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第11章
161 終結
しおりを挟む次々と弾け飛ぶ肉体。
迸る鮮血と、地面を濡らす重い水音。
音よりも早く振り向いたのは、アシュリーとレティシアに謝罪の言葉を述べていたルーク。
何が起こったのか?…その惨憺たる有様に絶句する。
レティシアは、赤い血に染まった惨い光景が目に映った瞬間…声にならない悲鳴を上げ、アシュリーが咄嗟に視界を遮った時には、すでに気を失っていた。
「レティシア、しっかりしろ!」
そう言うアシュリーも、足元がおぼつかない。
全身が弛緩して、頭や両腕を投げ出し身体が二つ折りになりそうなレティシアをどうにか抱き込んだアシュリーは、よろめきながらゆっくり床へ腰を下ろす。
慌てたルークが、ロザリーを手放してアシュリーの前に跪いた。
「殿下っ!」
「…問題ない、少し体力を消耗しただけだ…」
「少し…?!」
強靭なアシュリーがふらついて倒れるなど、余程のこと。よく見れば、額にうっすらと汗をかき、時折大きく肩が上下している。
ウィンザム侯爵家に侵入してから平常心を保てていなかったルークは、主人の異変を察知できず…気遣えなかった自分が情けなくなり、しょんぼりと項垂れた。
「…あぁ…壊れてしまったか…」
アシュリーが掲げた右手の中指には、金の指輪。
石座の根元にヒビが入り、青く光っていた聖なる石は役目を終えたかのように輝きを失っていた。レティシアの右手を見れば、こちらもほぼ同じ。
対であるが故に、片方が駄目になれば全て機能しなくなる。他に救出する手立てを思いつかなかったとはいえ、銀の指輪が常々レティシアの助けになっていたことを思うと申し訳ない気がした。
アシュリーは、そっとレティシアを膝の上に抱え直す。
「思ったより…互いに強い負荷がかかっていたらしい」
「よく分かりませんが、指輪が原因なのですか?」
「まぁ、結果的にはそうなるな。ぅん?…この、耳鳴り…頭の中に直接響いてくる、不快で煩い感じは何だ?」
「…耳鳴り?」
「ルークは平気か…防御壁も異常なし…となれば、やはりこれも聖物と契約していたせい…いや、援軍が来た気の緩みもある…」
「外にはチャールズたち、おそらくゴードンもいますが…“帝国魔塔の大魔術師”となると…援軍としては別格ですね」
「…全くだ…」
神聖力と魔力、どちらも同等に扱える存在がいかに有能か。
人間では為し得ない、超越者のみが許されたその限界を身を以て体感したアシュリーは、レイヴンの背中を眺める。
──────────
──────────
「…ゴフッ…」
惨劇を背にしたまま微動だにしないレイヴンの前で、キュルスが吐血して膝をついた。
「お前は、魔法で契約を結んでいた相手の命を一方的に奪う…許されざる行為をした。人命を軽んじて規律に背き、一度に多くの者を殺めれば、反動を受けて然るべきだ」
「牢屋に入って死ぬのを待つ運命の奴らに、そんな慈悲深い心が必要か?…苦しまずに逝けて、今ごろ私に感謝しているだろう」
すっかり薄汚れてしまったコートの袖口で口元を拭うキュルスが、ニタリと怪し気に笑う。
「その命を贄に、禁呪を発動したな…?」
「…………」
「自らの命を代償にするのが怖いなら、手を出さねばいいものを…他人の命を勝手に搾取して使うとは、呆れた男だ」
「何とでも言えばいい」
「たとえ命が擦り減るのを免れたとしても、禁忌の呪文を使う度に術師の魂は穢れ蝕まれていく。その行く先に救いはない」
「…それがどうした?」
非道徳的な違法魔術師は、各国の魔塔が取り締まるべき罪人。禁忌を犯した咎人であることを、キュルスは隠すつもりもない様子。
レイヴンは冷めた紫色の瞳を細め、泰然とした態度のまま魔法の杖の先をキュルスにピタリと向けた。
「先程、足掻くと言っていたが…お前は、正攻法で攻める考えの持ち主ではないようだな」
「…っ…」
キュルスは、レイヴンが淡々と説教を垂れる…その鬱陶しい言葉にも魔力が宿っているのかと錯覚を起こしそうになる。
ジリジリと追い詰められる感覚に陥ったキュルスの表情からは余裕が消え、焦燥感を募らせて徐々に息が上がっていく。
「忘失…禁呪の精神魔法で戦いを回避する策か?悪いが、私はお前の悪事を忘れたりはしない…“呪祓”」
「…ハ、ハハッ…この術を…撥ねつけるか…」
「禁呪に限らず、魔力に干渉する術は確かに強力で有効だ。その反面、魔力のない者には無効…加えて言うならば、私のように混ざった者は魔力とは異なる力を持つため術に対抗できる」
禁断の術“忘失”は、記憶操作をする危険な精神魔法。
元は、戦争で心を病んだ多くの兵士を悪夢から救った治癒魔法の一種、そこから派生した禁呪だった。
さらに上級の術には、魔力の有無に関係なく永遠に記憶を消し去れる“完全なる忘却”がある。もし、キュルスがその術をも知っていたならば…レイヴンは呪文の詞を紡がせはしない。
「贄の頭数を増やす前に、いかなる敵かを冷静に見極め…己の力量を弁えた適切な判断をすべきであろう」
話が最後まで行き着いたかどうかというところで、レイヴンの持つ杖…白銀の珠が、淡い虹色の光彩を放つ魔法陣を展開した。
不意を突かれたキュルスは、すぐに後退して身体の正面へ障壁を張り、攻撃に備え身構える。
「知恵は浅く…反応は動物的だな」
「…っ?!…なっ…これは…」
キュルスの周りには、白焔が立ち昇る四つの魔法陣。
魔法の杖が描いた魔法陣は一つ…いや、そう見えただけ…あまりの速さに、多重展開していたと感じることすらできなかった。
「…四方封陣…結界…」
「囚われの身になった気分はどうだ?」
「…くっ…」
格の違いは歴然。手も足も出ないキュルスは、レイヴンに造作なく捕えられ愕然とする。
キュルスが今まで相手にしてきたのは、決して下等な人間たちばかりではない。
戦いの中で術を練磨し、魔術の使い手として自負してきたキュルスの能力を“未熟”だと否定した稀代の大魔術師は、実力行使によってそれを証明した。
「私は、お前に攻撃をする気は一切ない。罪人とはいえ…死なれては困る」
攻撃は受けなくとも、身体中に圧しかかる威圧を持ち堪えるだけで骨は軋み、臓器が押し潰されて呼吸もままならない。
キュルスは言葉を発せずに、ひたすら歯を食いしばっていた。
「さて、違法魔術師には魔力封じの手枷が必須だが…生憎、私は魔導具を持っていない」
「……うぅ……」
喘ぐキュルスは、まさかと…今や四つん這いとなった体勢で、ブワリと地面に浮き上がる巨大な魔法陣にびっしりと描かれた複雑かつ美麗な文字や紋様に目を奪われる。
「…魔力…封印……や…やめろ…」
「似ているが、違う」
ほくそ笑むレイヴンが新たに発動させた魔法陣は、古代魔法の呪文を刻み込んだエルフ特有のもの。
どの属性であろうと対象者の魔力が空っぽになるまで吸い尽くす、禁忌の魔法に限りなく近い…魔術師を生きたまま殺すに等しいといわれる、残酷な吸収魔法。
「あ…あ…あぁぁーーー!やめてくれ!!許してくれっ!!!!」
キュルスの絶叫が倉庫内に響き渡る。
魔法陣の上で顔を覆い一人のたうち回る醜態ぶりは、数分前のキュルスと同一人物かと見紛う程の変わりよう。
アシュリーとルークも、荷馬車の荷台から事の成り行きを注視していた。
♢
「もう魔力が尽きる…思っていた程ではないな」
そう呟くレイヴンの視線の先には、転がった状態で両足を抱え、ブルブルと震えながら幼子のように小さく丸まるキュルス。
何より注目すべきは、その見た目。
ブルーグレーだった頭髪は赤く変わり、そこから大きな獣の耳が二つ生えている。顔は隠れているが…明らかに半獣人だった。
「魔力を失って、変化の術が解けたか」
──────────
キュルスの真の姿を目の当たりにして、ショックを受けた表情で動けなくなっていたのはルーク。
「………同族…」
「それは、まだ分からないぞ」
「いいえ、殿下…あの男は、きっと赤髪の一族です。なるほどな…道理でよく知っていたはずだ」
生まれ育った集落が滅びて以降、ルークが同族の者に出会ったことは一度もない。
ロザリーを攫い利用しようとしていた憎き男が、同じ人狼の血筋を引いていたとは…裏切り行為に激しく怒りが増してくる。
「…ルーク…赤髪の一族は魔法とは無縁だろう?あの男は、なぜ魔法を扱える…」
アシュリーの疑問は尤も。
目の前にいる男が変化を可能としていた理由に、ルークは心当たりがあった。
────────── next 162 終結2
年が明け、初めての公開となりました。今年も、読んで下さる皆様へ感謝の気持ちを忘れずに頑張りたいと思います。
宜しくお願いいたします。
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