ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人

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新七幕 魔王の瞳に映る世界(1)

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 自室でロックウィーナを眠らせた俺は、代わりに彼女の部屋のベッドを借りて朝を迎えた。
 窓を開けると朝のひんやりとした外気が部屋へ流れ込み、寝起きの頬を無造作に撫でた。

(ここに長く居れば、未練が残るか)

 部下との戦いは正午過ぎだ。まだ時は有る。しかし俺はすぐに冒険者ギルドから離れることを選んだ。

「風の衣よ、我が翼となれ」

 言霊ことだまによって発生した小さな風のうずが、少年である俺の身体を包み込みフワリと浮かせた。そして俺は開け放たれた窓から外へ出た。

「じゃあな。エリー、その他大勢、……それとロックウィーナ」

 俺の口から出たのは素っ気ない別れの言葉だった。意識してそうした。
 そして後ろを振り返ることなく大空へ飛翔した。

 最終日、何処に居ても何をしてもかつての部下は俺を見つける。ならば出来得る限り他者の被害の少ない場所で戦おう。俺は魔王らしからぬ慈愛の気持ちで眼下に広がる大地を見た。
 住居である魔王城でラストボスよろしく部下を迎え討とうとも考えたが、それでは隣接するディーザを治めるエリアスの父親を巻き込むことになる。そうなると今は自由にしているエリアスにも帰還命令が下るだろう。

(エリー、あの方向音痴のガキが……。アイツが俺の前に現れてから全てが狂い出したな)

 俺を魔族だと勘違いする者もいるが、俺はれっきとした人間である。自慢となるが元々は国の宝と称される天才魔術師だった。
 四百五十年前、若干30歳で地水火風の魔法原理を解明した俺は賢者と呼ばれた。強い魔力が常に循環する身体の細胞は再生を繰り返し、老いという呪縛と俺は無縁でいられた。
 知的好奇心が旺盛な俺にこの国は狭かった。更なる知識を求めて、別の大陸へ渡ろうと考えるようになるのは自然のことだった。

 しかし……愚か者が邪魔をした。高い能力を持った俺を他国に奪われると危惧した当時の国王と大臣達が、伯爵位と領地を望まぬ俺へ無理矢理に授与し、国内に軟禁したのだった。
 領主の仕事をこなし、魔導アカデミーにも貢献しつつ、俺は自由を求めて国と長い年月交渉し続けた。国王や大臣が代替わりをしてもずっと。百五十年間も。だがその願いが叶うことは無かった。
 知識を利用するだけ利用して、自分を飼い殺しにしようとする故国に俺は失望した。人を憎むようになった賢者は心を闇に侵された。

 そして三百年前、俺は国に対してついに反旗をひるがえしたのだ。

 俺の配下には人間も居るが、主な戦力は魔物達だった。彼らは問答無用で自分達を排除しようとする人類へ、根深い恨みを抱いていた。そして強き者こそ正義という単純なルールを持つ彼らは俺に従った。
 魔物の軍団を率いる俺は、人間達から魔王と呼ばれた。
 国は魔王の脅威を周辺諸国へ訴え、同盟国と共に魔王の軍勢と戦った。

 二年間続いた大戦は魔族、人類、両陣営に甚大な被害をもたらした。痛み分けということで休戦協定が結ばれた。人間側に攻め込まないことを条件に、俺の領地は独立自治区として認められた。
 もっとも休戦協定は俺にとって、崩れた態勢を整える為の時間稼ぎに過ぎなかった。俺と生き残った部下達は密かに力を蓄え、再び仲間を増やして、今度は数ヶ国ではなく全世界を相手にしていくさを起こすつもりだった。
 数百年後……。人類が油断し切ったその時に。

 そんな俺の前に幼いエリアスが現れた。病的な方向音痴でありながら無駄に行動力の有るアイツは、護衛の目を盗んで散歩に出た挙句に、隣区ディーザとの境界線を越えて魔王の独立自治区へ迷い込んできたのだ。

(この上なく迷惑な客人だったな)

 当時のエリアスは8歳。魔物だらけの俺様の領地に勝手に入り込んでおきながら、怖い怖いと泣きわめいて魔物を次々に護身用の長剣でぶった斬っていった。こんな幼い内からアイツは一流の剣士となる片鱗へんりんを見せていた。魔物からしたら怖いのは貴様の方だ。

 部下から報告を受けた俺は頭を抱えた。侵入者はよりにもよって俺達を監視しているディーザ辺境伯の末息子。人類への戦いの準備がもう少しで整うという大事な局面で、大きな騒ぎを起こしたくなかったのだ。
 それ以上に魔王が8歳のガキを見せしめに殺したなどと、人間達に思われるのはプライドが許さなかった。
 なので迷子の馬鹿をディーザ領へ返すことにした。穏便に。

 シナリオはこうだ。
 魔王の元で下働きをしている人間の下男Aが、偶然迷い込んだエリアスを見つける。下男Aは金の為に奉公しているだけで、特に人間に対して憎しみは持っていないので、エリアスを可哀想に思いディーザ領まで道案内してあげるというものだ。

 しかし困ったことに俺の部下は脳まで筋肉な好戦的な奴らばかりで、繊細な演技ができるとは到底思えなかった。絶対にやらかす嫌な未来が見えた。
 だから魔王である俺様が自ら出向き、下男Aの役を演じることになったのだ。
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