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7の扉 グロッシュラー
橙の前
しおりを挟む「…………。」
しかし、気焔は私の渾身の上目遣いを軽くいなした。
無言で頭を「ポンポン」して、何か少し切ない様な淋しげな様な、憂いを含んだ「仕方の無いものを見る目」で私を見ている。
初めてじゃない?
この感じ。
複雑な瞳が心配なのと、彼の新しい表情が見えた事の嬉しさが私の中で混ざる。
ここのところの私達のやり取りと、さっき迄のレシフェとの話。
気焔だって薄々感付いているのだろう。
それなら。
パッと大きな手を取って「行こう!」と箱舟へ引っ張って行く。
多分、大丈夫。
時間は、必要だけど。
急かさずに、待つんだ。
きっと彼の中ではまた変化が起きている。
下手に手を出さずに「成る」まで待った方が、いい。
そう、それになんとなくだけれど、それがそう長い事ではない事が、何故か私には分かっていたのだ。
「お、来たな。ほら、そろそろ始めるぞ!」
レシフェが口に手を添え呼び掛け、子供達を集めている。
「てか、馴染むの早くない?!」と独り言を言いつつも、そう言えばレシフェはここの人だった、と思い出した。
元々が、こうして子供達や貴石の人達の為に立ち上がった人なんだ。
「本来が、こっちなんだよね………。」
「そろそろね。大丈夫、だった?あの人。」
珍しい。
朝が心配している。
私の隣に来て座ると、朝は水槽に視線を留めたまま話しかけてきた。
船の裏側の、巨大橙水槽。
あの、少し前に私が作ったなみなみとシャットの川の水が再現された、水槽。
その、少し手前で様子を見ていた。
レシフェがやってくる子供達の質問に答えたり、デービスが水槽の周りをぐるぐる回っていたり。
ナザレは上の方から声が聞こえてくるから、きっと子供達を手伝っているのだろう。
作業を切りの良い所までやってから、各々集まる事になっている様だ。
「うん。怒られなかったよ。なんか、考えてるみたい。」
「…………そう。」
それだけ言うと、何か「そっちじゃないんだけど………」とブツブツ言いながらどこかへ行ってしまった。
?どっち?そっちじゃない………??
うん?
「お嬢!最近どうだ?楽しみだな!」
振り返るとシュレジエンと気焔がやって来るのが見える。
パッと見ただけでテンションが高いのが判るシュレジエンも、幻の魚を楽しみにしていたらしい。
足取りも軽く、やってくる彼の質問も何だかテンションが高い。
訊きたい事と、言いたい事が忙しいのだ。
「いやまさか、生きてるうちにまたアレが拝めるとはな。」
「えっ。」
「そりゃそうさ。ここでこんな事をしているくらいだ。シャットには行った事がある。まぁ、大分昔の、話だがな。」
その言葉に、何も言えずに一緒に橙の水槽を見つめる。
まだ、何も入っていない水槽はそれでも中は川の様に揺らめいていて、藍がきちんと「あの川」を再現してくれている事が分かった。
みんな、色々あって、ここに居るんだ。
漠然とした、想いが巡る。
エレファンティネの深い瞳と、隣に感じるシュレジエンの大きな気配。
目の前でテキパキと采配を振るう相変わらずなレシフェ。
やっぱりまだぐるぐる回っているデービス。
全部、全部が繋がってるんだよなぁ。
多分。
みんながそれぞれ、その場所で、懸命に。
「生きて」いること。
色々な「想い」を抱えてたって。
毎日の「生活」はあって、時間は過ぎ日々は周り続いて行く。
「ここ」では正直「これが普通」なんだ。
これが、日常。
私が向こうで学校に行っているのと同じような、生活の場。
扉の移動だって、もしかしたら引越程度と捉えているのかも、しれない。
それがどう、意識されているのか私には窺い知る事は出来ない。
縛られてるとか。
抑圧されてるとか。
搾取されてるとか。
そんなの、勝手に私が思っているだけで。
そういう、社会で。
当たり前に、生きてる人だっている。
私が勝手に可哀想がるなんて。
「解放」して「あげる」なんて。
それは。
「思い上がりだよね。」
ポソリと聞こえないくらいの声で、呟いた。
目の前の景色は、暗くない。
天窓から注ぐ光は橙の切り取られた川を眩しく照らしているし、集まり出した子供達の表情は明るい。
そう、私は思った筈だ。
「私は光を降らせる事しか出来ない」って。
いつの間にか、自分の思考が「なんとかしなきゃ」になっていた事に気が付く。
「違うの。」
そう、彼等は自分で立てるんだ。
私は光を降らせるとか、扇いで始めの風を起こすとか。
そんな事を、すれば良くて。
そんな事しか、出来ないんだ。
でも、「それでいい」とレシフェは言った。
多分、「それがいい」とも。
だって私がずっと、「ここ」にいるわけじゃない事、レシフェは解ってた。
チラリとシュレジエンの反対側にいる金髪を視界に入れる。
私が、頑張るのは「この隣」。
それで、時々充電して。
周りも、キラキラさせて?
みんながこうして、明るくなって。
「なんて言うか、こう、照明みたいな?いや、もうちょっとかっこいい、なんて言うか良い表現ないかな…。」
こう、空で「チカッ」と光る何か。
昼間でも、見える星とか。
夜空の、道標とか。
「それだと大層な感じかね?」
「さっきから何をブツブツ言ってるんだ?お嬢は。」
「あ。いや、あの。」
とうとうシュレジエンに突っ込まれてワタワタする私。
そんな私を優しい目で見ると、「ま、今日はお前さんがくれた、ご褒美だ。ゆっくり見てろ。」そう言ってレシフェの所へ歩いて行った。
大きな背中を背後から眺める。
彼等は強い。
きっと、私が思っているよりも。
「可哀想」なんて、失礼だ。
間違っちゃダメだ。
ただ、価値観や常識が違う、この世界で。
日々の生活を懸命に、生きている同じ、人間。
もしかしてここの世界の人達からすれば、私の方が縛られてるかもしれない。
「学校だるい」とか言いながら授業受けて。テストやって。みんな同じ服着て。
毎日勉強と言いつつ、きっちり座って話を聞いてないと怒られて………。
「ププ…」
貧しい人や虐げられている人だって、私から見えないだけで。
きっといるのだ。耳にした事は、ある。
「そっか…視点が。変われば見るものも変わるよね…」
やっぱり、沢山のもの、ことを見て知らなきゃいけない事が沢山あるんだ。
「まだ、まだだな………。」
小さく溜息を吐いて、フルフルと頭を振った。
背中に当たる重みがいつもと違って、今日はポニーテールにしていた事を思い出す。
「うーん。」
そう、言いながら束ねた髪をキュッと引き締めた。
あ。変な目で見てる。
ふと、見上げた金色と目が合って予想通りの瞳に段々可笑しくなってきた。
口を抑えてクスクス笑っている私を見て、何だかおかしな顔をしているけど少し安心した様だ。
それなら、いい。
私は、みんなを笑顔にしたいけど。
この人だって、笑顔じゃなきゃ嫌なんだから。
悩んでたって、始まらない。
やる事は、分かった。
それなら。
「よし!キラキラ、キラキラ!」
そう言って手を打った私をより不安な目で見ている気焔を置いて、水槽へ駆け出した。
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