透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

部屋を整えよう

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フンフフ~ン♫
フフンフ~♪

「ちょっと。声に出る前に止めなさいよ?」
「あ、ごめん。」

足取りも軽く部屋を出た私は、ベイルートの説明通りに階段を下り移動している所だ。
さっきから、無意識にスキップしそうになって思い止まって、またスキップしそうになる、という事を繰り返している私は朝から見るとかなり危なっかしい様だ。

「やっぱり気焔について来てもらった方が良かったんじゃな~い?」

そう言う朝に、ベイルートが返す。

「いや。あれはもうネイアという教育係の括りなんだ。あまりべったりしていると怪しまれるだろう。家の色も違うしな。しかも銀と青だからな…。」
「あ。あの、結局家の色って銀と?青と、あと何色があるんでしたっけ?」

私はラピスで完全に話半分だった自分を少しだけ反省しつつ、ベイルートに訊ねる。いや、人間必要に駆られないと何事も覚えないといういい例だよね?うん。

「シャットとそう変わらん。金…はまぁ今は無い事になってるし、銀、白、黄、茶、赤、青。まず、家の色がローブの色だ。」

え?まず?まだあるの??
嫌な予感がする。まぁ、色だったらすぐ覚えられるけど…。そういえば、なんだか知らない単語が出て来てたんだ。

「お前のローブにはラインがあるだろう?それが力の色だ。見習いはラインのあるローブ。これはまたウィールと同じだから覚えやすい。そしてあのミストラスはネイアのボスで、気焔は新人だ。そもそもネイアっていうのは十二人しか存在出来ないらしいが、なんとかねじ込んだらしいぞ?誰の力か知らんが。」

その言葉を聞いて、ピンと来た。
いやいや、まだ分からない。
うん、期待し過ぎない、し過ぎない。

「階級については覚えてるか?」
「階級??」

ちょっと、間があって何となくため息を吐かれた気がする。いやいや、お願い、ベイルートさん。見捨てないで?

「お前は言わずもがな上級見習いだ。ああ、一応言っとくが神官見習いだぞ?忘れるなよ?ネイアが神官の先生。お前達は生徒。その中で、デヴァイ出身者は上級。それ以外は下級だ。全く違う扱いになるらしいぞ?気を付けろよ。」

何に、気を付けたらいいのか今の時点では全く想像が出来ない。
しかし私はデヴァイのあからさまな特権と、身分による区分けの現実を突き付けられてなんだか初日からモヤモヤしてしまう。

これだって、区別してるって事でしょう?
自分の銀のローブを少し摘んで、持ち上げた。

キラキラ、薄いグレーに銀糸が入った上等な生地。黄色のラインには、よく見ると金糸で縁取りがある。
これ自体はとてもいい物で可愛いし、着心地もいい。
でもなぁ。これを着ている事で、偉そうに身分を示してるって事なんでしょう?

それもね…………。

「何を考えてるかは知らんが。」

ベイルートが私の様子を察して、言う。

「身分というものは、上手く使うものだ。お前が現状に不満があって、それを脱いだとしても何も解決しない。逆に、それを着てやりたい事を、やれ。その為にフェアバンクスはお前に銀を用意した。」

…………ああ。そうか。

確かに出発についてフェアバンクスは、心配して身分を用意してくれたと言っていた。きっとグロッシュラーの事もある程度分かっての事だろう。

何かを変えるには、まず現状把握をしなくてはならない。
それも、全体を俯瞰的に、だ。
確かに身分が低ければ、難しい部分は多いかもしれない。
それはベイルートの話の続きを聞く事で、分かった。

「それで、さっきのミストラスの説明だとネイアとセイアの説明だけだったろう?セイアと言うのが、上級見習いの通称だ。そして下級見習いは、ロウワと言う。」

なんだか「低い」のローみたいで嫌だね…。

「そしてロウワの説明が無かった理由は、この館には奴らの住まいは用意されていないからだ。」
「え?…じゃあどこに住んでるんですか?」
「この、下に部屋が作られている。」

…下?って?

キラリと飛び降り、床に留まったベイルート。

私達は、二階から階段を下りて一階に移動していた。そうして、広い廊下を横切っていた所だ。

この、下?え?この、廊下の?

石の地面を見つめてパチクリしている私に、よじよじ登りながらまた続ける。

「そう、この下は地下になっている。まぁイメージとしてはシャットの教師の部屋みたいな感じか?行った事はあるか?地下に、ロウワの部屋はある。確か何人かで一部屋割り当てられている筈だ。」
「えぇ?私の部屋、めっちゃ広いですよ??」
「……そういう事だ。」


冷たい石の廊下で、しばらく黙り込む。
すると慰めにもならない現実をベイルートは追加した。

「ま、そのままラピスにいて食えないよりはここに来た方がまじない次第で部屋だってある、食い物もある。暖かい部屋で寝られるんだ。考え様によっては、いいだろう。さあ、行くぞ?」

廊下で立ち止まっている、私達。
誰も通らないがしかし、あまり状況が分からないうちは誰かに会っても、話も合わせられない。
確かにさっさと移動した方がいいだろう。

そう、何もかも、これからだ。

廊下をくるくる調べていた朝と目が合うと、頷いてベイルートの指示通り廊下を渡って向かい側の建物に、向かった。




どうやらこの建物のつくりは、巨大な神殿の両脇に館がくっ付いて建っている様だ。
便宜上なのか、外に出る事なく両側の建物は行き来できるようになっている。

逃亡した時に通った正面入り口も、明るい所で見ると大きなホールになっているのが分かった。
中央に位置する神殿自体は全体が石造りのどっしりとした建物で、私の部屋のある館を出るとその正面ホールに繋がる広い廊下に、出る。

右側に神殿の入り口。
大きなアーチ門に何やら彫刻が施されていて、じっくり見たい。

左側には礼拝堂。
広い廊下をずっと進むと、きっと奥が礼拝堂だろう。尖ったアーチの入り口が見える。
あれがミストラスが参加できると言っていた、礼拝だろう。少し人影が動いているのが見えた。


そうして辺りを確認しつつ、向かいの建物前の廊下を歩く。中央の廊下とは柱で仕切られた様になっている細い廊下を少し進むと、入り口の大きな扉があった。
しかし、大きな扉は既に開け放たれている。
いつも、開いているのだろうか。
ベイルートの指示通り、そのまま中に入った。


「わ…………。」

ちょっと、違うね?

重厚な雰囲気はそのままに、向かいの館が灰青色を基調にしているとすればこちらは深緑色。
なんだか緑は知的な雰囲気がするね?

あっちの館は部屋の説明しかされなかった。
きっとこの、深緑の館の方に図書室や教室があるのだろう。なんとなく、知的なイメージに合う気がする。

玄関ホールのようなそこは、正面に階段、左右に廊下が伸びている。
さて、何処へ行けばいいのかな?
チラリとベイルートを見ると「右だ。」と言うので、また指示通りに廊下を進む。

「ほうほう。あんまり変わらないね?ふーん、こっちは活動の場って事ですよね?」
「そうだ。向こうは生活の場。ここは図書室や教室、食堂もこっちにあるし、あとは今から行く譲渡室など、まぁ細々したものだな。そう、沢山のものは無い。基本的にここの連中は祈ってるだけらしいからな。」
「祈ってるだけ?………そうなんですか?ふぅん?」

祈ってるだけなのに、子供を攫ったりするの??

なんだかグロッシュラーのイメージがどっちつかずだな?

少しぐるぐるし始めた私の頭は、ベイルートの言葉でピタリと止まる。
どうやら目的地に着いたようだ。

「ここだ。」

ぐるぐると同時に足も止め、左にある扉を見る。
おう、いい感じだね?

建物全体にモールディングが施されているので、ここもどっしりとした扉だ。
シンプルな彫りが入った扉には、鈍く光る金のプレートが付いている。

「譲渡室」

さっきベイルートから聞いた言葉だ。これって、読んで字の如く的な感じ?

とりあえず入れと言われ、カチリと小気味良い音を立てる取手を握り、扉を開けた。


「わぁ。結構いっぱいありますね?」
「生活用品全般だからな。コーナーに別れて、置いてある筈だ。布団だとあの辺か?」

ベイルートが私の肩から飛び立ち、奥の方へ向かって行く。しかし、私はベイルートを追わずにキョロキョロ部屋の中を見回して、いた。
だって……面白そうな物が沢山ありそうなんだもん。


その部屋は正面の窓から光が入って、中々明るい部屋になっている。
入ってきた扉、窓から遠い、奥の方にはランプも点いていて全体を明るく、見やすくしている。
お陰で物や生地の色が良く分かりそうだ。
どんな物があるのか、ワクワクしながら奥へ進む。

広さは大きめの会議室といった所か。
キョロキョロしながら、どのコーナーにどんな物があるのか確かめながら布団コーナーを目指して進む。

「あ!あれかな?いや、布団じゃなくて生地だな?………でも敷き布とか、クロスは欲しいな?クッションとかは無いのかなぁ。うわ!食器コーナーもある!」

なんだかホームセンターにいる気分になってきた私は、テンション高めに部屋をぐるりと周る。

本当に生活用品が集められたこの場所は、沢山の物があった。

簡単な調理道具から、椅子やテーブル、何に使うのか分からない謎の道具コーナーもある。
生地や裁縫道具もあって、私は自分のがあるから必要無いが見てるだけでも楽しい。

あ、こういうタオルに使えそうな布も欲しいね?
結局最低限の物しか持ってきてないからなぁ?

「タオルにするやつと…………バスタオルも要るでしょ…。ベットカバーも欲しい。なんか寒そうだからテーブルの下に引くやつ…。絨毯ってあるのかな?」
「おい。」
「ヒャッ!」

急にブン、とベイルートが頭に留まったのでびっくりしてしまった。
ああ、でもベイルートさんお布団の所で待ってたのかも??

「ごめんなさい。探しました?」
「いや、まぁ飛べばすぐ分かるからな。また、色々えらいことになってるな?」

そう、ベイルートがちょっと呆れるくらいには私の手は物でいっぱいだ。
「あ、これ。」「これもだな?」とやっているうちに、とうに両手はいっぱいになってどうしようかと思っていた所だったのだ。
いや、それでも全然手は止まってなかったんだけど。

「何か、荷物を運べる物って…………。」
「ああ、入り口にカートがある。」
「え?そんな便利な物が?やった!」

一旦物を空いたテーブルに置くと、カートを取りに行く。

え?もしかして、あれ?

なんだか見覚えのある、灰色の手押し車…………。

「これ、ねこじゃん。」

え?ここまで来て、ねこ?なんで?

ショッピングカートのような物を想像していた私は、そこにちょこんと用意されているねこを見て拍子抜けしたと共になんだか可笑しくなってきた。

「ウケる!なんで?………フフッ、まぁいいけど。」

とりあえずねこを部屋の真ん中に移動させて、そこに必要な物を入れていった。
どんどん、積むよ?



「さて。とりあえずこんなもんかな?」

一旦ぐるりと周り、今思い付く必要な物は大体入れたと思う。しかし、布団があるからそんなに沢山はねこに載せられないのだ。少し大きめのねこだけど流石にそう沢山は載らない。あとは、部屋に帰って設置してみないと足りない物も判らなそうだ。
足りなかったら、また来ればいいし?

ぐるりと部屋を見回して、ベイルートに声を掛けた。本当に、いいのかな?

「今更ですけど、これホントに貰ってっちゃっていいんですか?」
「そうらしいぞ?ここにある物は税として納められた物や、寄付、あとは出て行く者が置いていった物らしい。使ってある物もあっただろう?」
「そうですね…。税か…。」

税なんてあるんだ。知らなかった。

私はハーシェルの家に居候してた形だ。どのような仕組みで納められているかしらないが、どうやら税は存在する。
いや、ラピスじゃ無いかもよ?でもな…物を作ってるのは、ラピスだもんね?…………うーん。


「おい。とりあえず、行くぞ。」
「は、はーい。」

そうだ。ここじゃ無い。考えるなら、部屋に戻ってからだ。

ヒョイとねこを押す私を見てベイルートが「意外と力あるな。」と言っているけれど、ねこは結構楽だ。カートに布団を載せるより軽いと思う。
そうしてスイスイ自分より大きな荷物を押しながら、私達は戻って行った。



「これ、どうするんです?」
「いや。知らん。」

私が、甘かった。
何も考えていなかったのだ。


そう、私達は階段を上らなければならない。
すっかり、そんな事忘れてたわ。
エレベーターさん、無いのかな?ここ?


「大丈夫?」

そんなアワアワした私達に、声を掛けてきた人が、いた。
いや、実際側から見れば一人で困っている怪しいヤツに違いないのだけど。

振り返ると、そこにいたのは黄色のローブを着た女の人だ。フードから赤茶のふんわりとした髪が溢れている優しそうな雰囲気のその人は、なんだか心配そうだが不思議な物を見る目で、私の事を見ていた。

「新しい子よね?…上に行きたいのね?」

うちのお母さんと同じくらいかな……?
私が押しているねこを見て、階段を見て、そう言ったその人。
私、これ自己紹介していい?人に会った時、どうすればいいのか聞いておけば良かった…!

「家の色と身分、名前を言え。まぁ、色は見れば分かるけどな。形式上だ。」

ベイルートがコソコソと耳元で喋る。ちょっと笑いそうになったけど、いけないいけない、第一印象、大事。

「銀のセイア、ヨルです。初めまして。」

これでいい?身分って、そういう事だよね?
心の中で考えるが、目を見て挨拶をしているのでベイルートに確認は出来ない。
しかし、多分大丈夫だったのだろう。優しく微笑んだその人も、こう言った。

「はい、初めまして。私はネイアのブリュージュよ。よろしくね。これはちょっと、コツが要るのよ。」

そう言って私の手からねこをスッと取ると、ブリュージュは一度グッと屈み込んでそのまま階段をスーッと上る。

「え?ウソ。」

つい声に出てしまったが、そのくらい、なんて事なく階段を上ったねこ。
なんで?そういう物なの?

「これはね、まじない道具だから。殆ど普通の道具だけど、こうして階段を上れたりするし、返す時はここを押してね?勝手に戻るから。」
「ええ~?そうなんですか?便利。」

取手の端の部分をポチッと押すと、戻るらしい。
何それ。試したい。
ブリュージュからねこを受け取り、お礼を言うと方向転換をして右に進む。階段を上がれば部屋はすぐそこだ。


ルンルン鼻歌が出そうな勢いで歩く私は、ベイルートが飛び去って行った事に気が付いていなかった。


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