前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

文字の大きさ
161 / 215
第11章

161 終結

しおりを挟む


次々と弾け飛ぶ肉体。
迸る鮮血と、地面を濡らす重い水音。



音よりも早く振り向いたのは、アシュリーとレティシアに謝罪の言葉を述べていたルーク。
何が起こったのか?…その惨憺たる有様に絶句する。

レティシアは、赤い血に染まった惨い光景が目に映った瞬間…声にならない悲鳴を上げ、アシュリーが咄嗟に視界を遮った時には、すでに気を失っていた。


「レティシア、しっかりしろ!」


そう言うアシュリーも、足元がおぼつかない。
全身が弛緩して、頭や両腕を投げ出し身体が二つ折りになりそうなレティシアをどうにか抱き込んだアシュリーは、よろめきながらゆっくり床へ腰を下ろす。

慌てたルークが、ロザリーを手放してアシュリーの前に跪いた。


「殿下っ!」

「…問題ない、少し体力を消耗しただけだ…」

「少し…?!」


強靭タフなアシュリーがふらついて倒れるなど、余程のこと。よく見れば、額にうっすらと汗をかき、時折大きく肩が上下している。

ウィンザム侯爵家に侵入してから平常心を保てていなかったルークは、主人の異変を察知できず…気遣えなかった自分が情けなくなり、しょんぼりと項垂れた。


「…あぁ…壊れてしまったか…」


アシュリーが掲げた右手の中指には、金の指輪。
石座の根元にヒビが入り、青く光っていた聖なる石は役目を終えたかのように輝きを失っていた。レティシアの右手を見れば、こちらもほぼ同じ。
ペアであるが故に、片方が駄目になれば全て機能しなくなる。他に救出する手立てを思いつかなかったとはいえ、銀の指輪が常々レティシアの助けになっていたことを思うと申し訳ない気がした。

アシュリーは、そっとレティシアを膝の上に抱え直す。


「思ったより…互いに強い負荷がかかっていたらしい」

「よく分かりませんが、指輪が原因なのですか?」

「まぁ、結果的にはそうなるな。ぅん?…この、耳鳴り…頭の中に直接響いてくる、不快で煩い感じは何だ?」

「…耳鳴り?」

「ルークは平気か…防御壁シールドも異常なし…となれば、やはりこれも聖物と契約していたせい…いや、援軍が来た気の緩みもある…」

「外にはチャールズたち、おそらくゴードンもいますが…“帝国魔塔の大魔術師”となると…援軍としては別格ですね」

「…全くだ…」


神聖力と魔力、どちらも同等に扱える存在がいかに有能か。
人間では為し得ない、超越者のみが許されたその限界を身を以て体感したアシュリーは、レイヴンの背中を眺める。




──────────
──────────




「…ゴフッ…」


惨劇を背にしたまま微動だにしないレイヴンの前で、キュルスが吐血して膝をついた。


「お前は、魔法で契約を結んでいた相手の命を一方的に奪う…許されざる行為をした。人命を軽んじて規律に背き、一度に多くの者を殺めれば、反動を受けて然るべきだ」

「牢屋に入って死ぬのを待つ運命の奴らに、そんな慈悲深い心が必要か?…苦しまずに逝けて、今ごろ私に感謝しているだろう」


すっかり薄汚れてしまったコートの袖口で口元を拭うキュルスが、ニタリと怪し気に笑う。


「その命を贄に、禁呪を発動したな…?」

「…………」

「自らの命を代償にするのが怖いなら、手を出さねばいいものを…他人の命を勝手に搾取して使うとは、呆れた男だ」

「何とでも言えばいい」

「たとえ命が擦り減るのを免れたとしても、禁忌の呪文を使う度に術師の魂は穢れ蝕まれていく。その行く先に救いはない」

「…それがどうした?」


非道徳的な違法魔術師ルールブレイカーは、各国の魔塔が取り締まるべき罪人。禁忌を犯した咎人であることを、キュルスは隠すつもりもない様子。
レイヴンは冷めた紫色の瞳を細め、泰然とした態度のまま魔法の杖の先をキュルスにピタリと向けた。


「先程、足掻くと言っていたが…お前は、正攻法で攻める考えの持ち主ではないようだな」

「…っ…」


キュルスは、レイヴンが淡々と説教を垂れる…その鬱陶しい言葉にも魔力が宿っているのかと錯覚を起こしそうになる。
ジリジリと追い詰められる感覚に陥ったキュルスの表情からは余裕が消え、焦燥感を募らせて徐々に息が上がっていく。


忘失ロスト…禁呪の精神魔法で戦いを回避する策か?悪いが、私はお前の悪事を忘れたりはしない…“呪祓リペル”」

「…ハ、ハハッ…この術を…撥ねつけるか…」

「禁呪に限らず、魔力に干渉する術は確かに強力で有効だ。その反面、魔力のない者には無効…加えて言うならば、私のように混ざった者は魔力とは異なる力を持つため術に対抗できる」


禁断の術“忘失ロスト”は、記憶操作をする危険な精神魔法。
元は、戦争で心を病んだ多くの兵士を悪夢から救った治癒魔法の一種、そこから派生した禁呪だった。
さらに上級の術には、魔力の有無に関係なく永遠に記憶を消し去れる“完全なる忘却オブリヴィオン”がある。もし、キュルスがその術をも知っていたならば…レイヴンは呪文の詞を紡がせはしない。


「贄の頭数を増やす前に、いかなる敵かを冷静に見極め…己の力量を弁えた適切な判断をすべきであろう」


話が最後まで行き着いたかどうかというところで、レイヴンの持つ杖…白銀の珠が、淡い虹色の光彩を放つ魔法陣を展開した。

不意を突かれたキュルスは、すぐに後退して身体の正面へ障壁バリアを張り、攻撃に備え身構える。


「知恵は浅く…反応は動物的だな」

「…っ?!…なっ…これは…」


キュルスの周りには、白焔が立ち昇る四つの魔法陣。
魔法の杖が描いた魔法陣は一つ…いや、そう見えただけ…あまりの速さに、多重展開していたと感じることすらできなかった。


「…四方封陣…結界…」

「囚われの身になった気分はどうだ?」

「…くっ…」


格の違いは歴然。手も足も出ないキュルスは、レイヴンに造作なく捕えられ愕然とする。

キュルスが今まで相手にしてきたのは、決して下等な人間たちばかりではない。
戦いの中で術を練磨し、魔術の使い手として自負してきたキュルスの能力を“未熟”だと否定した稀代の大魔術師は、実力行使によってそれを証明した。


「私は、お前に攻撃をする気は一切ない。罪人とはいえ…死なれては困る」


攻撃は受けなくとも、身体中に圧しかかる威圧パワーを持ち堪えるだけで骨は軋み、臓器が押し潰されて呼吸もままならない。
キュルスは言葉を発せずに、ひたすら歯を食いしばっていた。


「さて、違法魔術師ルールブレイカーには魔力封じの手枷が必須だが…生憎、私は魔導具を持っていない」

「……うぅ……」


喘ぐキュルスは、まさかと…今や四つん這いとなった体勢で、ブワリと地面に浮き上がる巨大な魔法陣にびっしりと描かれた複雑かつ美麗な文字や紋様に目を奪われる。


「…魔力…封印……や…やめろ…」

「似ているが、違う」


ほくそ笑むレイヴンが新たに発動させた魔法陣は、古代魔法の呪文を刻み込んだエルフ特有のもの。
どの属性であろうと対象者の魔力が空っぽになるまで吸い尽くす、禁忌の魔法に限りなく近い…魔術師を生きたまま殺すに等しいといわれる、残酷な吸収魔法アブソーブ


「あ…あ…あぁぁーーー!やめてくれ!!許してくれっ!!!!」


キュルスの絶叫が倉庫内に響き渡る。

魔法陣の上で顔を覆い一人のたうち回る醜態ぶりは、数分前のキュルスと同一人物かと見紛う程の変わりよう。
アシュリーとルークも、荷馬車の荷台から事の成り行きを注視していた。



    ♢



「もう魔力が尽きる…思っていた程ではないな」


そう呟くレイヴンの視線の先には、転がった状態で両足を抱え、ブルブルと震えながら幼子のように小さく丸まるキュルス。

何より注目すべきは、その見た目。

ブルーグレーだった頭髪は赤く変わり、そこから大きな獣の耳が二つ生えている。顔は隠れているが…明らかに半獣人だった。


「魔力を失って、変化の術が解けたか」




──────────




キュルスの真の姿を目の当たりにして、ショックを受けた表情で動けなくなっていたのはルーク。


「………同族…」

「それは、まだ分からないぞ」

「いいえ、殿下…あの男は、きっと赤髪の一族です。なるほどな…道理でよく知っていたはずだ」


生まれ育った集落が滅びて以降、ルークが同族の者に出会ったことは一度もない。
ロザリーを攫い利用しようとしていた憎き男が、同じ人狼ライカンの血筋を引いていたとは…裏切り行為に激しく怒りが増してくる。


「…ルーク…赤髪の一族は魔法とは無縁だろう?あの男は、なぜ魔法を扱える…」


アシュリーの疑問は尤も。
目の前にいる男が変化を可能としていた理由に、ルークは心当たりがあった。










────────── next 162 終結2

年が明け、初めての公開となりました。今年も、読んで下さる皆様へ感謝の気持ちを忘れずに頑張りたいと思います。
宜しくお願いいたします。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。 国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。 そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。 え? どうして? 獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。 ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。 ※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。 時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...