透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

図書室

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クスクス、ヒソヒソ…。

しっとりとした深緑の空間に、ふわ、ふわと浮き足立つような感覚が紛れ込んでいる。


程よい灯りが落ち着く、図書室のセイアスペース。
柔らかな弧を描くこの本棚の森のポッカリと空いた三日月スペースは、普段であれば絶好の勉強場所だ。

それが、今日は。

派手な動きではない。が、視界の端に映る動くものは、いつもより多い人影だ。。
何かを調べている風に見えて、本を前にお喋りをしている人の、数も。

確かに。

トリルの言う通りだ。


「パタン」と持ってきた本を閉じて、顔を上げる。

はっきり、目が合った訳では無いけれど。
くるりと動いた頭が幾つか、そうして本棚の森に紛れた影も。

「私の事」だけじゃ、ないんだろう。
多分、ここのところ、噂には事欠かないらしいから。


ベイルートから「気を付けろよ?」という注意と共に、クテシフォンの石の噂や他の噂話の事なども聞いていた。

聞いては、いたんだけど。

ちょっとこれ、図書室許可制の意味、無くない??駄目だよ…全然、落ち着かない。

「こんなの、部屋に持って帰ってやるしかないじゃん………。」


下を向いてポソリと呟いた、私の足元に青ローブがふわりと添った。

何処へ行っていたのか、見上げるとローブから覗く金髪と茶の瞳が私と周りを交互に、見ているのが分かる。

「  。」

無言で私を引き寄せると、何処かへ連れて行こうとする気焔。

とりあえずこの場を離れようと思っていた私は、何も言わずに彼に身を預けそのまま本棚の道を歩き始めた。
そうして初めて、やはり自分が「見られている」事にプレッシャーを感じていたのだと、気が付く。

明らかに、気焔に寄り添ってホッとしたからだ。


「うぅ~ん………。」

「どう、した?」

少し、ネイアスペースの方へ向かっていた足を止める。

このまま、禁書室にでも行くのだろうか?

そう思いながらも、自分が思っている事を小さな声で話す。

以前は殆ど、誰にも会わなかったこの本棚の森の中でも。
最近はあまり見た事のないセイアにも、バッタリ出くわす事があるのだ。

「いや。あのね………部屋だと、やっぱり気が散ったりするじゃない?だから、図書室へ来るのにじゃあちょっと………。困るんだよね…。かと言って、調べたい時すぐ本が探せるのはここだし。」

ポソポソと囁く私の声を拾いながら、また歩き出した気焔。

何処へ、行くのだろうか。


少しずつ、木の色が深くなり並ぶ本も様々になってくる。
ネイアスペースに入ってきたのだ。

この辺りから多少、絨毯が寝ていて、こちら側の方が古いのだろうと思う。
きっと蔵書が増える度に、どんどん拡大していったのだろう。

そうは言ってもまだ充分な厚みのある、高級そうな絨毯を確かめながら奥へ進む。

「どこ、行くの?」

コソコソと話しかけてみても返事は無い。

そのまま、深い森の中を歩いて行く。


何しろ危険な事は無いだろうと切り替えた私の視線は、沢山の本達を確認するので忙しくなってきた。
ネイアスペースの方が、本のバリエーションに富んでいるからだ。

勿論、中身は判らないが背表紙を見ているだけでも、かなり楽しい。

以前見た様な、紙束のような物もあれば、一人で持てそうもない大きな本、箔押しでキラキラしている豪華な本。
文字も、飾り文字なのか、元々私には読めない文字なのか。
殆ど読めるものがない、ネイアスペースの本達は完全に観賞用だ。

「誰が、何を思って、作ったんだろうねぇ………。」

この美しい本達にはどんな事が、書かれてるんだろう。

誰が、どうして、どんな想いで。


沢山の手の込んだもの達に、想いを馳せながら一つ、一つを確かめたい衝動に駆られる。
しかし、今は無理そうだ。

時々気焔に引っ張られながらも、奥へと進んで行った。



「あ。」

やば。

思わず口を抑えた私の声に、顔を上げたのは青いローブに紺色の髪。
私を見て少し驚く茶の瞳は、隣の気焔を見て何故か納得した様子だった。

その様子に思わず隣のローブを引いて、足を止める。

ほぼ、無意識のこの自分の行動にまだ「この前のこと」が尾を引いているのだと、分かってしまった。


ちょ、私、心、狭っ。
待って。落ち着いて。
どうしよう。ダメダメ。は。
私が、何とかしなきゃ、いけない問題。

ギュッとローブを掴む手に力を入れ、落ちていた視線を上げた。

しかし、それとほぼ同時にくるりと私を引き寄せたまま、横道に逸れる気焔。

「ん?」

本棚の間に入りながら、横歩きで抱える腕を見ていた。
もしかして。私の心を、読んだのだろうか。



トリルから、少し離れた本棚の間。

辺りを窺い、大丈夫そうな事を確認するとパッと両手で頬を挟まれる。

なんか、久しぶりだな、これ…。

そんな呑気な事を思いながらいつもの変化した金の瞳を見つめた。
と言うか、逃げる事は、出来ない。


「…………お前、は。」

少し苦い、しかし優しい瞳を見て胸がキュッとする。

今しがた、気付いてしまった自分の、消せない感情。

どう、したらいいのだろうか。


そもそも、解決、するの?

この人とは「約束」して、いるのに。


だから。

これは。

やはり、自分の中の、問題なのだ。


そうしてイストリアの言葉がふと脳裏を過ぎる。


は、君の恐れだ。」


顔を上げ、金の瞳を確認する。


結局、私寝ちゃってたけど。
気焔の「恐れ」は解決したのだろうか。


多分、それもあってこの複雑な色なんだ。


なんだか切なくなって、彼の手の上に自分の手を重ねた。

「大丈夫。私の方が、多分簡単だもん。一緒に、頑張ろ?」

その、私の言葉を受けてくるりと丸くなった金の瞳。

何コレ。可愛い。
初めてじゃない??こんなの。


最近初めての表情かおを見せてくれる事が多くなった、金の石。

嬉しくなって少し笑ってしまう。
それを見てまたおかしな顔をする気焔に笑って一つ頷き、私は決心した。


とりあえず、何事も正直に行こう。
うん。

そうして私は「私、人間としては先輩だから。」という、またおかしな顔をされるセリフを言って元来た道を戻ったのだった。






「ごめん、お待たせ。って、待ち合わせじゃないけど。」

少し微笑んで頷くトリルの向かい側に座る。

今、戻りがてら聞いた話だと希望者にはこのネイアスペースを貸してくれる事になったらしい。
以前からの図書室常連は、大体この辺りで研究しているようだ。
確かに、見知った顔がある。

しかし元々ネイアスペースなので、程良く距離は保たれていてトリル曰く「逆に良かった」のだそうだ。

「ここなら、あの面倒な銀の家も来ないしついでにラレードも来ないですからね。」

そんなトリルの言葉を聞きつつ、私はゴクリと唾を飲んで口を開いた。

だって、始めに話さないと。

逆に、言い出し辛くなるのは知っているから。


「あの、ね………。」

思うに、きっとトリルは何の話か分かっている気が、する。

淡い茶の瞳を正面から見つめて、そう思った。
あまり、恋愛関係には興味がないという姿勢のトリルだけど。
気遣いが出来ない、とは違うのだ。

この間、私と別れ際に話してくれた事も。

きっと、気を遣って言ってくれたに違いないのだから。


持っている青の本の表紙を撫でながら、何から話そうかとぐるぐる、する。

表紙の星は、一つ。

セフィラの日記だ。

これは私ともそこそこ付き合いが長い。
多分、勝手に喋り出したりしないだろうとここへ持ってきていた。

しかし、それが逆に、仇になった。


私が言い淀んで、暫く。

トリルの視線が、「青の本」に釘付けだったからだ。



あちゃ~…………。

いい、よね?私、話しても?

もう、何言っても「全然!」しか言われない様な気がするけど。


しかしキラキラしているトリルの瞳の前で、これ以上青の本を見せびらかす訳にはいかなかった。

なるべく簡潔になる様、言葉を選ぶ。
そうして口から出た言葉は、やはりど直球の、言葉だった。

「あのね、ごめん!ヤキモチ、焼いちゃった。全然、なんだって、解ってるんだけど………。自分が分からない。とにかく、ごめん!」

「パチン」と手を合わせて謝ると、少し不思議そうな顔でトリルは頷いた。
こちらでは、やらないのだろうか。

「いえ。悪いのはラガシュですからね。私は、仕方ないですよ。気持ちは、解ります。」

「えっ?!」

何その爆弾発言?!

思わず、声を抑え忘れて立ち上がる。
私の声と、椅子の「ガタン」という、音。

幸い、近くには誰もいなかった様で咎める人も見えない。
私は自分の事などそっちのけで、トリルの話に食いついた。

「え?え?!聞いてないよ?!誰?どこの人??」

「いやいや、私のは「違う」んですよ。」
「「違う」??何が???」

「まぁ。それは、追々。」


えーーーーーー。


でも、顔を見ればトリルに言う気が無いのは分かる。

仕方ないよね。まぁ。そこは。うん、無理強いして聞く事じゃ、ない。

多分、「教えていい」時が来たなら。

言って、くれる筈だ。

でも、トリルのこの含みのある感じ………。

まさか………。
「人」じゃない、とか??

「本」?動物?なんか、トリルならなんでもあり得そうだな………。



「さて。」

ぐるぐるしている私に、待ちきれない様な声が届く。

そう、キラキラしたその淡い茶の瞳の先は、しっかりと私の手元に注がれていたのだった。


うん、これ………なにも、不味いものって書かれてないよね??

そっと、トリルに差し出しながら意中の人について考える。


そう、私はすっかり忘れていたのだ。


あの、セフィラの日記が。

日本語で、書かれている事を。





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