透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

見えない 鎖

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「でも。結局、理由って何だったんでしょうね?」

白い、天井辺りでキラリと光ったベイルートに向かって、呟いた。


シリカが帰った、午後。

魔法の袋の材料創りも兼ねて、私はベイルートと礼拝室へ籠っていた。

なんだかスッキリしない、気分でもあったし。
ここなら、相談もしやすい。

聞かれて困る様な人は、うちには居ないのだけど。
やはり、他人の家の事情は大っぴらに話すものでは無いと思ったからだ。


「ヨルも言ってただろう。きっと、この場所では女性が自由に使える金は限られてるのだろうな?食事とかはどうしてるんだろうな………。」

流石にベイルートは商家だっただけあって、そちらの方が気になるらしい。
私は最もらしい事をいいつつも、ついつい愚痴っぽくなってしまった。

「食費は予算があるから、余計なものは買えないって事なんですかね?そんなに高くないんだけどなぁ…。自由に使えるお金も無いし、働くのもできないなんてやっぱりここは嫌だな………。リュディアは、そういえば?どうしたかな?」

話が脱線気味だが、私の頭の中にはやはり初めの頃にリュディアが言っていた「ずっと敷かれたレール」という言葉と。

アラルの「大事なことは何も決められない」という言葉がぐるぐると渦巻いて、いた。


「まあ、でも。そもそも、「あれが欲しいからお金を下さい」とすら、言ってないんだろうな。」

「うーん?でも、それは言えないんじゃないですか?言い辛い?そうなのかな………。」

「ここはラピスよりも更に女性の立場が弱いのかも知れん。俺が見た限りでも、かなり行動は限定されているからな。」

「えっ。………でも確かに?行く所すら、無いですもんね?図書館も許可要るし………ヤバい、私ならちょっと無理かもしれない…。」

白いベンチで、打ちひしがれている私の上をくるくると飛び回るベイルート。

キラリ、キラリと玉虫を光らせながら何か考えている様だ。


そのままポトリと、私の隣に落ちる様に留まると。

「でもな………。」

ゆっくりと考えながらも、落ち着いた色合いになった玉虫はこれまでの事を話し始めた。


「この姿になって。初めて、感じた事だ。俺ですら、人の姿の時は縛られていたんだと思う。」

「縛られて…?」

「そうだ。こうあるべき、という考え方に、だな。」

こう、あるべき………?


ベイルートは商家の後継でラピスでは悠々自適に好きな事をやっていると思っていた。
縛られているイメージなど、皆無のベイルートが「縛られていた」と言うならば。

ここに居る、人達って…?

私のぐるぐるを解っているのだろう、キラリと背を光らせ視線を誘うと再び話が始まった。


「まあ、ある程度自由にはやれるんだ。結婚しろと、それだけは煩く言われていたがのらりくらりと躱していたがな?」

確かに、奥さんはいなかったね?

エローラの事が思い出されて、あそこでよく独身を貫いていたものだと、少し感心してしまった。

「だが、俺には後継以外の道は無かったし、結婚だって相手が選べない…まあ、その話はいい。思えば小さな頃から決められてきた道を、歩んでいたのだとは思う。」

「だが。」

ピタリと動きを止めて、私を真っ直ぐに見た。

「お前に出会ってからは。何故か気になる、髪色の変わった娘を気にする事は、俺にしては珍しかった。思えば、その辺りをレシフェにつけ込まれたのかとも、思うがな?ああ、それはいいんだ。」

「ちゃんと途中で気が付いたしな。しかし、お前を守る事は俺自身がきちんと決めたし、虫になる事も自分で決めた。それで、虫になった事で、見えた事もとても多いんだ。」

「む………。」

「ああ、いい、大丈夫だからもう泣くな。」

そう、既に私は涙でベイルートがあまり見えなくなっていた。


いつだって、私の味方だったベイルート。

レシフェはきちんと謝ったし。
この二人の間に、蟠りは、無い。

それは、解ってるんだけど…………。


あの、黒い光に包まれ見えなくなったベイルート、落ちていた玉虫色の、石。

あの光景を思い出すと、いつだって泣ける自信がある。

そんな自信なんて、要らないのかもしれないけど。


ハンカチの代わりに袖で涙を拭いている私を、キラリ、キラリと光って慰める彼。

少し、鼻水が落ち着いてきた所で話は本題へ戻る。

「いや、それがな?虫が、気楽すぎてもう人には戻れないかもしれん。」

「えっ?戻れるんですか??」

「それは知らん。」

ちょ、ズッコケたじゃないですか…。

私の無言の責めに、お尻を向け再び話は始まった。

「「こうするべき」というものが無い、という事がこんなにも楽なものかと。これはやはり人では、味わえないだろうな。どうしたって、人は。人からの目を、気にするものだ。程度は違えど、それが縛りになって。「決まり」では、無いのだろうが「見えない決まり」として皆を縛るのだろうよ。」

確かに。

それは、分かる気がする。


ラピスでも、そうだったし、勿論私の世界でも。

同じ様に、「人からの視線」や「評価」は重視されるものだからだ。

「なんか。………嫌ですよね、そういうの。」

「まぁな。良い方に、働けばいい抑止力にはなるのだろうよ。お互いの目がある事で減らせる揉め事や何かも、あるだろうからな。しかし、何か何処かが、少しずつ、ズレて。それが「縛り」になるんだろう。」

「どうして………、なっちゃうんでしょうね?まあ、確かに「暗黙の了解」的な事って、あるとは思うんですけど。でも、それって「人の嫌がる事はしない」とか、「思いやりを持つ」とか?そんな事だと、思うんだけど………解釈が…違うのかな?うーーーーん?」


白のサテンの上で回る、玉虫色を見ながら考えていた。

確か。
イストリアも、図書室でそんな事を言っていた気がする。

「始めは少しの、我慢だったかもしれない」
確かそんな事だ。

「優しさ」で、何かを譲り「思いやり」で、他人の為に何かをする。
それを。
ただ、感謝や思いやりで返さずに享受するだけの者が。

多い、という事なのだろうか。


「感謝」を忘れて、「当たり前」になること。


それが?

一因では、あるのではないか。



ポツリと、どうやら洩らしていたらしい。

くるくる回る、玉虫から返事が返ってくる。

「それもあるだろうな。後はな………これも微妙な話だが、非常に巧妙でもある。」

「?」

「「感謝」される、とする。喜んでもらえると、嬉しいだろう?その反対に喜んでもらえないと不満なのかと、考える。狭い空間にいるとな、相手の気持ちが分かり易いだろう?な、過剰に反応してしまうんだ。小さな事が、「恐怖」に、なる。さっきのシリカも、そういうクチだろうな。」

確かに。
それはとても、よく分かる。

なんでも先回りして考え、相手に合わせてしまう。
というか、相手の不機嫌な顔や乱暴な物言いが気になってできるだけその状況にならない様、手を尽くすのだ。

嫌な言い方をすると。
「ご機嫌取り」とも、言うだろう。

私にもそういう所があって、しのぶにいつも言われていたから分かる。
だから、慣れない人と居ると疲れるのだ。


黙り込んだ私を見ながらも、話を続けるベイルート。
私も続きは聞きたいので、「大丈夫」と目で頷いておく。

「結局、相手の思い通りになってしまうんだろう。だから、無理矢理、させている訳でもなく。本人としても「やらされてる」感は、無いだろうな。非常に巧妙な縛りなんだ、これは。シリカ程では無くとも、多かれ少なかれここの人間は「こうあるべき」という鎖に、縛られているのだろうな。「他人ひとさまに迷惑をかけるな」「恥ずかしい」これだけで、充分だ。狭い世界だから、尚更だ。逃げ場もない、頼れる人も殆ど無いだろう。何処も事情は筒抜けだ。」

「美しい檻………。」

「ピッタリだな?」

「良くは、ないですけどね………。」

今迄は朧げだったダーダネルスの言っていた意味が、ハッキリと解った気がする。

やっと、今。


みんながお互いに、縛り、縛られて。
気が付かないうちに。

美しい檻に、入っているのか。

「誰が」原因、とかでは無くて?


いや、でもきっかけは。

あった筈だ。
そうだよね?

だってみんなが、みんなに優しい世界なら。
自分を、大切にしてお互いを思う、世界ならば。

そんな事には、ならない筈だから。


「………誰?何?人、なのか………でも「もの」じゃないよね………?」

「ヨル?」

「あ、いや、その檻なんですけど。原因があったんじゃないかと思って。」

「原因?」

「だってそもそも。始めから、檻な訳じゃないと思うんですよ。だって最初は豊かだったんですよね??ここもそうなのかな?グロッシュラーだって、緑があった。世界は、繋がってた筈だ。」

「どこが。どう、して…………?」


こう、なったの…………?


私のぐるぐるに、ポツリとベイルートが零す。

「歴史が要るな?」

「そう、ですね?」

と、いう事は?

「お兄さん?」
「ブラッドフォードか。」

ほぼ、ハモった私達。


内容は不穏だけど。
とりあえず、顔を見合わせて笑う。

腐っていたって、始まらない。

原因が、あるのなら。
もしそれが、判るならば。

光があるなら、追いかけようじゃないか。


「さ、ではいざ!」

「待て、とりあえずウイントフークじゃないか?」
「ええ、なんだか面倒くさそうな感じに………。」

「なんだ、ここにいたのか。」

「ゲッ。」
「なんだお前。どうした?」

ああ、ベイルートさんにロックオンしちゃった………。

私の顔を見て察したのだろう、ベイルートを手招きして手に乗せたウイントフーク。


しかし、私が本部長にさっきの話をきちんともう一度話せる気はしない。
絶対何かを忘れるか、脱線するか。

それなら、仕方ないか………。


そうして溜息を吐いた私は、一足先に食堂へ向かうことにした。

そう、きっともうすぐ夕飯だとお腹は言っているからである。
決して逃亡する訳では、ないのだ。

うむ。




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