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第12章
174 新生活三度目2
しおりを挟む「あれ…ぇ?」
扉を開けた途端、巨大な天蓋つきベッドがドンと現れ、レティシアは変に上ずった声を出す。ここで初めて、新しい自室にはベッドがなかったことに気付いた。
アシュリーの言う“隣の部屋”とは、内扉で繋がっていて移動が楽にできる“寝室”。つまり、この室内のどこかに大浴場?がある。
「こっちだ、おいで」
アシュリーに手を引かれて、窓側に設けられたパウダースペースを通り抜け、レティシアは恐る恐る浴室を覗く。
「わぁ…明るい!…っ…?!」
「しかも、暖かいだろう?保護や強化魔法は当たり前だが、さらに発熱と保温効果の魔法を重ねがけした貴重な大理石を使用している。魔導具要らず、職人自慢の浴室だ」
「…ナルホド…ソレハスゴイ…」
(でも…驚いているのはそこじゃないのよ)
波々と湯をたたえる中浴場サイズの湯船にホッと胸を撫で下ろしたところで、青空をフワフワ流れる綿状の雲が視界の端に映った。
壁の一面が、腰の高さから天井スレスレまでガラス張りのパノラマ状態になっている…道理で明るいはずだと、レティシアは目を剥いていたのだ。
「ガラスが気になるのか?大丈夫、中の様子は一切見えない。大浴場のような開放感が欲しくて、最上階の高さを利用した」
「…何て贅沢なお風呂なの…」
「ついでに、夜空も楽しめればいいと思ってね」
(…えぇぇぇ…夜空っ?!)
解放的過ぎて、入浴の度にソワソワする予感しかしない。
♢
公爵邸に続いて、最早標準装備といえるお姫様仕様のファンタジックなベッドはやはり女子の憧れ、胸がときめく。
ワインカラーのベルベット素材と光沢のある白いレースを合わせた天蓋幕はシックでエレガント、甘過ぎないのがレティシアの好みにピッタリ合っている。
「…ベッド…ふかふかだぁ…」
「気をつけないと落ちるぞ?」
「こんなに大きいのに、落ちるわけがないわ」
「…ふむ…す巻きじゃなくて、張り付けにするか…」
「やっ…やめて!」
礼儀作法など何の其の、コロコロと転がってベッドの感触を確かめる自由気ままなレティシアの姿に、アシュリーは満足気な笑みを浮かべた。
キュルスの呪いが解けても、君主として多忙な日々を送っていれば嫌でも陰鬱な思考が凝り固まって蟠る。それを、こうして側にいるだけで癒し、解放へ導いてくれる唯一の存在を手放しはしない。部屋も寝室も浴室も、生活の全てを居心地のよい気に入ったもので埋め尽くしてあげたいと思う。
「殿下、この枕元にある金の置物は?」
「上部に軽く触れれば、すぐ侍女が来る。長く押せば、側仕えの待機室と繋がって会話が可能な魔導具だ」
「ふぅん…呼び鈴?」
「さっき教えた壁についているボタンと使い勝手は似ているが、あれは邸内各所へ知らせる非常時用で、用途が違うな」
「分かったわ。…あ、あの扉は?」
「…ぅん?」
アシュリーは生返事をして目を細め、レティシアの指差す先に首を傾ける。あれは何?これはどうやって使うの?と、興味津々に丸い大きな瑠璃色の瞳を向けて来る恋人がとにかく可愛い。
今度は、レティシアの部屋へ繋がる扉の反対側の壁にもう一つ同じ扉があるのを見つけたようで、ベッドからピョンと飛び降りて駆けて行く。
─ パタパタパタパタ ─
レティシアは、部屋では靴を脱いで寛ぐ派。
『スリッパはつんのめって転ぶ=危険』と…たった一度の失敗から、現在ルームシューズを履かされている。
「気になるのなら、開けて入って探検して来ればいい」
「…いいの?」
「この邸で、君の立ち入れない部屋など一つもないが?」
「それは…殿下が許可を出してくれれば、でしょう?…では、失礼して…」
レティシアは扉の向こう側へと消えた。
──────────
「…広い…」
レティシアの部屋の二倍はあるだろうか。
広過ぎるあまり、それなりに大型家具が配置されているのに室内は生活感のないモデルルームのよう。清掃が行き届いてスッキリと清潔感がある…けれど、少し物寂しい印象を受けた。
クローゼット、三つの大きな窓、本棚、飾り棚、グラスと高級酒の並んだ棚…順番にゆっくり歩いて眺めながら通り過ぎる。
最後に部屋の突き当たり、紺色のカーテンで仕切られたベッドルームと浴室へ辿り着く。浴室は一人用、ベッドの大きさは隣の部屋のそれに比べ半分で、天蓋もなかった。
「…殿下の私室…」
部屋に足を踏み入れた瞬間、爽やかな魔力香がレティシアを夢心地へと誘うのだから…分からないはずがない。
「正解」
「キャッ…!」
「…すまない、驚かせた…」
「い、いつの間に?」
背後で突然聞こえた声に飛び上がって振り向くレティシアの腰を、アシュリーがしっかりと支える。
「入口に立って見ていた。気付いていると思っていたんだが…ベッドルームは探検できた?」
「あっ、ごめんなさい!魔力香の残り香が強いせいかな?つい引き寄せられちゃって?!」
「何を慌てている?別に構わない。ぼんやりしていた原因は魔力香か…君が私の匂いを好きでいてくれてうれしいよ」
優しく微笑んで、アシュリーはレティシアの額へ唇を押し当てた。
正装していたはずが、どこで上着を脱いできたのか?柔らかな白いシャツが目の前に迫り、甘い雰囲気にうっすら頬を染めたレティシアは、気不味そうな表情でアシュリーを見上げる。
「あの…殿下の寝室が、私の寝室より狭いのはなぜ?」
「…あぁ、簡素だろう?…うなされて呻く声が外に漏れ聞こえるのを防ぐ…狭くして効果的に防音するためだ。大公になった当時は、恋人を部屋へ招き、閨を共にする未来など一生訪れないと思っていた。贅を尽くした部屋やベッドも確かにいいが、一人で過ごすだけなら利便性の高さを選ぶ。代替わりをすれば、君主の住まいとなる大公邸の最上階は改装して家具を一新するのが慣例となっている。だから、全体的に無駄を省いて仕上げた」
「………私ったら無神経なことを…ごめんなさい…」
(…質素倹約…そんな殿下が、私のために豪華な部屋を用意してくれたの?)
この邸で最も煌びやかであっていいはずの主の部屋が、飾り気のない家具やベッドで統一されている。アシュリー自身も愛着が薄いためか、それを是としているように感じられた。広い居室がガランとして見えるのは、寝室との割合…バランスが悪いということかもしれない。
徐々に俯いて行くレティシアの頭上で、アシュリーが思わぬ発言をする。
「謝るのなら…そうだな、新しい寝室を二人で使うのはどう?」
「……ん?」
「部屋は隣で、寝室とは扉が繋がっている」
「…真ん中が寝室?ってことは…意地悪…最初からそのつもりだったのね。殿下の願いを、私が断ると思うの?」
「いや。…でも『広い』とはしゃいでベッドの上を転がる割に…『一緒に寝よう』と誘ってはくれなかった」
質問を質問で返されたアシュリーが、プイッと恥ずかしそうにそっぽを向く。…が、腰を抱える腕の力は一切緩めない。
(…殿下が拗ねた!…)
「さっきも、私の寝室と言っていたじゃないか」
「…そっ…んん…では…改めて、この度は素敵なお部屋と寝室をありがとうございます。殿下、よろしければ…これからは私と毎日一緒に眠ってくださいませんか?」
「喜んで。時間が合えば、湯浴みも一緒にしたいな…?」
(…くぅっ、甘え上手め!…)
「じゃあ、その時は髪を洗ってあげますね」
「…うん…レティシア、口付けてもいい?」
「お、お手柔らかに?!」
♢
気付いた時には、ベッドへ腰掛けたアシュリーの膝の上に横抱きにされ、瞳の奥底を赤く燃やす…野性的な黄金色の眼差しに魅了されていた。
レティシアの瞼や頬にチュッチュッと口付け、恍惚としているアシュリーが色っぽくてドキドキが止まらない。唇を食まれて舌と唾液が深く絡まり始めると、身体の中心がカッと熱くなって淫らな感情が湧き立ち、夢中で唇を貪った。
(…熱い…私の身体、どうしちゃったの…?)
強く抱き合い、互いの体温がグングン上がって汗ばんでいくのがちっとも悪くない。
熱のこもったアシュリーの猛々しい剛直が、太ももの裏に触れる。レティシアは彼の興奮を直に感じ、愛おしくて堪らなかった。
(…殿下は…私を求めると魔力香が濃くなるんだ…)
「…レティシア…」
「……ん……」
いつの間にかワンピースの胸元のリボンを解いたアシュリーが、緩んだ首回りからチラリと見える…ふっくら盛り上がった胸へ口付けては赤い跡を残していく。
吸い付く度に、長い前髪が肌に擦れて気になる。
「ふふっ…駄目よ、殿下…くすぐったい」
「…ごめん…」
そのまま胸の谷間へ顔を埋めたアシュリーは『早く刻印を与えたい』と…ため息混じりに呟いた。
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