慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔

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第一話 追憶-1

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 ――思い出した時には手遅れでした。

 ギシッ、キーッ。

 踏み締められるたびに古ぼけた木の階段が悲鳴を上げる。その耳障りで不快な音は、聞く者の神経を逆撫でし、感情を高ぶらせるのに十分であろう。ひいては彼らが為そうとする行いから嫌悪感を振り払い、歓喜にさえ変える。
 木の階段は演出。レンガ造りの台にえてもうけられたものだ。
 段の数は一三。誰が決めたのかは判らない。いつからか一三段と決まっていた。元はそれを据える台に合わせて造られただけで、意図などされていなかったのかも知れない。だが、今や階段の上げる一二回の悲鳴は約束事にまでなっている。
 階段を上れば広場に面した台の上だ。人の背丈より少し高い台は高すぎても低すぎてもいけない。広場に立つ、より多くの民衆が台上の様子を覗うに相応ふさわしく在らねばならない。

 ギシッ、キーッ。

 階段に悲鳴を上げさせるのは、金糸銀糸の刺繍が施されたワインレッドの豪奢な衣裳に身を包んだ女。ゆっくりと、一段ずつのぼる。
 左足を上の段に上げては右足を同じ段に引き上げる。勿体ぶるかのような緩慢な動きが女の意志から程遠いことは、その苦痛に歪んだ顔から容易に知れる。
 だが、うつむき加減のその顔を目にできる者は少ない。主に階段によって拒まれる。そのためか、顔の見えない場所から見る者、姿さえ見えない場所で待ちびる者達が苛立ちまぎれに声を上げて急き立てる。
 ところがそれはまだ好意的な方である。苦痛に歪む女の顔を見られるほど近くに立つ者は、嗜虐にまみれた喜悦をその顔に浮かべる。更には恍惚に酔いしれたかの如き上擦った声で女を嘲弄ちょうろうし続ける。
 女の右脚はもう動かない。度重なる責め苦と陵辱のはざまでその力は失われた。添え木を当てた腐り掛けたそれを杖とならしめることで漸く立っている。手の爪は全て剥がされ、幾本かの指も失われている。服の下に隠れて見えない肌には、無い部分を見つける方が困難なほどにあざが刻まれている。元は背中まであった長い髪も今は短い。
 それでいて顔は綺麗なままだ。虚飾の象徴として民衆からの憎悪の全てが女に集まるよう、敢えてそうされている。乱雑に短く切られていた髪も耳下の辺りで切り揃えられている。
 女の名はエカテリーナ・ハイデルフト。数日前までは侯爵令嬢であった。

 ――もっと早く思い出していたら、運命にあらがうこともできたのに。

 エカテリーナに蘇ったのは前世の記憶である。
 幼少の昔から知らぬ筈の事柄を知っていたり、見知らぬ筈の、それでいて懐かしい光景が頭に浮かんだりしていたものの、それによって何かを思い出すまでには至らずにいた。
 切っ掛けが足りていなかったのだ。ところがその切っ掛けを、運命の振り子が振り切れた後で得てしまった。

 ――手遅れなら、いっそ思い出さなければ良かったものを。

 思い出したがためにつの口惜くちおしさも有る。知らないままなら素直に運命を受け入れられたのではないか、と思えばなげきにもなる。
 もう叶わないからこその嘆きであった。
 その元となった記憶を、エカテリーナを階段の上へと急き立てる者達の薄ら笑いが揺り起こす。
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