では絶対にあり得ないからだ。


「なるほど…あの女は…途中で捨てておけばよかったのか。
どうも最初から上手くいってはいなかったが…こうなってしまったところで、足掻く他に道はない…」


キュルスがブツブツと呪文を口にし始めると、レイヴンの眉がピクリと動く。


「…お前…」



─ ブシュッ! ブシュッ! ブシュッ! ─



レイヴンの背後で、幾度も血飛沫が上がる。

キュルスの標的になったのは、仲間であるはずの破落戸たち九人。全員頭部が破裂して吹き飛び、バラバラに飛び散って血に染まり絶命していた。


「…禁忌の呪文…違法魔術師ルールブレイカーか…」










────────── next 161 終結

年末ギリギリの公開で申し訳ありません。とうとう160話まできてしまいました…。

1年間読んで下さった皆様に、心から感謝申し上げます。本当に本当にありがとうございましたm(_ _)m
来年も読んで頂けましたら、大変嬉しく思います。

良い新年をお迎え下さい。







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