透明の「扉」を開けて

美黎

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5の扉 ラピスグラウンド

衝突と消滅

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「どうしたハーシェル?こんな朝から。」

白々しいフェアバンクスに付き合う程暇では無いのだが仕方が無い。
少しでも手掛かりと、人手が欲しい。

その為にはうまく彼を乗せなくてはならない。

いつもの応接室に通された私は内心の焦りを隠す様に綺麗な笑顔を浮かべる。

なんたって神父だからな。それだけは得意だ。


自分が教会にいる時にみすみすとティラナを拐われた。
あの時。約束した筈だ。
本当に違う手なのか?もしフェアバンクスの指示なら?

駄目だ、今はその考えは捨てて、娘を拐われた可哀想で馬鹿な男を演じなくてはいけない。
ヨルを押さえておく為にも、森への捜索は別の手が欲しい。

「実は……………。」

話し始めた私の顔を興味深そうにじっと見ている。感情的になり過ぎてもいけない。
淡々とし過ぎてもいけない。

冷静に、演じるのだ。


「それは本当か?!しかし…………いや、解った捜索を出す。とりあえず今日すぐに動かせるのは8人だ。連れて行け。」
「いや、とりあえずここからすぐ出すか…………。一度家に戻るのだろう?」

私の事まで気遣うなんて、逆に怖いな。

少し驚いているうちにフェアバンクスはグロッタに指示を出す。
グロッタが出て行くと、少し肩の力を抜いて深く椅子に座り込んだフェアバンクス。

少し、顔色が悪い様に見えた。
少し前から具合が良くなさそうだが大丈夫だろうか。

「叔父上、大丈夫ですか?今度何か調合してお持ちしますか?」

「いや…………わたしも歳かも知れん。最近ちょっと頭痛がな。しかし心配いらん。すぐに治る。それよりハーシェル。娘の事だ。」

いつになく真剣な瞳で見つめられる。

普段より幾らか力なく見えるそのグレーの瞳は少し含みが見えた。
気になったが、今はそれどころじゃ無い。
とりあえず教会へ戻らなければ。

「それにしても、叔父上が知らないとなると、どこの手の者でしょうね?完全に本家とは関係無いとも思えないんですが、しかし…………。」

悩むふりをしてチラリと見る。

そのフェアバンクスの顔を見た時、私は悟った。

本当に彼は関係ない、それだけでなく本家に知られる事を恐れている。

しかしその一瞬の表情はグロッタの入室によって消えた。
いつもの彼の、感じの良い笑顔に戻っている。

思わぬ収穫を得て取り急ぎ挨拶をして、屋敷を出る。もう家の者は捜索に向かっている様だ。

まだ昼前。
さて教会へ戻ってこれからの作戦を立て直す必要がある。
フェアバンクスの敵次第では、こちらの身の振り方が変わる。

現状を打ち破る糸口が見つかった事が口元を緩めたが、ティラナの事を考えるとまたきつく結ぶ。

必ず。今度は助ける。
見守っていてくれ、レイテ。














気付いていた。

周りの気配。少しの足音。

私達だけじゃない。誰か、いる。

ベイルートに手を掴まれたまま、私は感覚を広げて耳を澄ます。

味方か、敵か。

でも足音が少し雑だ。
あまり期待しないでおこう。


何故か、ベイルートは私の手を掴んだままあいつが見える位置で立ち止まったままだ。

それをいい事に、周りの気配に気を配りながらあいつの動きに注視する。
どうやら何かに夢中になっていて、こちらに気がついていない様だ。

試しにベイルートをちょっと引っ張ってみる。
村側に。 
すると、意外とそのまま引っ張れる。

よく分からないが都合はいいので少しずつ私は泉の側に移動していた。
ちょっとずつ、ちょっとずつ。

しかしあいつの目の端に映るかどうかの所でも、反応は無い。

ん?何かおかしい?

そのままじっとあいつの何かしているだろう所を見る。
地面に何か掘っているかと思ったのだが、どうやら違う。
地面を慣らしているような動きをしていて、その上にある空間が揺ら揺らと揺れているのが判る。

なんだろう?あれは。

目を凝らしても、見えない。
ただ、何となく空間が歪んで揺らめいている様に見えるのだ。

しかし私が揺らぎに注目している間。

徐々に後ろに近づく影に、全く気が付いていなかった。


「きゃあ!」

後ろから急に羽交い締めにされベイルートから引き剥がされる。

なに?え?まずい!
誰?

そのまま鈍い動きで後ろに引きずられる時、無理矢理首を捻って後ろを見る。
私を捕らえているのは何故か、あいつだ。

怖い!

瞬間意味が分からなくなって急に恐怖に支配される。

「ベイルートさん!!」

こちらを見ているベイルートの目はいつものグレーでは無く、黒い。
私の言葉に反応する事なくただ、立っているだけだ。
それどころか私の声に反応して、蹲み込んでいた方のあいつもこちらに向かってくる。

ウソ。怖い!

今は気焔もいない。

どうする?きっとベイルートは惑わせのハーブを使われている。
私には今攻撃ができるものがない。
考えろ。何か、何か。

何かないか?!

その瞬間、物凄い、重く大きな音がした。

一瞬の後、背中にドンと凄い衝撃がきて私を捕らえているあいつが手を緩める。
咄嗟に蹲み込んで、その手を抜ける。

「ザフラ!」

振り返るとザフラがあいつと格闘していた。
私の事は捕まえているだけだったあいつも、ザフラには抵抗し、攻撃している。

なに?どうなってるの??

そのザフラの後ろから村人が数人走って来るのが見える。

前に気焔に飛ばされてた人達!
村人が一人ザフラの加勢に入る。

ザフラはかなり強くて、直ぐに持ち直すと二人であいつを抑え込む。
残りの村人二人がもう一人のあいつと私の間に立って、あいつを見ている。
同じ顔が二つあるので村人も戸惑っていた。
しかし危険は感じるのだろう、直ぐに私を守る位置に立ってくれた。

とりあえずは助かったと判断した私は、ベイルートに目をやる。

相変わらず虚ろに立つ彼を見て、私は藍に願う。

「藍。人も、出来るよね?」

「任せて。」

意思を汲んだ藍が石を光らせる。

直ぐそばの泉の水に波紋が落ち波が出来ると、その波が大小の滴となりベイルートに飛ぶ。

ベイルートは泉の水に包まれた。

その綺麗な水の繭を確認すると、私は辺りに目を配る。

さっきと状況は変わっていないが、木々の間に人影が見えた。
誰だろう?まさか…………。

「待て!」「捕まえろ、そいつおかしいぞ!」

怒鳴り声と共に私たちの前に飛び出してきたのはあいつと、知らない男達。
しかも、集団の。

急な敵の増加に全く状況の読めない私は、とにかく安全であろう泉を背にして彼らから離れた所に陣取る。
とは言っても黒い穴を挟んで直ぐ反対側だ。

総勢十数人。
何人かのあいつと、それを追いかける男達。

もんどり打って倒れるあいつを押さえ掛かる男、あいつに掴みかかられ殴られる男を助けようと背後から掴み掛かる男。
数人のあいつと、それを捕まえようとする男達なのだろう、入り乱れているが乱闘は人数の多い男達優勢に見える。

私の側には髪色が玉虫に戻って行くベイルート、睨み合うあいつと村人たち、ザフラと仲間があいつを縛っている様子が見える。

このまま行けばあいつを捕らえられるはず。
向こう側の男達が敵か味方か分からないが、きっと屋敷の人間ではないか。
それ以外森であいつを捕らえようとする者が思いつかない。

何にせよ今現時点での目的は同じ。

このまま押さえ込め!


しかしベイルートの髪色がもう少しで全て戻る、という頃、私の目が捉えたのは恐ろしい光景だった。


「遅いぞ。アンティル何をしている?」

混乱した森に似つかわしくない、静かな声。

ベイルートを見る私の視線の先に、信じられないものが映る。


黒い、穴に浮かぶ、人。


あの黒い穴の上から人間が出てきている。

そう、出てきているのだ。段々と。

肩までだった見える部分が、既に足までになった。黒い穴に立っているように見えるその男は、何故か見た事がある気がする。

暗い穴に似つかわしくない明るい赤茶の柔らかそうな髪に、茶の瞳。
あの瞳、見覚えがある。

何だかとても気になって考え込んでいると「アホ!」と急に手を引かれ頭を抑えられた。

蹲み込んだ私はそれがベイルートの手である事が判り、すぐさま見上げるとそこにはいつもの綺麗な髪をしたグレーの瞳がある。

「ベイルートさん!」

直ぐに私から目を離し混乱した辺りの状況を把握しようとしているベイルートに、正常な判断が戻った事が解った。
そして、辺りの状況が一変している事も。


穴から男が出てきた事であいつが力を増した様に見える。

各所で優勢だった村人や男達が押され始めた。
怪我をして倒れる者、殴り飛ばされる者。
さっきまでと全く、違う。

ザフラを振り返ると、縛っていた縄を解かれ逃げられないように抑え込むので精一杯といった様子だ。

まずい。

私が視線を戻したその時、あいつが村人の一人を穴に落とした。
まるで物のように、捨てるように。

「あ!」

全身が黒に飲まれるのは瞬時だった。
直ぐに何事も無かったようにもう一人の村人を追うあいつ。
ザフラはそれを見て押さえ込んでいるもう一人にそちらを助けるように叫んだ。
しかし二対一でも今はあいつが優勢だ。

このままではまずい。

一方反対側でも穴に落とされる男達が出始めた。

多分人数は八対四だった筈なのに、五対四になっている。
二人がかりでもキツイのに完全に劣勢に回った。

どうする?!

「さっさとこいつら全てブラックホールに入れろ。ああ、そこの二人はちゃんと別口に送るようにしてあるから大丈夫だ。これは俺の、特製ブラックホールだからな。」

そう話す穴の上にいる男が見ているのは、私達だ。

二人、という事は?私?ベイルート?

いつの間にかザフラを除いて村人はあいつに倒され、草の上に倒れているのが見える。
あいつが近づいて来る。

ザフラは「女神!」と叫んでいるが、もう一人のあいつを抑えているだけでかなりキツそうだ。

そしてあいつが私の前に立とうとした時、蹲み込んでいる私の前に壁のようにベイルートが立つと、何かをあいつに向け弾いた。

遮られた、ジャケットの向こうで響く鋭い爆発音。

大きな音がして煙が出ると共に黒い石が下に落ちたのが見える。

ベイルートは衝撃から守るように私にジャケットをかけると、穴の男に向き直った。

「ああ。流石の色だな。これならいいモノが作れそうだな?」

掛けられたジャケットの隙間から見えた、その光景。

黒い光がベイルートへ向かって飛ぶと、大きくベイルートを飲み込み、そして、玉虫色の石がその場に落ちた。

一瞬だった。


え?

え?ベイルートさん?どこ?

信じられない光景に目を見張るが邪魔なものが溢れてきて、よく見えない。

違う、泣いたら負けだ。
きっと、大丈夫。

しかしそれは所詮私の希望だった。

立ち上がった私が見たのは、現実。


目の前に落ちている玉虫色の石と、穴の上の男がどんどん向こうの男達を黒い光で飲み込む光景。

既に戦意を喪失した男達は逃げ惑っているが、黒い光からは何者も逃げられなかった。

どんどん飲み込まれて行く男達にどうする事も、出来ない。

どうしよう。

駄目だ。

私は何も出来ない。

チラリと気焔が浮かぶ。

いや駄目。もし呼んで気焔が来てしまったら、ティラナが危ない。

ティラナ…………?

その時、気付いた。
穴の上の男を見た時の違和感。

似ている。

この人、ティラナに似てるんだ。

何故?
でも今はそんな事を考えている状況では無い。

男達はどんどん黒い光に消されるか、あいつに穴に落とされて行く。
もうすぐ私の番だろう。

ザフラが抑えているあいつもいつ抜け出すか分からない。
時間の問題だ。


振り向きざま髪が揺れる。
ぐちゃぐちゃで、解けた髪を見て無意識に髪留めに手をやった。

そうだ。

呼べと言われていた。

呼んでもいいかな?
いいよね?


お願い。



シン。



その時瞬時に私の目の前に現れたのは、屋敷の塔で見た大きな白い方の彼だった。

穴の男と私の間に立ち、背を向けているので顔は、見えない。
シンは少し辺りの様子を見渡すと、チラリと私を振り返り頷いた。

赤い瞳を見て、呼んで良かったのだと安堵する。

「これはこれは。いい材料が増えたのは嬉しいが、何処から湧いた?こんな逸材が、ラピスにいたのか?」

急に穴の上の男が楽しそうに喋り出した。

本当に楽しそうにシンを見ている。


何か。今のうちに何かないか?

シンに気を取られているうちに私ができる事。
シンの陰に隠れた私はこの状況を脱するものがないか、周りを見渡す。

ふと、さっきあいつが蹲み込んでいた辺りの靄が気になった。

あれ、何だろうそういえば。
大事な物だよね?きっと。

「ねぇ。あれ。あれ浄化したら見えないかな?何か隠されてると思わない?」

「そうね。可能性としてはあるでしょうね。何かがあそこにある事は確実だもの。」

「居りますぞ。あそこに。」
「え?誰が?」
「気焔よ。とりあえず、やるわよ?」

気焔がいる、という事はティラナもいる筈だ。

藍の言葉に頷いてお願いする。
腕輪を上げるとまた石が光を帯び、水が動き出した。

「藍、急ぎで!」

その言葉に応えるように大量の水が舞い上がり、思わず手で頭を覆う。


「何をしている!」

やば。

静かだった男の声が怒りを含んだ途端、黒い光が飛んできたのが分かった。

その瞬間、物凄い光が視界を覆ったが衝撃は無い。
頭を抱えた状態のまま目を瞑っていた私は目を開けるとシンが衝撃を防いでくれたのが分かる。
片手で私を抱え、右手を出していた。

シンの手の先に何となく膜のようなものがあるのが、分かる。

「流石だな。でもこれはどうかな?」

鼻で笑いながら余裕そうに言う。

そして男が大きな黒い光を更にどんどん大きくしていく。
大人一人の大きさを優に越え、辺りの木も飲み込みそうな大きさ。

恐ろしい程大きくなってきた黒い塊を見て私は唾を飲み込み、シンの袖をぎゅっと握った。


これは、まずい。


「依る!」

「お姉ちゃん!!」

その声と黒い光は多分同時だった。


私は声がした方を咄嗟に振り向き叫んでいた。

「ティラナ!気焔!」

しかし既に大きな黒い塊に飲み込まれ周囲は何も見えない。
黒い塊の中はさながら嵐の様で飛ばされない様、必死にシンに掴まりながら立つ。

何もない闇の中で風だけが強烈に吹き荒ぶ。

息をするのも苦しい。

そしてその黒の中は風だけでなく、更に押しつぶされる様な圧が加わり始めた。

もの凄い、風と、圧と、闇が迫る。

…………まずい、どうしよう、苦しい。

「ゔっ」

私の呻き声が聞こえたのか、シンが顔にかかる髪を除けて私の瞳を見る。

今の彼の瞳はただただ赤くて真っ直ぐ私を見つめていて、そして私は彼が見せた一瞬の顔の意味に気が付かなかった。
私を抱き寄せる腕に力が篭った、後。


「大丈夫、また。」

彼は私の目を見たままそう言って、私達は白に包まれた。





目が眩む様な白い光の後、私は周囲が見えなかった。
本当に目が眩んだ様だ。


辺りが騒がしいのが分かってきて、気焔に頬を挟まれている状況も分かってきた。

何故こんな事になっているのだろう?



「依る?」

段々と焦点がハッキリしてきていつもの気焔の顔に安堵すると、「ティラナ?」と頬の手を外しながら辺りを見渡す。

どこ?

「お姉ちゃん!」

飛び込んできたティラナを受け止め、自分が座り込んでいる事に気付く。
お陰で倒れずに済んだ。

ティラナのフワフワした髪を撫でながら、無事を堪能する。



あれ?シンは?穴の男?

ティラナと抱き合いながら視線だけを彷徨わせる。

その時、目の前の草の上に落ちた石と、そのもう少し向こうに倒れている男が見えた。


え?

倒れている男はどう見てもシンではない。

多分、あの穴の男。

シンは?

まさか。ね?


まさかと思いながらもティラナと離れ、ゆっくりとその石を拾う。


青い、石。
 

深い海の様な青が、動かすとキラリと光った。
そのまま立ち上がり穴の男の所へ向かった。


まさか?

この男、シンまで?

沸沸と身体の中の何かが湧き上がり、熱くなる。


「ねぇ。ねえってば!生きてるんでしょう?あなたは。」

そこだけぽっかりと黒くなった地面に横たわる男。

うつ伏せに倒れたまま、顔だけはこちらを向いているので生きていることが分かる。
蹴り飛ばしたくなるのを我慢して、男を見る。

ティラナに似た髪色に瞳。
こうして見ると本当に似ている。

だが、そんな事はどうでもいい。
どうでもいいんだよ。

解りたくないけど私には解っていた。
青の石がシンだと。

だからこそこいつを、こいつを!
どうする?殺す?
できる。多分。
だって今の私に出来ないことなんて、何もない。何もないんだ。
こんな転がっている奴、さっさと消して仕舞えばいい。
でも出来ないんだ。出来ない。

…………それが分かるから…何も見えなくなる。

案の定溢れてきた涙で男が見えなくなる。


悔しい。


青い石を握りしめて泣くしかできないなんて。

何で?どうしてこうなったの?
私のせい?私がここに来たから?
こいつ。
シンを殺した。
ベイルートも殺した。

やっぱり死ぬべきじゃない?


生かしておいて、どうする?



改めて男をじっと見る。

力なく倒れている男はさっきまでの姿と、変わっていた。
片目の周りを除いて他が全て黒い肌に変化している。
大きな痣に覆われたような、姿。
手のひらの石を見る。


どうして?
シンは石なのにこいつは黒くなっただけ?


割りに合わない。

「そうだ。殺せ。」

「は?」

「憎いだろう?お前の男を石にし、仲間も石にした。他の奴も皆ブラックホールで塵になった。俺を殺す理由には十分だろう。ヤれよ。」

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私は石たちに話しかけると「そういう事は吾輩だ。」と気焔がやって来る。

「お主、なかなか怖いの。」

一言余計だ。

気焔が黄色の炎で男を縛るのを確認すると、やっと、私は周りを見渡した。

でも、ティラナとザフラしか見えない。
他に誰も、いない。



「全く。怒ったり泣いたり凄んだり、忙しいの。」

「ベイルートさんは?」

泣いている私の頭をポンポンしながら、もう一方の手を私に差し出す。

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こんな筈じゃなかったのに。


またジロリと黒い男を睨むと、挑発するような目をしていたので無視する事にした。

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ザフラに声を掛け、一緒に残っているものを探す。

辺りの草むらを探すと、幸いあいつに飛ばされた村の人が2人、倒れているのが見つかった。
でも、あと2人は黒い穴に入れられた筈だ。

その2人をザフラに任せると、多分屋敷の男達のいた方を確認する。
こちらも誰もいない。


「依る!黒い石には触るなよ?」

途中で気焔から注意が飛んできて、あいつはみんな石に戻ったのだと分かる。
一体何人居たんだろう?



私は粗方確認すると、男の顔が見えないようにティラナのそばに移動する。

正直イラッとしたら踏んで殺してしまいたくなるからだ。

ただ、自分にはできない事も分かっている。

どんな奴でも、どんなに大切な人を殺されても、多分私はそいつを殺せないだろう。

だってこいつの頭を踏みつぶした感触は一生私を悩ませるに違いない。

何故こいつの為にそんな気持ちが悪い思いをしなければならない?
それは却下だ。

私以外が手を下す?
悪くはない。
だってここでこいつを殺しても、誰も私を咎める人は、いない。
警察にも捕まらない。


でも、自分自身は知っている。

解っている。

自分はずっと背負うのだ、人を殺した、という現実を。


どんなに腐った奴だとしても、殺すだけの理由があっても、その事実は私を縛るだろう。

その苦しみを、こいつの為に負うなんてごめんだ。

「殺せ」というあいつの言い分を聞くのもムカつく。
何故あいつの言う言葉を私が聞かなければならない?
2人を石にして、人を躊躇いなく消すような奴。

自分だけ楽に死ねると思っているなら、めでたいわ。

あいつの為じゃない。

全部私の為なのだ。


あいつにとって、一番嫌な、屈辱的な方法で償いをさせる。
死んで逃げるなんて、楽な道は選ばせない。



そう考えるといくらかスッキリした。
さて、何をさせてやろうか。


気焔が黒い石を集めているのをボーッと見ながら、頭上を回っている「目」と「目耳」が増えてきている事に、何となく気が付いていた。










「これはまた…………。」

最初に到着したのはウイントフークだ。

辺りを見渡し黒い地面と男に目をやると、顔が厳しくなった。
いつものような茶化す感じはなく、気焔とザフラと話をしている。

気焔がウイントフークの持ってきた布に黒い石を入れていると、「ティラナ!」と声が聞こえてきた。
姿はまだ見えないが、ハーシェルだろう。

どこから叫んでいるんだろう?

木々の間から姿が見えると、ティラナも走り出す。

この光景前も見たな…………て言うか?

もしかすると、もしかしない??

私は獲物を見つけた。


黒い男に目をやる。
きっと側から見たら私の瞳はキラリとしたに違いない。

多分、いや絶対そうだ。

詳細は分からないけど、この人は多分初めからティラナを狙っていたに違いない。

だって、そっくりだもん。


嫌な笑みを浮かべながら、男の前に立つ。

少し回復しているのか、男は縛られながらも木にもたれて座らされていた。
話しやすそうで良かった。
嫌がる顔も、よく見えそうだ。


顔を見るとまたすり潰してやりたい衝動に駆られるが、それを抑え込む。

駄目だ。
一時の感情でやったら後悔する。

スッキリするのなんて、一瞬だけ。

そう、落ち着け。


私は目を瞑り自分をゆっくり落ち着かせる。

振り向くと熱い抱擁は終わったのか、ハーシェルとティラナがこちらへ歩いて来る。

「ヨル!また勝手に出掛けて!」と小言を言っているいつものハーシェルにホッとして、でも後でまた怒られるだろうな…とチラリと思う。

まぁでも先にこの男の処遇を決めてやろう。


「ハーシェルさん!ティラナ!ちょっとこっちに来てくれますか?」

少し気焔に目をやって、拘束が十分か確認すると頷いているから大丈夫だろう。
あの2人が近づいて危険があるといけない。

男の力がかなり強いのは間違いないが、今は多分元の状態とは違う筈だ。
黒くなった肌と気焔に縛られている事からそう判断できる。


ハーシェルとティラナを男の前に並ばせると、ハーシェルがやはり男の顔を見て驚いているのが分かる。

だよね?

だって本当に似ているのだ。
悪いけど、ハーシェルさんより似てるもんね。
言えないけど。


確かにこうやって近くに並ぶと本当に2人は似ていた。 髪の色は男の方が薄いが、色と瞳は同じ。
顔立ちも似ていて、フワフワの髪も一緒。

ティラナを男にして大人にしたらこうだよね?というくらい。
そうしてじっくりハーシェルに確認させた後、私は徐ろに、こう言った。

「この人が今回の主犯です。あいつを使ってティラナを拐い、ベイルートさんを石にして、シンも石に、しました。」

出来るだけ、淡々と、私の感情が漏れないように。

そこまで言って、全員の反応を見る。

ハーシェルは怖い顔はしているが、複雑な表情が見て取れる。それはそうだろう。

明らかにこの男は血縁者だ。
否定しようが無い程、似ている。

ティラナは怯えた表情。
石にした、と私が言ったのでかなり怖がっている。
多分似ていると、自分では気付いていないだろう。

男は。目を伏せていた。
 

だよね。当たりだ。

この男がティラナに危害を加えていない事からして、きっと自分の元に連れて行こうとしただけだと踏んだ私は、こうしてティラナの前にこの男の罪を晒す事にした。

殺されるなんて逃げ道、与える訳がない。

こうして段々自分の罪を、重石を、背負うがいい。

意地悪な顔になっているであろう私は少し胸がすいたので、更に丸投げする為ちょっと辺りの様子を確認する事にした。

「ハーシェルさん、お願いしますね。」

私の瞳を見て少し戸惑ったハーシェルだが、多分察してくれたのだろう、「ああ。」と言って男を見て考えている。

男は私がいない方が、堪えるだろう。
大丈夫そうだとハーシェルの様子を見て、私はウイントフーク側に歩いて行った。





「それは仕方が無いな…………。後でヨルに頼んで無理なら諦めよう。」

「はい!どうしました?」

「お前…………大丈夫か?」

珍しくウイントフークが心配してくれるが、今のところ元気だ。
逆にハイになっているに違いない。

そう、この元気が続いているうちに事後処理を済ませたいのだ。

「この黒い部分、黒いだけならいいが上を歩いたりして影響があるといけない。お前浄化の石を持ってるよな?」

「そういう事ですね。多分、大丈夫じゃないでしょうか。」

ザフラは先に気が付いた仲間を連れて村に帰ったと気焔が言う。

良かった、後で様子を見に行かなければいけないが、ひとまず安心だろう。
ウイントフークと気焔しかいないので、気兼ねなく藍に頼んで水を動かす。

さっき靄を浄化して、ちょっとコツを掴んだ気がする。

「じゃああそこ全部ね。結構大きいけど呪文いる?」

「多分大丈夫。さっきも平気だったでしょう?扱える大きさが増えてるのよ。」

藍が請け負ってくれて、大量の水が運ばれ黒い地面を潤していく。


大きなシャボン玉のような水が沢山飛んで、キラキラして綺麗だ。

それがどんどん黒い土地に吸い込まれ、黒から茶になり少し緑になり、そのまま浅い池のようになってくる。

沢山のキラキラの水の玉。

沢山、沢山飛ばしてみんな綺麗になれ。


そしてこのまま、
この負の感情も、
悪い事も、
嫌な事も、洗い流して?

私も…………私の中の汚いものも、
全部、
全部、
洗い流してくれる………?


思いに任せて、水の玉を飛ばす。




もういっそ森全部洗ってやろうかと考え出す頃、藍に止められた。

「もういいんじゃない?」

「そう?」


そうして結果的に、第二の森の恵みになった小さな、池。

澄んだ水を湛え、小さな魚もいる。
水底の藻を眺めながらまた瞼がじんわりしてきたのでみんなの所に戻る。

まだだ。

まだ、駄目。

「後はどうしますか?」
「後はあいつぐらいだろう。」

ウイントフークが指したのは黒い男だ。

「そうですね。」と言いながら話は終わったかなぁ、と考える。

できればあっちで素性が明らかになってから色々聞きたい。
ウイントフークの介入は、もう少し避けたい。

あ、そういえば。

「ねぇ。気焔はあの靄の中にいたの?どうやって出れた訳?ティラナと一緒でどうしてた?」

「それなんだが。多分あやつのまじないの中に入れられたのだろう。吾輩1人ならぶち壊して出られるが、ティラナが一緒だったからな。そもそも害を加えないよう言ってあったのだろう。吾輩はほぼ見守っておったぞ。」

「やっぱり。お兄さんじゃないだろうしね…………誰だろう??」

「そのまじないについても詳しく聞かねばならん。行くぞ?」

あなたはそれ聞きたいだけでしょうがっ。

「ちょっと、素性がハッキリしてあいつが罪悪感マシマシでティラナに嫌われる事を後悔するまで待ってくださいよっ!」

小声でウイントフークを掴んで言うと「そんな事は後でやれ。」とスタスタ行ってしまった。


も~、そこが大事なのに!あんな奴可愛いティラナに嫌われてしまえ!

私が「あ~」と歩いて行くウイントフークに手を伸ばしていると、ガシッとその腕を掴まれ、気焔に向き直しさせられる。


気をつけの姿勢で両腕を抑えられ、あの金の瞳を目の前に持ってきて、言う。

「今回は命令だから行ったが、二度とこの様な事はしてくれるなよ?」

ひいっ。

「はいっ。」

あの怖い瞳でそう言われちょっと縮んだが、気焔からしてみれば死ぬ程ヤキモキしたらしい。



ブツブツ言われながらハーシェル達の所へ合流する。

「だからと言って…………。」
「ほう。それで?どうやって作った?」

「…………。紙には残していない。」

ちょっと。ウイントフークさん?

話が全然ズレてるし!まぁ分かってたけどね?
あの人入れたら、こうなるのは。

だからもうちょっと待って欲しかったのに!!



気焔と顔を見合わせてため息を吐くと、気焔は混ざろうとする私を少し引っ張った。

「いいのか?消す事も出来るぞ?」

魅力的な、お申し出だけど。


首を振る私に「許すのか?」と私の手を指して言う。

手にはまだ、2人の石が握られている。
私は手を広げずにギュッと、握り込んだ。

「許す訳じゃないし、あいつの為でもないんだよ。私の為なの。それなら………いいでしょう?」

気焔の服を握って、言う。

シンも、石になった。
気焔は、許してくれるだろうか。


私の目を見て、仕方がなさそうに気焔は手で涙を拭う。

それでまたどんどん溢れ出す涙に、少し笑って、「仕方が無いな。」と抱き締めてくれたので、また涙が止まらなくなった。





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