慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔

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第一四話 慟哭-1

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 城館前で老婆が叫ぶ。
「人柱じゃ、人柱を立てるのじゃー。人柱を城の周りに巡らせれば悪霊除けとなるのじゃー」
 右手には杖を持ち、両手を突き上げて叫び続ける。門兵が追い払おうにも、聞き入れない。力尽くで連れて行こうとすれば耳をつんざくばかりの叫びを上げる。たまらず門兵が耳を押さえて距離を取る。
 そうこうする内に野次馬が集まり、老婆が更に勢いづいて叫ぶ。野次馬のざわめきも相まって、騒々しさが尋常ではなくなった。

「何の騒ぎだ!?」
 城館内にまで響く騒ぎを聞き付け、国王は城館前に出向いた。
「はい! まじない師を名乗る老婆が騒いでおります」
 門兵の答えに導かれて視線を動かせば、以前、呪い師の面接の時と同じ老婆がまた騒いでいる。その姿には憤りしか感じない。
 ふと、思い付く。
「こいつをうつぶせに取り押さえよ」
 門兵らが命令に従って老婆を取り押さえる。老婆のけたたましい叫び声に少し顔を逸らしつつだ。
 これを見届けた国王が門の脇に立て掛けられていた門兵の槍を手にして老婆の足下に立つ。
「そんなに人柱を望むなら、お前を最初の柱としてやろう」
 言うや否や、国王は片膝を突いて槍を老婆の股間に突き立てた。
 響き渡る老婆の絶叫。門兵らが国王を瞠目しつつ硬直する。野次馬も言葉を失い、老婆の絶叫だけが彼らの耳を苛む。
 国王やそれらを意に介さず、槍を更に押し込む。そしてついには老婆の口まで貫いた。
 一仕事終えたとばかりに立ち上がった国王は門兵らに命じる。
「おい、こいつをその辺に立てて柱にしておけ」
 だが、門兵らは尻込みする。
「余の命令が聞けぬと言うのか? では、お前達の家族に代わりをやって貰わねばなるまいな」
 万が一にも家族にそんなおぞましい作業をさせられないと思ってか、門兵らが慌てて作業に取り掛かる。その作業の最中、その内の一人が嘔吐をこらえられなかった。

 その夜、エカテリーナは国王の寝室に現れなかった。
「人柱が利いたのか? あんな呪い師でも役に立つこともあるのだな」
 国王はほくそ笑みながら呟いて、朝の目覚めを満喫する。
 支度のために侍女らが居室へと入ってくる。その中の一人に国王は意識を吸い寄せられた。エカテリーナの顔でにやりとわらうのだ。更に腕を振り上げ、短剣を突き刺すように振り下ろしてくる。咄嗟に国王はその侍女を斬り捨てた。
「ギャッ」
 短い悲鳴を上げてその侍女が息絶えた。だが、その顔はエカテリーナに似ても似つかない。
「ヒャアアッ!!」
 他の侍女らが悲鳴を上げる。近衛兵らが駆け込んで来る。
「こいつが余を害そうとしたのだ。だから斬った。そうだ、こいつも人柱にしておけ!」
 その言葉にその場の者は疑問を顔に浮かべるが、それを口に出すことは無い。
 そして国王の目は血に飢えたように血走っていた。

   ◆

 エカテリーナは一日で立てられた人柱の数が以前のそれより多かった日の夜だけ、国王の寝室に現れない。人柱に関係なく日中は国王の視界を頻繁に侵食する。処刑直後のむごたらしい姿に戻って見せ付けて、狂気に彩られたような表情で国王に迫る。
 剣で斬り付けられようとも素通りするだけで何の痛痒も無い。だが、悪趣味な演出を加える。剣で斬られた振りをするのだ。自らは胴を切断された経験が無いため、いつこの時の姿と言うものではない。自らが剣を振るって斬り殺した相手の姿を模倣する。
 初めてそうした時の安堵したような国王の表情にはほくそ笑んだ。次の瞬間に傷一つ無い姿に戻った時の絶望したような国王の表情にも快哉を覚えた。
 今ではそんな初心うぶな反応など望めないが、国王の前でバラバラになって見せたりすれば、その視線を奪ったままにできる。精神を削るには十分であろう。

  ◆

 国王は薄々無意味と気付きながらも、毎日人柱を立て続けた。エカテリーナを無視しようとすれば、刃物を突き立ててくるのだから無視していられない。僅かばかりの平安は数多くの人柱を立てた夜だけなのだ。
 人柱は犯罪者に始まり、他の町から流入した宿無し、孤児、命令に逆らった部下と徐々にその範囲を広げる。純然たる犯罪者以外は適当に罪状をでっち上げてのことである。

 人柱が増えるにつれ、王都では漂う腐臭が鼻を突くほどに強いことが多くなっている。
 非道な行いの上にそんな状態なのだが、以前からの住民の多くは人柱そのものに顔をしかめるだけだ。余所よそから流入した宿無しは迷惑な存在であり、彼らが減ることを好意的に受け止めていさえする。
 ただ、いつまで冤罪を被せる相手がその宿無しに留まるかは未知数である。当分の間は冤罪を被せる相手に事欠かないほどに流入しているとは言え、彼らとて無限に増えたりはしないのだから。

   ◆

 王都にあって、レミアは情報収集のために夜な夜な酒場を巡っている。ヘンドリックに偶然会えないものかと言う思いもある。彼が友人に会いに行った日に別れて以降、一度も会っていない。
 この日に寄った酒場にも、ヘンドリックは居なかった。
「国王の野郎、絶対に許せねぇ!」
 代わりでもないが、独りで酒を呑みながら大きな声で独り言を吐き出す男は居た。薄汚れた風体ふうていから、宿無しだと容易に知れる。前払いの店だから今呑んでる酒の代金を持っていたのは判るが、宿無しでありながら酒を呑んだりして、果たして明日からの生活が大丈夫なのかは疑問だ。
 周りの客は見て見ぬ振りをする。独り言の内容からも、男の風体からも、関わるのが躊躇ためらわれる。そうでなければ「やかましい」の一言なりと誰かが掛けたことだろう。誰から見ても悪い酒なのだ。
 声が大きいため、彼の身に何が起きたのかは大凡おおよそで判る。
「あいつはいいやつだったんだ! いいやつだったのに、何で殺しやがった!」
 彼の友人が国王に冤罪を着せられ、殺されたらしい。だが、傍目はためには真実かどうか判らない。食うに困った宿無しが盗みを働くなど日常茶飯事で、その言い分も鵜呑みにできない。
 店主も彼をどう扱ったものか、持て余している様子だ。
 その店主の気苦労にも思わぬところから、あるいは危惧された通りに終わりを告げられる。巡回中に彼の声を聞きでもしたのか、兵士が二人やって来て、彼を連行してしまった。
 この日の騒動はここまでである。
 翌日の晩、レミアは彼がどうなったかが気になって、何か噂でも聞けないものかと、またこの酒場に訪れた。そして彼が人柱になっていたと言う噂を耳にする。
 だからと同情はしない。噂を聞いて回っている間に判ったのは、住民の大半が異口同音にハイデルフト家を悪く言うことだ。それもハイデルフト候とエカテリーナの為人ひととなりからは考えられない悪行をしたことにされている。国王を罵っていた男も同じ口で、ハイデルフト家をも悪し様に言っていた。
 エカテリーナが王都から離れるように伝えて来たのは、こうしたことを予想してのようにレミアには思えてならなかった。
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