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8の扉 デヴァイ
白の礼拝堂
しおりを挟むあっ、祈れば、いいんだ。
突然そう、思った。
ユークレースの工房、その片隅で私は繊細な彫刻を眺めていた。
いや、舐め回していたに近いかも、しれない。
なにしろ沢山の美しいものが溢れているこの工房に、私が夢中になったのは入ってすぐだった。
フサフサと揺れる、極彩色を目の端に、歩く。
幾つかの看板を通り過ぎ、中には人の気配がある事に気が付き始めた私は、やや自重して千里の背後を歩いていた。
ユークレースが危険な場所へ向かっているとは、思えないけれど。
大人しくしておいた方がいいのは、分かる。
そうしてキョロキョロするだけに止め、気配を感じながら歩くと、どうやらこの看板が店ではない事が分かってきた。
中に人の気配はするが、騒がしさなどは全く無くどこも、規則的な動きをしているのが分かる。
そう、まるで仕事をしている様に、だ。
成る程。
だから、工房なんだこの辺りは…。
フムフムと頷きながら前を見ると、ドスンと大きな背中にぶつかった。
「痛」
「着いた様だな。」
小さく呟く私の事などお構いなしに、扉を開けたユークレースの後を追う千里。
「もうっ。」
ブツクサ言いつつも、私の心は既に踊っていた。
だって、上に掛かる小さな看板は。
私好みの、アンティークの様な鏡台の彫刻が施された可愛らしい看板だったからだ。
「て、言うか。どれも素敵………。」
「ありがとうございます。でも、あなたの作る色には到底、及びませんけど。」
「………え?」
思い切り腰を曲げ、できる限り近づいて彫刻を見ていた私はその言葉で振り向いた。
「イタタ………。」
腰が…固まってるっ。
クスクスとその様子を笑いながら見ている彼。
けれども彼の言う、「私の作る色」とは。
一体、どういう意味なのだろうか。
うん?
コレ訊いたら、さっきの話に、なっちゃうかも………??
ドキドキしつつも腰を摩り、言葉の続きを待っていた。
その私の様子を見ながらも、彼は口を開いていたからだ。
「あなたには、沢山の色が見えるのですよ。今は金色が多い様ですが、元々は多色なんでしょうね?美しい乳白色の上に煌めく虹色が見えます。」
「………それはいいですね…。」
他人事の様に、言ってしまったけれど。
久しぶりにあの、まじない道具を思い出した。
始めにウイントフークに渡された、あの時計の様な不思議なキラキラの、もの。
シュツットガルトに渡された、三角帽子の様な虹色のキラキラが揺れる、あれも。
どれもすぐに浮かんでくる私の頭の中を覗く様に「それですよ」と言う、ユークレース。
この人の「目がいい」とは、一体どこまで見えるのだろうか。
ドキドキしながら腕を摩っていると、安心して下さいと言わんばかりに説明をしてくれた。
どうやら全てが見えると思われるのは、やはり彼にとっても気持ちがいいものではないのだろう。
「僕は「色」が見えるだけなんですよ。だからあなたがあなただと、判ったのも。色が、見えたからだ。顔は見えませんでしたからね。」
「あっ。」
確かに。
あの時、ラギシーは使っていたけれども。
今は、ベールをしているのだ。
そもそも、顔が。
見えないのである。
「………成る程?」
うんうん頷いていると、続けて彼は金色の話を、始めた。
「見えた色の事は、誰にも言いません。僕自身の為にもね。見えるというのは、いいことばかりじゃない。それに、銀を怒らせるとうちの長老がね…。」
他人に見えないものが、見える。
私ならば、人々の色は見てみたいと、思うけれど。
この世界では生きづらいのかも、しれない。
何とも言えない気持ちで、目の前のドレッサーを見つめていた。
繊細な彫刻、デザインはアンティーク調だが新しいそれは、彼が作った物なのだろう。
「成る程、目がいいと。いい職人でも、ある訳ですね…。」
何気無く言った、一言だったが。
再び彼の口から出た言葉は、私の胸をキュッとさせた。
「僕は、真似をするのは得意なんです。目が、いいから殆どの物は再現できるしそれに満足もしている。でも、あなたの様に自分だけの。色を、出す事はできないんですよ。」
「できない?どうして?」
反射的に訊いてしまった。
きっと、このくらいの技術があるならば。
何でも作れそうだと、素人目には思うのだけれど。
何も言わずにニコニコ笑う彼がまた切なく見えて、ふと、視線をドレッサーに戻す。
すると飛び回っていたベイルートが肩へ戻ってきて、こう言った。
「許されていないのかもな。」
「?」
「新しい物だよ。ラピスでは、誰もやっていなかったが禁じられている訳ではなかった。しかし、ここは。どうだかな。」
ああ、そうか。
彼がそれを、やってみたのか、やる前から諦めているのかは、分からないけれど。
しかしそれを不躾に訊く気には、なれなかった。
でも一つだけ、この場でハッキリとわかる事が、ある。
それはきっと、彼が心のままに、彼だけの色で彼の、作品を作ったならば。
それはとてつもなく、素晴らしいものになるであろう、事だ。
沢山の美しい調度品、そのどれもが素敵だが古いデザインのアンティークを模したもの。
どれをとっても溜め息の出る様な繊細な彫刻が施されているそれらは、ただそこに静かに在って何の声も発していない。
きっとこれに、彼の「色」が入っているならば。
「多分。生きる、よねぇ?」
あの、旧い神殿、オルガンの部屋で時の止まった中にある「命の宿るもの」。
それは、製作者の「色」が込もり、命が吹き込まれたそれではなかったか。
きっとこれだけの腕が、あるならば。
「できるよ」
そう、この空間が言っている気がする。
彼が、そう、できる方法。
そんな事、ある?
私が、できる、ことって??
あるかな………?
ポン、と頭に手を置かれユークレースが呼び掛けているのに気が付いた。
手を置いた千里を見上げ、「ありがとう」の目をしておく。
「………あの、?とりあえず、礼拝堂も見てみませんか?僕の作った大きな物が、沢山あります。良ければ。」
「………うん?あ、はい。」
礼拝堂?
なにそれ、いいな………。
まだ、ぐるぐるの最中にいた私は。
勿論、深く考えずにそう思って工房を出る彼の後を追った。
半分、千里に背中を押されながら、だけど。
ユークレースのくるくる髪を、目印に歩いて行く。
工房を出て、なんだかよく分からない小道を色々通り、広い通りに出た。
小道というか、抜け道に、近かったけれど。
そうしてきっと、直線ルートでやってきたその礼拝堂は大きな通りの真ん中に、あった。
その通りも工房通りよろしく、白い繋がった家が両脇にズラリと並んだ通りだ。
その、さっきの道より大分広い通りの、真ん中に。
いきなりドーンと、二階建ての家くらいの大きさの礼拝堂が建っていた。
美しい三角屋根の重なる白い、礼拝堂。
いや、教会に近いだろう。
見た目だけで、言えば。
「どうぞ。」
そう言って白い扉を開け、中へ促すユークレースに少し頭を下げ、奥へ進む。
「………わ、ぁ………。」
その美しい場所は勿論、中も白かった。
白の礼拝堂はやはり、広い。
うちは、そもそも屋敷の中にあるし「礼拝堂」というよりは「礼拝室」だ。
人数の違いもあるだろうが、そもそも独立して建つその造りと三角屋根の教会に似た外観、正面の大きな細長い窓に、規則正しく並んだベンチ。
凡そ、オーソドックスな教会の造りと言っていいだろう。
中に、華美な装飾は何も、無い。
しかし、そこかしこに施された繊細な彫刻がこの白い礼拝堂をグッと格上げしていて、中には一段澄んだ空気が漂っていた。
「僕が作ったものも、古いものも、あります。新しく修繕した部分が多いですが、意匠は以前のまま、再現されています。」
淡々と響く声を聞きながら、辺りをぐるりと廻っていく。
正面のシンプルな窓も、窓枠にはきちんと筋が彫られており角も削られ丁寧な造りがよく、分かる。
祭壇へ続く階段の縁、流れる様に続く祭壇下部への彫刻。
白生地張りのベンチは、背凭れにシンプルな飾りが付いたすっきりしたもの。
何かを飾る為の台だろうか、壁際に置かれた小さなもの一つ一つにも手の込んだ息が、感じられて。
この空間ならば。
何かが宿りそうな、そんな気もしてきたのだ。
しかし、ぐるりと見渡しているうちに私はある事に気が付いた。
その、建物の中には。
「ようこそ、白の空間へ」と私を歓迎してくれる、ものと。
何も感じられない、ただ美しい、もの。
その、二種のものがある事に気が付いたのだ。
うん?
なんで?
あの子も、凄く凝ってる彫刻があるのに。
何も、聴こえない。
あれはシンプルだけど、手の温もりが感じられて心地よく歓迎してくれてる。
何の違いだろう?
うーーーん?
作った人、かなぁ………?
「僕が作ったのはこの辺りですね。」
ボーッとしている私の目の前で、ユークレースが説明を始めた。
彼が教えてくれたものは、やはり素晴らしいのだけれど何も、声は聴こえなくて。
「彼の、色」
「許されていないのかもな」
「あなたほどの色じゃない」
私の中で、ぐるぐると渦巻く、なにか。
この、素晴らしく美しい、白い空間に、足りない、もの。
「なんだ、ろうな………?」
上を見上げると、三角屋根の白い天井が見える。
ただ、真っ白な天井だ。
装飾は、何も無い。
暗くもないが、明るくもない、グロッシュラーのあの空の様に、すっきりしない白。
以前探検したあの、真ん中の大きな聖堂には、窓があった。
真っ黒で、夜なのか、ずっと闇なのか。
分からない、黒だったけど。
「小さな光」
うん?
白い、空間、小さな光………。
ここ最近、何処かで………聞い、た?
思い出せない。
でも。
チラリと振り返って、千里を見た。
反対されるかと、思ったけど。
「大概の事は、許してやれと。言われて、いる。しかし程々には、しろよ?」
珍しい。
やはり、ウイントフークは何か企んでいるのだろうか。
まあ、でも「いい」って、いうなら。
やっちゃう、けどね?
祈っちゃう、けどね??
私が今、ここで祈る事で、何がどうなるのか、どうにもならないのか。
それは、分からないけれど。
でも、二人も言ってくれた。
「あの、光を見なければ。そうは、思わなかったわ。」
そうだよね………。
私がこの人に、不躾に訊けなかった、訳も。
散々、グロッシュラーでやらかしてきた経験が、あるからで。
とりあえず、本部長がいいと言うなら。
ちょこっと、歌って、みればいいんじゃ、ない?
「ですよね?ベイルートさん。」
「何がだ。」
そうして深く、息を吸い込むと。
白をぐるりと目に映し、そのまま目を閉じた。
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