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3ー2章 落ち人たちの罪と罰
十五話 失せ物探しがはじまりました。
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公園に行き交う人々の視線が、私たちに刺さります。
少なくない観光客は、夏の盛りの季節だから。ここジルベルド王国では最北端にあたるローウィンの街には、湯治ばかりではなく避暑が目的で訪れる人も多いのです。
人の良いソランさんではありますが、一応公衆の面前です。ここはフォローせねばなりません。
「あの、結衣さん。ここでは何ですのでいったん、あちらのカフェに入りませんか?」
『え、あ……私』
突発的に過去を思い出し、自分でも深く考えずに平手打ちをしてしまったのでしょう。結衣さんは振り切ったその手を、慌てた風に胸の前で握りしめていました。
そしてソランさんもばつが悪そうに渋い表情……反省してくださいよ。
結衣さんにとって、何が辛いかなんて彼女にしか分からないことです。それを否定することは、傷に塩を塗り付ける行為に他ならないのです。
「下っぱさんも、そんな傷をおして出て来たのは、わざわざ結衣さんに嫌味を言うためじゃないでしょう?」
「あ、ああ……その、すまない」
結衣さんに素直に謝りましたが、結衣さんは返答せずにそっぽを向いています。
「娘……いや、離れて暮らす家族が、今日の駅馬車で着くって知らせがあったんだ。迎えに行こうとたまたま通りかかって。そしたらカズハを見つけて、悪いと思いつつも話を聞かせてもらった」
「そうですか……時間はまだありますか?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあ、ソランさんもご一緒してください」
『え?』
結衣さんの不満にお構いなしに、以前カーラさんに連れてきてもらった、小さなお店に入ります。
渋々後をついてくる二人に席についてもらい、私は店員さんに勝手に注文を入れます。
互いに正面から少しズレて座り、視線を合わせようともしない二人は、なんだか子供っぽく見えて。つい笑ってしまいます。そんな私に、呆れたような顔のソランさんと、責めるような視線をよこす結衣さん。
「ええと、とりあえず自己紹介からでいいですか?」
「ユイ・ホンダだろ、必要ない」
「いえいえ、結衣さんは知らないんですから。この人は、ソランさん。今は私の住むノエリア支部に勤務する、警備隊兵さんです」
『……別に興味ないわ』
本当に興味が無さそうに、小さく呟く結衣さん。そんな彼女の反応に釣られるように、ソランさんもまた毒づきます。いい歳をして、まったくもう!
「そういや以前から可愛くない女だった」
『なんですって! 牢屋に入れられたのよ?』
「……それは悪かった。ただ前も言ったはずだが、それがあの時はあんたにとって一番安全だったからだ」
『私の物を奪われて、どうして安全なのよ!』
激昂して立ち上がる結衣さん。
「まあまあ、落ち着いてください。彼はやさぐれたオジサンですが、根は悪い人じゃありませんので。とにかく、私と一緒にいるということは、彼とも今後は顔を合わせることになります。どうせなら誤解は早目に解いた方がいいと思いませんか?」
『誤解?』
「はい。だって、失せ物は探してみなくちゃ。まだ無くしてしまったとは、決めつけられません。それに、何もしないで諦めたらそれこそ戻ってきませんよ?」
『……あ』
「今なら、まだ探し出せるかもしれません。私にも協力させてください」
結衣さんの心配事の一つだったのでしょう。私の言葉に、泣きそうです。
「探してみて大事な写真が戻ってくれば、結衣さんだってそれが一番でしょう? どうしても見つからなかった時にこそ、警備隊を代表して彼を罵倒でも何でもしたらいいんです」
「おいまて、俺が代表にされるのか」
不満を漏らすソランさんを置いておいて。
結衣さんはそこでようやく、大切なものを取り戻せるかもしれないと気づいたようです。いえ、もしかしたらもう、破り捨てられているかもしれません。ですが何も分からないままでいたら、それこそずっと悔しいままなのです。
「失せ物も探せないだなんて、王立辺境警備隊の名が廃ると思いませんか?」
「……なんだよ、誤解ってそっちか」
「なに言ってるんですか、結衣さんにとっては紛失した私物の方が大事に決まってます。ソランさんの汚名は、ご自分で挽回してください。経験豊富な大人ですから、大丈夫ですよ!」
「……おまえなぁ。それ励ましてないだろ」
私のガッツポーズを受けて、ガックリと項垂れるソランさん。
失礼ですね、これでも応援してるんですよ。
「じゃあ、まずはうちの隊長に、探し物の特徴を言ってくれ」
「ローウィンの支部にじゃなくて?」
「隊長経由の方がいいだろう、他の支部での不始末だしな。その後の身柄の保護先に、隊長なら顔が利んじゃないのか?」
「……ああ、そうかも。じゃあ結衣さん、色々と聞かせて下さいね」
私たちの言葉に押されるように、結衣さんが頷いてくれました。
相変わらずソランさんには、警戒を解いていません。まあ、仕方がないですね。仕方がないとはいえ、若い女性が見知らぬ世界で、有無を言わさず拘束されれば……ねえ。
なので私が結衣さんからお話を伺うことに。
詳しい経緯は後ほどあらためて聞くとして、無くしたものの詳細をメモします。手帳のデザインはおおよそですが、聞きながらイラストもつけちゃいましょう。
革製のカバーに、カレンダーやメモがついた一般的なもの。そこに名刺入れや写真入れを付けていたそうです。唯一の特徴は、カバーの隅にある四つ葉のクローバーの飾りです。
結衣さんのお気に入りなのか、探し物のもう片方である携帯電話のにも、同じクローバーのマークがあるそうです。
「携帯電話かぁ、こっちはもう使えないと思いますけれど……」
『分かっているわ。放置は絶対まずいって……でも、だからこそ言うのが怖かったの。研究者の人たちが、何を知りたいのか分からなかったし、そもそも、誰も信用する気がおきなかったから』
「価値がわからない方が、まだ危険が少ない……と?」
頷く結衣さん。
ならばここは同郷のよしみとして、私がその信頼に応えねばなりません。彼女の憂いを取り除き、大切なものを取り戻すのです。
「じゃあ私物の捜索願いは、私からアルベリックさんにお願いしますね。この後、サミュエルさんの所で待ち合わせなんです」
「そうか、なら頼む。もう時間もないしな」
「そうでした。ご家族によろしくです。せっかくのお休みなんですから、楽しんでくださいね」
カフェを出るソランさんを見送って、私たちはもと来た道を戻ります。
石畳を歩きながら、結衣さんが聞いてきました。
『あの人は、休暇中だったの?』
「そうなんです。遠くで暮らしてるご家族が、この街まで来てくれたみたいですよ。それで私と同じ駅馬車に乗ってローウィンまで来たんですが……まあ前にお話しした通り魔獣に足止めをされて。お陰で皆が助かりました」
結衣さんがここローウィンまで乗ってきたのは、サミュエルさんが手配した専用馬車。しかも国軍の護衛つきです。
『襲われたって言っていたものね。あなたは魔獣を直接見たの?』
「あ、はい。もちろん……」
あれ?
もしかして結衣さんは見たことがない?
この世界に暮らしていて、しかも何度か長距離の移動をしているにもかかわらず、魔獣に一度も遭遇してないのは、かなり好運かもしれないですね。
それに……。
ソランさんが結衣さんを問答無用で連れ戻したのも、すごく幸運だったのでは? もしかしたら……そのあたりに加護の秘密もあるのかもしれません。
疑問が深まる中、私たちはサミュエルさんのいるローウィンの役場に到着しました。
警備をしている方に案内され、執務室の扉の前まで来てノブに手をかけたその時。
何かを壁に打ち付けるような、鈍い物音が部屋から聞こえてきました。
「そうか、あの要請はお前の進言か、サミュエル」
怒りを含んだその声は、なんとアルベリックさんのものです。
いったい何があったのかと、慌てて室内に入ってみれば、私の目に飛び込んできたのは……壁際で押し問答らしきをしているアルベリックさんと、サミュエルさん。
すぐに私たちが入ってきたことに気づいたのは、アルベリックさんの方。
「……カズハ?」
「な、何やってるんですか?!」
のけ反りながら口許を押さえるのは、つい。いけないものを見てしまった衝動から。
書棚を背につけて立つサミュエルさん。彼に迫り、片手を書棚につけ見下ろすアルベリックさんのその格好は、まさに。
『壁ドン……?』
そう! それです、ナイス結衣さん。
……じゃなーい!
こちらを向いているアルベリックさんの顔は険しく、そんな乙女チックなものではないのは、一目瞭然です。
よく見れば、壁につけてない方のアルベリックさんの手は、サミュエルさんの胸元を掴み、まるで締め上げるかのようです。
「おい、なんとかしろカズハ」
たまらず助けを請うなんて、サミュエルさんらしくありません。よほど切羽つまっているのでしょう。
私はアルベリックさんの側に行き、力の入ったままのその腕に触れます。すると、なぜかアルベリックさんがピクリと震えました。
「アルベリックさん? 何かあったんですか?」
「いや……何でもない」
何でもないという雰囲気ではなかったのですが、アルベリックさんはそう言うと、サミュエルさんを掴む腕から力を抜きました。
すると、その隙にとばかりに恐怖の壁ドンから脱するサミュエルさん。
「とんだとばっちりだったが、助かった」
「サミュエル、後でゆっくり聞かせてもらうからな」
「…………暴力なしでならな」
襟元を整えるサミュエルさんに、鋭い刃のような視線を刺すアルベリックさん。やっぱり何かあるんじゃないですか!
まるで怒りの矛先を移すかのように、サミュエルさんが私たちに話しかけてきます。
「ところで、遅かったな二人とも」
「え? まあ、色々とありまして……」
「何があった?」
反応が早かったのは、やはり心配性なアルベリックさん。サミュエルさんから私へと意識を移す頃には、アルベリックさんのピリッとした怒気は収まったものの、彼の表情は真剣そのものです。
確かに色々とありました。だけどまずは優先すべきと思ったのは、結衣さんのことでしょう。
「実は結衣さんと話していて、彼女の大切な私物がエーデの警備隊支部に渡ったまま、戻らない物がありました。とても彼女にとっては大事なものなんです、探して貰えませんか?」
「エーデ支部の警備隊か、それは確かか?」
アルベリックさんは、結衣さんにも確かめます。
はっきりと頷いた結衣さんを見て、アルベリックさんとサミュエルさんは直ぐに行動に移します。
ベルを鳴らして人を呼び、警備隊への伝言を伝えるよう指示をしたり、書類を用意したりと……。
「サミュエル、当時のエーデ支部の隊長は、今どこにいる?」
「ああ、回り回って今は、グロヴレの配下にあたる領事の私兵に収まってるな」
「拘束は、無理か」
「正攻法じゃ無理だな。だがいくらでも手はあるぞ」
「……急くなよ」
「当たり前だ、尻尾切りをさせるつもりはない」
なにやらきな臭い話をしてませんか、お二人さん。失せ物探しだって言いましたよね?
それに、そもそもですね。
「あの、まだ何を探すか言ってませんが?」
私の言葉に、結衣さんも控えめに同意してます。
ですが私たちの疑問をよそに、アルベリックさんとサミュエルさんは、先ほどまでの険悪な雰囲気を微塵も感じさせずこう言いました。
「詳しく聞かせろ」
アルベリックさんは厳しい顔つき、サミュエルさんは何か企む悪い顔で。
結局、なかが悪いのか良いのか、分からない二人です。
壁ドン疑惑が再び頭をもたげますので、ハモるのだけは止めてと願いつつ。結衣さんの失せ物探しが、ここに始まりました。
早く、見つかるといいな。
少なくない観光客は、夏の盛りの季節だから。ここジルベルド王国では最北端にあたるローウィンの街には、湯治ばかりではなく避暑が目的で訪れる人も多いのです。
人の良いソランさんではありますが、一応公衆の面前です。ここはフォローせねばなりません。
「あの、結衣さん。ここでは何ですのでいったん、あちらのカフェに入りませんか?」
『え、あ……私』
突発的に過去を思い出し、自分でも深く考えずに平手打ちをしてしまったのでしょう。結衣さんは振り切ったその手を、慌てた風に胸の前で握りしめていました。
そしてソランさんもばつが悪そうに渋い表情……反省してくださいよ。
結衣さんにとって、何が辛いかなんて彼女にしか分からないことです。それを否定することは、傷に塩を塗り付ける行為に他ならないのです。
「下っぱさんも、そんな傷をおして出て来たのは、わざわざ結衣さんに嫌味を言うためじゃないでしょう?」
「あ、ああ……その、すまない」
結衣さんに素直に謝りましたが、結衣さんは返答せずにそっぽを向いています。
「娘……いや、離れて暮らす家族が、今日の駅馬車で着くって知らせがあったんだ。迎えに行こうとたまたま通りかかって。そしたらカズハを見つけて、悪いと思いつつも話を聞かせてもらった」
「そうですか……時間はまだありますか?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあ、ソランさんもご一緒してください」
『え?』
結衣さんの不満にお構いなしに、以前カーラさんに連れてきてもらった、小さなお店に入ります。
渋々後をついてくる二人に席についてもらい、私は店員さんに勝手に注文を入れます。
互いに正面から少しズレて座り、視線を合わせようともしない二人は、なんだか子供っぽく見えて。つい笑ってしまいます。そんな私に、呆れたような顔のソランさんと、責めるような視線をよこす結衣さん。
「ええと、とりあえず自己紹介からでいいですか?」
「ユイ・ホンダだろ、必要ない」
「いえいえ、結衣さんは知らないんですから。この人は、ソランさん。今は私の住むノエリア支部に勤務する、警備隊兵さんです」
『……別に興味ないわ』
本当に興味が無さそうに、小さく呟く結衣さん。そんな彼女の反応に釣られるように、ソランさんもまた毒づきます。いい歳をして、まったくもう!
「そういや以前から可愛くない女だった」
『なんですって! 牢屋に入れられたのよ?』
「……それは悪かった。ただ前も言ったはずだが、それがあの時はあんたにとって一番安全だったからだ」
『私の物を奪われて、どうして安全なのよ!』
激昂して立ち上がる結衣さん。
「まあまあ、落ち着いてください。彼はやさぐれたオジサンですが、根は悪い人じゃありませんので。とにかく、私と一緒にいるということは、彼とも今後は顔を合わせることになります。どうせなら誤解は早目に解いた方がいいと思いませんか?」
『誤解?』
「はい。だって、失せ物は探してみなくちゃ。まだ無くしてしまったとは、決めつけられません。それに、何もしないで諦めたらそれこそ戻ってきませんよ?」
『……あ』
「今なら、まだ探し出せるかもしれません。私にも協力させてください」
結衣さんの心配事の一つだったのでしょう。私の言葉に、泣きそうです。
「探してみて大事な写真が戻ってくれば、結衣さんだってそれが一番でしょう? どうしても見つからなかった時にこそ、警備隊を代表して彼を罵倒でも何でもしたらいいんです」
「おいまて、俺が代表にされるのか」
不満を漏らすソランさんを置いておいて。
結衣さんはそこでようやく、大切なものを取り戻せるかもしれないと気づいたようです。いえ、もしかしたらもう、破り捨てられているかもしれません。ですが何も分からないままでいたら、それこそずっと悔しいままなのです。
「失せ物も探せないだなんて、王立辺境警備隊の名が廃ると思いませんか?」
「……なんだよ、誤解ってそっちか」
「なに言ってるんですか、結衣さんにとっては紛失した私物の方が大事に決まってます。ソランさんの汚名は、ご自分で挽回してください。経験豊富な大人ですから、大丈夫ですよ!」
「……おまえなぁ。それ励ましてないだろ」
私のガッツポーズを受けて、ガックリと項垂れるソランさん。
失礼ですね、これでも応援してるんですよ。
「じゃあ、まずはうちの隊長に、探し物の特徴を言ってくれ」
「ローウィンの支部にじゃなくて?」
「隊長経由の方がいいだろう、他の支部での不始末だしな。その後の身柄の保護先に、隊長なら顔が利んじゃないのか?」
「……ああ、そうかも。じゃあ結衣さん、色々と聞かせて下さいね」
私たちの言葉に押されるように、結衣さんが頷いてくれました。
相変わらずソランさんには、警戒を解いていません。まあ、仕方がないですね。仕方がないとはいえ、若い女性が見知らぬ世界で、有無を言わさず拘束されれば……ねえ。
なので私が結衣さんからお話を伺うことに。
詳しい経緯は後ほどあらためて聞くとして、無くしたものの詳細をメモします。手帳のデザインはおおよそですが、聞きながらイラストもつけちゃいましょう。
革製のカバーに、カレンダーやメモがついた一般的なもの。そこに名刺入れや写真入れを付けていたそうです。唯一の特徴は、カバーの隅にある四つ葉のクローバーの飾りです。
結衣さんのお気に入りなのか、探し物のもう片方である携帯電話のにも、同じクローバーのマークがあるそうです。
「携帯電話かぁ、こっちはもう使えないと思いますけれど……」
『分かっているわ。放置は絶対まずいって……でも、だからこそ言うのが怖かったの。研究者の人たちが、何を知りたいのか分からなかったし、そもそも、誰も信用する気がおきなかったから』
「価値がわからない方が、まだ危険が少ない……と?」
頷く結衣さん。
ならばここは同郷のよしみとして、私がその信頼に応えねばなりません。彼女の憂いを取り除き、大切なものを取り戻すのです。
「じゃあ私物の捜索願いは、私からアルベリックさんにお願いしますね。この後、サミュエルさんの所で待ち合わせなんです」
「そうか、なら頼む。もう時間もないしな」
「そうでした。ご家族によろしくです。せっかくのお休みなんですから、楽しんでくださいね」
カフェを出るソランさんを見送って、私たちはもと来た道を戻ります。
石畳を歩きながら、結衣さんが聞いてきました。
『あの人は、休暇中だったの?』
「そうなんです。遠くで暮らしてるご家族が、この街まで来てくれたみたいですよ。それで私と同じ駅馬車に乗ってローウィンまで来たんですが……まあ前にお話しした通り魔獣に足止めをされて。お陰で皆が助かりました」
結衣さんがここローウィンまで乗ってきたのは、サミュエルさんが手配した専用馬車。しかも国軍の護衛つきです。
『襲われたって言っていたものね。あなたは魔獣を直接見たの?』
「あ、はい。もちろん……」
あれ?
もしかして結衣さんは見たことがない?
この世界に暮らしていて、しかも何度か長距離の移動をしているにもかかわらず、魔獣に一度も遭遇してないのは、かなり好運かもしれないですね。
それに……。
ソランさんが結衣さんを問答無用で連れ戻したのも、すごく幸運だったのでは? もしかしたら……そのあたりに加護の秘密もあるのかもしれません。
疑問が深まる中、私たちはサミュエルさんのいるローウィンの役場に到着しました。
警備をしている方に案内され、執務室の扉の前まで来てノブに手をかけたその時。
何かを壁に打ち付けるような、鈍い物音が部屋から聞こえてきました。
「そうか、あの要請はお前の進言か、サミュエル」
怒りを含んだその声は、なんとアルベリックさんのものです。
いったい何があったのかと、慌てて室内に入ってみれば、私の目に飛び込んできたのは……壁際で押し問答らしきをしているアルベリックさんと、サミュエルさん。
すぐに私たちが入ってきたことに気づいたのは、アルベリックさんの方。
「……カズハ?」
「な、何やってるんですか?!」
のけ反りながら口許を押さえるのは、つい。いけないものを見てしまった衝動から。
書棚を背につけて立つサミュエルさん。彼に迫り、片手を書棚につけ見下ろすアルベリックさんのその格好は、まさに。
『壁ドン……?』
そう! それです、ナイス結衣さん。
……じゃなーい!
こちらを向いているアルベリックさんの顔は険しく、そんな乙女チックなものではないのは、一目瞭然です。
よく見れば、壁につけてない方のアルベリックさんの手は、サミュエルさんの胸元を掴み、まるで締め上げるかのようです。
「おい、なんとかしろカズハ」
たまらず助けを請うなんて、サミュエルさんらしくありません。よほど切羽つまっているのでしょう。
私はアルベリックさんの側に行き、力の入ったままのその腕に触れます。すると、なぜかアルベリックさんがピクリと震えました。
「アルベリックさん? 何かあったんですか?」
「いや……何でもない」
何でもないという雰囲気ではなかったのですが、アルベリックさんはそう言うと、サミュエルさんを掴む腕から力を抜きました。
すると、その隙にとばかりに恐怖の壁ドンから脱するサミュエルさん。
「とんだとばっちりだったが、助かった」
「サミュエル、後でゆっくり聞かせてもらうからな」
「…………暴力なしでならな」
襟元を整えるサミュエルさんに、鋭い刃のような視線を刺すアルベリックさん。やっぱり何かあるんじゃないですか!
まるで怒りの矛先を移すかのように、サミュエルさんが私たちに話しかけてきます。
「ところで、遅かったな二人とも」
「え? まあ、色々とありまして……」
「何があった?」
反応が早かったのは、やはり心配性なアルベリックさん。サミュエルさんから私へと意識を移す頃には、アルベリックさんのピリッとした怒気は収まったものの、彼の表情は真剣そのものです。
確かに色々とありました。だけどまずは優先すべきと思ったのは、結衣さんのことでしょう。
「実は結衣さんと話していて、彼女の大切な私物がエーデの警備隊支部に渡ったまま、戻らない物がありました。とても彼女にとっては大事なものなんです、探して貰えませんか?」
「エーデ支部の警備隊か、それは確かか?」
アルベリックさんは、結衣さんにも確かめます。
はっきりと頷いた結衣さんを見て、アルベリックさんとサミュエルさんは直ぐに行動に移します。
ベルを鳴らして人を呼び、警備隊への伝言を伝えるよう指示をしたり、書類を用意したりと……。
「サミュエル、当時のエーデ支部の隊長は、今どこにいる?」
「ああ、回り回って今は、グロヴレの配下にあたる領事の私兵に収まってるな」
「拘束は、無理か」
「正攻法じゃ無理だな。だがいくらでも手はあるぞ」
「……急くなよ」
「当たり前だ、尻尾切りをさせるつもりはない」
なにやらきな臭い話をしてませんか、お二人さん。失せ物探しだって言いましたよね?
それに、そもそもですね。
「あの、まだ何を探すか言ってませんが?」
私の言葉に、結衣さんも控えめに同意してます。
ですが私たちの疑問をよそに、アルベリックさんとサミュエルさんは、先ほどまでの険悪な雰囲気を微塵も感じさせずこう言いました。
「詳しく聞かせろ」
アルベリックさんは厳しい顔つき、サミュエルさんは何か企む悪い顔で。
結局、なかが悪いのか良いのか、分からない二人です。
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