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7の扉 グロッシュラー
銀と青
しおりを挟むどう、答えようか。
有無を言わせない空気を放つ、ブラッドフォード。
しかし何故だかその瞳から、恐怖は感じなかった。
どう、答えようか。
何を、言えばいいのか。
隠さなければいけない事は、何か。
一瞬で、沢山の想いが頭の中を駆け巡る。
そのまま彼を見つめて少し、考えた。
目は、逸らしたくなかったから。
だが、時間が経つにつれなんだか責められている様な、理不尽な、気がしてきた。
だって。
別に、私は悪い事をしている訳じゃあない。
「お前は、なんだ?」と言われたって。
いやいや、落ち着いて。
この人だって、きっと得体の知れない者に疑いを抱くのは当然の事なんだ。
でも。
"私が何者か?"
そんなの、私だって、知りたい。
握る拳に、力が入る。
だって、結局。
息を吸って、口を開く。
「私が、「青の少女」かどうなのか、私は解らないし、今迄も、これからも。」
少し、声が震えた。
「私は、私がいいと思う事をする、それだけ。」
やっと言葉を絞り出して、真っ直ぐ見つめてやった。喉が渇いて掠れ、毅然と話せなかった事が悔しい。
そして少し、複雑に変化する青い瞳。
先刻迄の警戒の色は薄れたが、そこには見慣れぬ色があった。
どんな意図かは、読めないけれど。
でも、私は「変わりたい」って決めたんだ。
敵か、味方か。いい人なのか悪い人なのか。
分からないけどこの人が私を「確かめようとしている」のは、判る。
それなら、私は「私」を見せるだけだ。
だって。
私には、それしか無いんだから。
「何をしているのです。」
シン、とした空間に聞き慣れた声が響いたのはその時だった。
静かなこの本の森の中で、急に通った大きな声。
当の本人はブラッドフォードを睨みながらツカツカ近づいて来るけど、私は誰かに叱られやしないかと、ヒヤヒヤして辺りを確認していた。
しかし、叱る筆頭の筈の、この人が。
その、大きな声を出した、張本人なのだ。
うーん、だから??
誰も、来ないかな?
怒られ………ないよね???
正直、私は焦っていた。
だってきっと、ラガシュ自身はこの銀の家に対して「こんな口」を利いていい筈が無いのだ。
でも、私がここにこの人と一緒にいる事で怒っているのは、分かる。
ん?
怒ってる、の?これ?
焦ってる??
しかしラガシュの厳しい表情を見ると、「怒っている」に、近いのだと思う。
髪型の似た二人の、青い髪、薄茶の髪と灰色の瞳、青い瞳を交互に見ながら焦る私。
でも、な………。
やっぱり、青ローブに青髪で灰色の瞳はトーンが揃ってとても綺麗だし、銀ローブに金に近い茶髪の青い瞳。
これも、いい。
どっちもサラ髪だし、やっぱり色が綺麗って事は素晴らしいよね?
うん、私の世界もこの位の髪色があるといいんだけどなぁ………。なんていうか、天然ならではの………。
「分かっている。何も、無い。なあ?」
「ん?」
ラガシュが現れた事で、いつの間にやら張り詰めた空気は私の中からどこかへ行っていた。
そうしてどうやら、代わりに色の妄想に浸かっていた様だ。
「あ、はい。うん、大丈夫なの。教えてもらってた、だけです。はい。」
ブラッドフォードの意図を飲み込んで、咄嗟にラガシュへ半笑いで取り繕う、私。
チロリと向けられた瞳は、私の頭が何処かへ行っていた事に気が付いた色だ。
うん、多分。
………大丈夫、そう?
開きっぱなしだった茶の本を「パタン」と閉じると、立ち上がったブラッドフォード。
私を見ると「分かった。また、な。」と銀のローブを翻し、本棚の森へと消えて行った。
「で?どうして、あんな事になってたんです?」
ううっ。
来ると思ってたけど、やっぱり…。
そう、ブラッドフォードが去るとやはりお説教タイムがやってきた。
「カタン」と正面に座ったラガシュの瞳は、あの怪しげな灰色になっていて私を逃さないという恐ろしい意志が伝わってくる。
なんだろうな、この人のこの感じは…。
他の誰に怒られている時とも違う、なんだかお母さんに怒られてるみたいな、感じ。
ブラッドフォードが閉じて行った茶の本に視線を落としながら、言い訳を考えつつも思い付かない。
ん?でも?
別に、言い訳しなくて良くない?
何故だか「怒られる!」と思うと反射的に言い訳を探してしまうのは、私がまだまだ子供だという事だろうか。
そんな事を思いつつも、とりあえずは正直にあった事を話し始めた。
ちょっと、まずい話にはなったんだけど。
でも、「話をしていただけ」なのは事実なのだ。
「始めは、トリルと居たんですよ?でも、私がこの本を見て悩んでたら「茶の家の事だ」って、教えてくれて…他にも………まぁ………色々………。」
なんだか顔が上げられない。
するとソワソワと動く手と、小さな溜息が聞こえた。
「怒ってませんよ。…いや、少しは怒ってるかな?彼だって、アリススプリングスとそう変わらないんですよ?解ってます??」
心配、してくれてるんだ。
忙しなく動く指が、それを訴えている。
「ごめん、なさい………。」
申し訳なさそうな顔をしてチラリと視線を投げると、もう、いつもの灰色の瞳がそこにあった。
「まったく………あなたは本当、目が離せませんね?彼は、何処へ行ったのです?いつもピッタリくっ付いているのにこんな時に…。」
「ピッタリって………。」
「いや、ピッタリでしょう?」
私のツッコミに即座に返してくるラガシュ。
しかし、そのラガシュの返しで私は思い出してしまった。
そう、その「ピッタリ」と言っている彼が「気焔をトリルの婚約者に」と考えていた張本人で、ある事を。
急に自分の事を睨み始めた私を、面白いものでも見る様に眺め始めたラガシュ。
「おやおや、どうしたのですか?」みたいな顔をして腕を組んでいる。
忘れて、いるのだろうか。
それとも、私が知らないと思ってる??
わざわざ言うのは、悪手なの…?
どう、しようか。
少しずつ辺りに人の気配がし出した。
茶の本を見つめながら考えているのだけれど、正面のラガシュが私を見ているのは分かる。
そうして、通り過ぎる足取りがゆっくりになったり少し遠くで立ち止まったり。
周りが気には、なる。
でも、多分。
この問題を持ち帰っても何も、解決しない事は解っていた。
わざわざ、言う様な事じゃないのかも、しれない。
でも。
勢いでパッと顔を上げる。
案の定、私を見ているラガシュは少し笑っていて私が何を言うのか楽しみにしているのだろう。
それに少し、ムッとしながら口を開いた。
「今から言うのは、私の愚痴ですけど。」
もう…。
完全に笑っているラガシュに遠慮するのは辞めにした。
なんか、私だって文句言ってもいいと思うんだよね?うん、知らなかったとはいえ。
なんか、楽しそうだし?私は全然、楽しくないんですけど?!クレームだよ、クレーム。
段々鼻息が荒くなってきた。
「あの、トリルの婚約者の件。聞いちゃって………まあ、こうなる前だったんでしょうけど…私も言ってなかったし、てか言えないけど…。本人の意向を聞かないで、物事を進めるのは良くないと思います!私だって!…………後から、聞いて。」
ヤバ………。
止め処なく溢れてくる感情が、涙となって出てきそうだ。しかし、泣きたく、ない。
それを抑えようと我慢して顔が熱くなってきた。
なんだかまずい、気がする。
まずいまずい、抑えなきゃ………。
「ヨル、…。」
その、ラガシュの呼び掛けと同時に「パッ」と私の目が塞がれた。
「すみません、そんなつもりは。」
少し、楽しそうな声。
揶揄う様なその調子に、少し不機嫌な声が上から降ってくる。
「…片付けておけ。」
そう言って気焔は私を支え立たせ、青の本を持った。
目を塞がれていたのは一瞬だったが、少し眩しさを感じてそのまま気焔の手を掴む。
思いの外、チカラが漏れていたのかもしれない。
しかし、当のラガシュはケロリとして「本当、すみませんでした。」と私達を笑顔で見送っていた。
何やら図書室に来ただけなのに、疲れた私は気焔に凭れつつホッと息を吐く。
「大丈夫か?」
「………うん。でも、部屋へ帰ろう?」
私の顔を見て無言で頷くと、食堂を素通りして灰青の館へ向かう。
今迄、深緑の中にいたからだろうか。
やけに、神殿の廊下が真っ白に目に映った。
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