透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

何かを得るということ

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「じゃ、いいか。」


天窓から降り注ぐ、薄い雲を通した明るい光が橙の水槽を美しく煌めかせている。

時折水の中に透る光が、きっと魚を入れたらもっと綺麗だろうと想像を掻き立てる。

もしかしたら、橙の水で見えないかと思ったけれど。
そんな事も、無さそうで少し安心した。

少しでも見て楽しめれば、と思って沢山リクエストしたからだ。


「そろそろ落ち着け。」

そう言われたデービスは水槽の真横に立ち、一番近くで幻の魚を見ようとまだソワソワしているのが動きで分かる。

初めて会った時、あんなにツンツンしてたのに!

そう思い出して可笑しくて仕方がない私は、子供達の後方で待機中だ。

「どんなのだろうね?」
「キラキラなんでしょ??」
「早く!早く!」

キャラキャラと騒いでいる子供達は、みんなが見やすいようにと前列の子は座っている。
その後ろの子達はまだワヤワヤと動き回っていて、中々賑やかな造船所になっていた。



「そろそろ?」

「あ。朝、どこ行ってたの?」
「ちょっとそこまで。レシフェ、どうやって持ってきたのかしら?」

そういえば?

橙の水槽の前に立つ彼は、見たところ何も持ってはいない。

「何か、まじない道具じゃない?あの、運石みたいな………。」
「まぁそうなんでしょうけど。純粋に気になるわよね…。」

「確かに。」


いつの間にか残りの子供達を呼びに行っていたシュレジエンとナザレが戻って、これで全員揃った様だ。

「やあ。」
「フフ、楽しみですね。」

子供達の後ろで私と朝、大人達が並ぶ。
でも、デービスは水槽から離れないけど。


「さて?いいか、お前ら。今から魚を出すが、これは他言無用だ。まぁ大丈夫だとは思うが、しかし。」

レシフェはわざわざ、一旦言葉を切った。

急に真面目になった彼を見て、「なんだかシャットに戻ったみたい」とニコニコしながら聞いていた私。

しかし、どうやら脳天気なのは私だけだった様だ。

「もし、神殿や他の場所で俺ら以外の誰かに「幻の魚」についての事で。話してもいい。お前らの身を守ることの方が大事だ。いいな?」

「「「はーい。」」」

「ね。良かったね。」
「守ってくれるみたいだ。」「初めて。」
「でも気を付けろよ?チビ達は特に。」
「分かってる!」
「うん。」


子供達が普通に、返事をしている事に驚く。
レシフェの言葉にも。
が「初めて」と言っている事も。
そうして「その事」に驚いているのが、自分だけだという、事も。

そう、みんなにとっては。

「何かを持つ」、という事は狙われる事でもあるんだ。


ウキウキが一瞬でキュッと縮んで、また自分の能天気さに呆れる。
私、なんにも分かってない。
やっぱり。


だって。
は。

「私が」お願いしたんだ。

「どうせなら、いっぱいいたほうがいいよね?」

そんな軽い気持ちだった。
多分デービスはそう多くを望んでいなかった筈だ。材料として使う、それ迄の、間に合わせの水槽だったに違いない。

それを調子に乗って橙の川にして、何匹か幻の魚を強請ねだったのは、私だ。

それが、もしかしたら子供達、それに造船所の大人達だって。
危険に晒すかも知れないのに。

そう、安全地帯にいる私には絶対に事。だからと言って「思い付きませんでした」で済む事じゃ、ない。


「…………なんで私こんなに馬鹿なんだろ…。」

一瞬で冷えた身体を何とか立て直し、最善策を考える。
自分のした事。
ちゃんと、みんなの安全を考えなくちゃ、いけない。


ギュッと自分を両腕で抱えたまま、水槽を見ていた。


「ん?」

しかし、一人、二人と次第に子供達が背後を振り返り始めた。
何となく視界に入っている子供達に、見られている気がして視線を移す。

「え?あれ??なんで?」

いつの間にか、みんなが私を見ていた。

「え、あの………?ごめん、なさい。」

何となく、みんなに「謝らなくちゃ」と思っていた私は驚きと同時に謝罪が口から漏れていた。


「いや。お前が何を言いたいのかは、解ってるつもりだ。」

私の真正面に立つレシフェが、私を見て止まっていたのだ。それで徐々に視線が集まりだしたらしい。
何が起こっているのか全く分からない私は、そのままレシフェをじっと見つめていた。

多分、またまるっと顔には出ているんだろうけど。

「今、言った様にお前達が「ここには無い特別なもの」を持つ事は危険も、ある。だが、俺が今から出す幻の魚はシャット以外では拝めない、世にも美しい魚だ。今迄はしか手に入らない素材だった。鱗が、な。生きた魚が捕まえられるのは、ヨルがいるからだ。」

「だから俺はあいつが「欲しい」と言うなら、叶えようと思う。しかし、危険が全くない訳じゃない。何しろ何にでも利用出来るからな………。」

ちょ、レシフェ?

一人ブツブツ言い出したレシフェに、デービスが咳払いをする。

「あ、ああ、すまん。で、だ。」

「一応、お前らの意見も聞こうと思う。には基本、ネイアは来ないし、ああハーゼルは俺が何とかしておく。クテシフォンは…まぁいいだろ。館はまず、来ないし。だが何事にも絶対という事は、ない。お前達がリスクを冒したくないなら、戻す事も出来るんだ。」

そう言ってゆっくりとみんなの顔を見ていくレシフェ。

真剣な目で一人一人の顔を確認している。

特に年長組のグラーツ、シリー、ハリコフ。
今日はアルルも、いる。
ぐるりと子供達を確認して、水槽の横のデービスにも視線を移した。

デービスは「危険は良くないが魚は絶対」というほぼ懇願する様な目を子供達に向けていて、ちょっとどうかと思ったけど。
分からなくも、ない。うん。もし駄目なら、私が融通しなきゃいけないとは思ってる。

そうして私の横にいる、シュレジエンとナザレは頷いているのが分かって、最後にチラリと私を見た後、レシフェは始めにグラーツに声を掛けた。


解る。
多分、反対するとすれば、彼だろうから。

。どう、思う?」

少し、横を見ようとしたグラーツは顔を上げて思い直したらしくレシフェを正面から見ている。
私からは彼の後ろ姿しか見えないので、表情は判らない。


グラーツは、どう、答えるだろうか。

私が訊かれている訳じゃない。
けれども今迄の彼の態度から、どう話の方向が流れるか全く分からない私は息を呑んで腕をギュッと握っていた。



私には長く、感じられたけれど。

きっと、そう長い時間では無かったろう、一瞬目の前に光が降り橙の水槽を掻き混ぜると、その水面を煌めかせた。

その光が去ったと同時に、グラーツが話し始める。

「俺は。見たい、し欲しい。チビ達にはよく言い聞かせる。」

えっ。嘘?

思わず小さく飛び上がりそうだったけれど、ギュッとしている腕を更に締めて、自分を抑えた。
まだ、場はそんな雰囲気ではない。

「ちゃんと、世話をする。何するかは知らねぇけど。……………いいか?」

最後にくるりと振り返って、私に尋ねるグラーツ。

一瞬、何が起こったのか分からずにポカンとしてしまった。


「……………わた、し?」

「だって、あれはお前の魚なんだろう?なら、俺たちが世話をするからな。譲って、くれよ。いくら払えばいいのかは知らないし、一生かかっても返せるか分かんねぇけど。」

きちんと、身体も私に向けて彼は続けた。

。光くらい、綺麗なんだろう?お前の魚だって事は。があれば。これからの長い作業だって、耐えられる気がするんだ。俺たちに必要なのは、光だ。あの時、見た様な何か新しい事を感じられる、光。」

「俺はお前を信じていなかった。それは謝る。すまなかった。」

「でも。あの地階は確実に俺らにいい影響がある。チビ達も元気。飯もよく食う。よく、寝れる。その当たり前のことが当たり前だと、それが出来る事。いつまでもこのままじゃいたくないって事。力が、溜まってきたんだ。今迄は、溜めることが出来なかった力が。」

ヤバい。
泣きそう。でも泣かないって決めた。
頑張れ、私。

そんな私に構わずグラーツは話し続ける。

「そうしてあの光が降って、結局俺らは力まで貰ったんだ。危険なんて今更だし、それに。」

「また、見たいんだ。光を。」


みんなが、私を見てて。

限界迄、我慢したんだけど。

やっぱり、視界がぼやけて、きたのだ。


「あーあ。ちょっと、早く出して。」

朝の声と共にどこからか気焔がやってきて、いつものポケットからハンカチを出してくれる。

それを受け取り、何か喋らなきゃと思うのだけれど、なんだか無理そうだ。


ハンカチで目を抑えながら、隙間からチラリと隣を見る。
多分、解ってくれたのだろう顔を上げると正面に向かって頷いた。

その頷きを受け取り、再びレシフェの質問が始まる。
しかし、やはりどの子も「賛成!」ばかりで、レシフェはとうとう途中で質問するのを止めてしまった。

途中からザワザワし出して、何だかよく分からなくなっているのだ。


顔を隠している私に実況中継している朝に因ると、グラーツが賛成した所為で、もうみんなが勢いづいて寧ろ早く出せという雰囲気だったらしい。

「子供達の顔ったら!アレが見れるなら、多少の危険はなんのその、じゃない?まぁレシフェが何とかすんでしょ。」


その朝の言葉を聞いてすっかり安心した私は、魚を出す前になんとか顔を戻そうと、ハンカチの陰で戦っていたのであった。





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