前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

文字の大きさ
197 / 215
第14章

197 消えない刻印3

しおりを挟む


刻印の儀を執り行い、レティシアと初めて結ばれてから三ヶ月。仮初めではあるものの、伴侶との繋がりを得たアシュリーは幸せで充実した蜜月期間を過ごすことができた。

運命の相手であるつがいと出会った者の多くは、純粋な愛情が深過ぎるが故に耐え難い性衝動や激しい執着心に悩まされる。
レティシアと揃いの紋様を胸に刻んで以降、アシュリーの精神は驚く程安定し、それは日々の生活にもいい影響を与えた。一定の周期で発情期が巡って来る獣人族の辛さを思えば、非常に恵まれている。父アヴェルの言う通り、レティシアと添い遂げるには刻印による契約が必須だった。

そして今夜、アシュリーは最愛の女性ひとと正式な儀式の下で結ばれる。長く待ち望んでいた時を迎え、かなり気分が高揚していた。


「…私に何かご希望でもございまして?」


今までにないくらい露出度の高い黒のナイトドレスを身に纏ったレティシアが、細い両腕で自分の身体を抱き締めながら恥ずかしそうに言う。薄化粧のせいか、顔全体がポッと赤らむスピードが早い。
 
冗談と言いつつもアシュリーが何気なく発した一言を気に留めて、房事への要望があるのか?と問う彼女の変わらぬ寛大さに改めて感動する。その一方で、両脇から寄せられて密度が増した胸と窮屈そうな谷間に視線が釘付けになり、一瞬思考が停止した。


「………いや…」


寝所を共にしただけで抱きたくなる…というのが本音だ。無論、誘いがあれば男心を擽られてより興奮する。
閨でのレティシアは素直で感じやすく、蠱惑的な姿態で淫欲を刺激し、アシュリーの強固な自制心を度々崩壊させて来た。純白の絹のような肌に触れ、たっぷりと愛でた後に一つになって情熱を注ぎ込む悦びや満足感をどう表現すればいいものか。
毎夜抱き潰す勢いで愛し合っていたが、幸い…加護を持つ彼女は定期的な医師の検査でも健康で問題なしと言われている。とはいえ、半月が過ぎて月のものが来た辺りから少しづつ自重するようになった。
ただし、欲情しても我慢しても…魔力の香りだけでレティシアにすぐ気付かれてしまうのが難点だ。


「…本当にありませんか?」


全く欲がないと言えば嘘になる。
アシュリーは、レティシアと結ばれて初めて心身共に満たされる至極のひと時を知った。色男カインの言葉を借りて言うなら、女性の抱き方はいろいろあって、童貞を卒業して間もないアシュリーの想像以上に未知のものが多く存在する。男として興味を持つのはある意味仕方がない。だからと言って、それをそのまま口に出すのが正解だとも思わない。


「アシュリー様?」

「…私自身まだまだ未熟なのに、君に何かを望むなど…それよりは寧ろ…」


閨事情は十人十色。つい先日も、親族が集まった茶会で話題に上がったばかり。婚約を祝う席ではよくあることだ。
姉たちの夫である宰相セドリックや魔法師団長イーサンは、当然刻印の能力を持たない。一般貴族と同様の感覚を持つ彼らは、王家の血を引く気高き妻へ愛を囁き、機嫌を窺って子作りに励んでいた。どうすれば妻を飽きさせず快楽へ導けるのか?円満な夫婦生活を送るために、それぞれ努力をしている。特に、愛妻が懐妊中のセドリックは夜の営みに様々な工夫が要ると話していた。

女性に嫌悪感を抱いていたころと比べて男女関係への理解度が増した分、内容がより身近で生々しく感じられる。将来役立つ新たな情報は得たいが、実体験に基づいた話に身内が絡んでいてはどうにも突っ込み難い。
これが大人の集りかと…アシュリーは主役でありながら、場の雰囲気を乱さないよう聞き耳を立てて相槌を打つ傍観者役に徹した。結果、酒の入ったグラスを口に運ぶ回数がやたらと増え、見事に酔っ払ってしまったのだ。



    ♢



「…寧ろ…何でしょうか…?」


前世で28歳だったレティシアは、男女の睦事とは何か?基礎的な知識を持っている。そのため、儀式の作法だけを学び、この世界の閨教育は受けていない。 


(やっぱり、閨での振舞いを教わっておくべきなのかしら?…それに…)


レティシアは、アシュリーの感情の起伏を魔力香でも感じ取ることができた。その逆は成立しないのだから、彼に愛されている喜びと幸福感を伝える言葉や行動が不足気味であったと…今になって自覚をする。


「…もっと、レティシアを気持ちよくしてあげたい…」

「え…?」

「それが、今の私の思いだよ」


アシュリーはキョトンとするレティシアの表情に蜂蜜色の瞳を細め、儀式を進めるべく手のひらにゆったりと口付けをした。


「こうして触れ合うだけでも十分ですのに…もっと?」

「君は…本当に可愛くて困る」

「…私は、アシュリー様にも気持ちよくなって欲しいと思います…」

「それこそ十分だ」

「…ふふふっ…」

「レティシア?」

「では、今宵は二人一緒に気持ちよくなるしかありませんわね?」

「…なるほど、確かにそうか…」


長い前髪を左右に掻き分けて恭しくこうべを垂れ、静かに笑みを浮かべながら“お返し”を強請る彼の額に…レティシアがそっと口付けをする。


「…女神の仰せの通りに…」


抱き上げられて運ばれたベッドの真ん中で、どちらからともなく唇を重ねた。深く舌を絡めては、互いに息苦しくなるまで何度も繰り返し吸い合う。
薄布越しに感じる肌の温もりと心地いい魔力香にレティシアがうっとりし始めると、敏感な耳や首筋を狙ってアシュリーの熱い舌が動き出す。鎖骨辺りにチクリと甘い痛みを覚えたレティシアはハッとする。


「…あっ…待って…」

「ん?」

「アシュリー様は…ど…どこにキスをされたら気持ちがいいですか?」

「…どこ?…さて…どうかな?…生憎、選べる程に口付けを受けた経験がない…」

「…あ…」

「私の身体に口付けができる者は、たった一人しかいないのだが?」


(…そうよ、私だけが許されているのに…今まで…)




──────────




レティシアは、硬くて張りのある逞しい筋肉の割れ目に沿って、まるで美術品や造形物を確認するかの如く両手を使って優しく慎重に撫でていく。


(…私と同じ、三日前より紋様が薄くなっているわ…)


意識が確かな内に『先に触れたい』と申し出たレティシアは、アシュリーの夜着を脱がせるだけで凄まじい色気に当てられてしまい、心臓が飛び出そうなくらいドキドキしてしまった。

下穿き姿で横たわる彼を上から眺める景色の素晴らしさに、思わず感嘆のため息が漏れる。王族に相応しい能力と知力、恵まれた容貌と体躯、逆境を耐え抜いた不屈の精神、全てが美しいこの人が自分を抱く姿を、何故ちゃんと目に焼き付けて来なかったのか?
照れや恥ずかしさ、そして…快感の渦に呑まれてこれまで自我を保てずにいたレティシアは、ひどく後悔をした。

アシュリーの身体には、目視では気付かない無数の小さな傷痕がある。指先で感じた治療済みと思われるわずかな痕跡は、他を寄せ付けない圧倒的な武力を得るために、少年時代の彼が懸命に努力をした証なのだろう。


(…どんな子供だったのか、何となく想像がつく…)


理不尽で一方的な私念に呪われた幼少期のアシュリーは、常に死を覚悟していたと聞く。多くの人たちの支えを受けて回復した後は、生き辛く苦しい現実から逃げずに自らを強化し、固い信念の下に今日まで清く正しい生き方をして来た。彼の尊い人生に寄り添い、共に未来を歩む伴侶に選ばれたことを…レティシアは誇らしく思う。


「…擽ったいとは…こういう感じか…」

「じっとしていてくださいね」


レティシアの指の腹は、アシュリーの臍から斜め上方向へ腹筋を撫で上げ、厚みのある胸板付近の紋様を目指す。彼がゴクリと生唾を飲む音が聞こえた気がする。
無闇やたらとキスをしても、そう簡単に気持ちよくはならない。肌の熱や表面のわずかな動きを見逃さず、アシュリーが気持ちいいと感じる場所を探っていく。
要は、彼がいつもする仕草を真似ているわけだが…お互いを繋ぐ紋様が最も感じやすいことは確実なため、そこをゴールに決めていた。

こうして入れ替わってみると、アシュリーがいかに気を遣って愛してくれているのかが改めてよく分かる。
触れれば、思った以上に相手の感情が読み取れて興味深い。彼の身体の強張りは、初めての状況に緊張しているせいに違いなかった。


「一度、目を瞑ってみてくださいませ。それから、私と手を繋ぎましょう」


女神に逆らえないアシュリーは、言われるがままレティシアの左手を握り…大人しく目を閉じる。









────────── next 198 消えない刻印4

いつも読んで下さる皆様、ありがとうございます。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。 国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。 そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。 え? どうして? 獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。 ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。 ※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。 時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...