悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ

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11 思い出したのに、婚約!(5)

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 ワイルドボアはそのままゆっくりと地面に倒れた。起き上がる気配もない。

(……た、倒せた……!)

 私はここでようやく自分が傷だらけであることに気づいた。魔物の放った鋭い瘴気による傷だろう。黒く焦げてあちこち痛い。

「リディアー!」
「お父様!」

 そこへお父様率いる聖騎士団が到着した。お父様が馬から降り、私に駆け寄る。

「リディア!」
「見てください! お父様! 私、あの大きなワイルドボアを倒しましたのよ!」
「しかし怪我を……」
「怪我? あぁそうですわね! 治しますわ!」

 すかさず私は聖石で聖魔法を展開する。あっという間に全身の傷が癒えた。

「そんなことよりお父様! 私一人でこの大きな魔物を倒しましたのよ! お兄様と手分けして……って、お兄様が街道の方でまだ戦っているかもしれませんわ! あの魔物の仲間が沢山押し寄せてきていて……!」

「分かった! お前は怪我人を癒やせ! 聖石を置いていく!」

 そう告げると、お父様率いる聖騎士団は街道へ向かった。
 もっと褒めて欲しかったし、お兄様のところに私も手伝いに行きたかったが、怪我人の救護を命じられてしまった。聖石の入った麻袋を持ち上げ、まずは孤児院の怪我人を確認するか、と歩き出した途端、背後から声がした。
 
「リディア嬢……」

 あ、忘れてた。この人の前で、剣を振り回して聖魔法を使ってしまったんだった。もう言い逃れは出来ない。とりあえず猫かぶりモードでニッコリする。

「クリストファー殿下、お怪我はありませんか?」
「あ、あぁ。大丈夫だ」

 意外にも普通に会話してくれて驚く。お転婆令嬢だとばれて、どうなるかと思っていたけれど。きっと内心ドン引きしているのを、お顔に出さないでくれているのだわ。さすが殿下。
 
「リディアお嬢様!」

 その時、サニーを抱いていたハロルドが血相をかいて走り寄ってきた。

「お、おねえちゃん……」
「サニー!?」

 さっきの大きな魔物が放った瘴気が当たったようだ。サニーの顔や手足などが腐り始めていた。殿下も今気づいたのか、苦しんでいるサニーを見て驚いた顔をしている。なんてこと!

「体が、痛いよう」
「心配ないわ。私があなたを治療するわね」

 麻袋の中から聖石を取り出す。サニーに聖石を持たせ、その上に私の手を重ねる。お母様の時と同じイメージで、優しい火魔法を展開し、彼女の身体中に張り巡らせて、傷を浄化していく。

「……あったかい……」
「もう少しよ! 頑張って!」

 光がサニーを包みこみ、魔法をかけ終えると、傷がすっかり癒えていた。

「わぁ! もう痛くない! ありがとう! リディアおねえちゃん!」

 サニーはハロルドの腕の中でニッコリと笑った。私はサニーの手を握ったまま、その手ごと自分の頬に当てる。

「サニー。さっきは私を心配してくれてありがとう。でもこれからは無茶しちゃダメよ。あなたが怪我をする方が悲しいわ」
「うん……。ごめんなさい……。でも私、大好きな人が大変な時に、黙って見てられない。だからリディアおねえちゃんみたいに強くなる!」

 あんなに怖い思いをしたのに、そう言うサニーは頼もしい。

「まぁ! サニーはとってもたくましいのね」
「おねえちゃんほどじゃないけどね」

 軽口も叩けるようになっているので問題ないだろうと判断した。
 殿下は驚きが隠せない様子だ。ここまで見られてしまったらもう誤魔化せない。私は開き直ることにした。猫かぶりはおしまいだ。

 私は「孤児院の中に怪我人がいないか確かめてきますわ」と言って立ち上がった。
 すると、殿下は無言でついてくる。

「リディアおねえちゃぁぁあん!!」
「よくぞご無事で!」

 院長先生は、サニーを止められず申し訳ないと謝罪してくださった。そしてサニーを助けてくれてありがとうございますと涙しながら何度も何度も頭を下げてくださった。サニーはこれからこっぴどく叱られそうだ。

 その後、私は孤児院や街の怪我人を次々と聖石で治癒していった。殿下も手伝うと申し出てくださったが、聖石を使用したことはないだろうし、殿下を働かせたとバレたらお父様に叱られそうな気がしたので固辞した。

 殿下は私の後についてまわり、私が治療する間、他の患者をトリアージしたり、励ましたりと色々動いてくださった。

「リディア様に傷を治していただけるなんて!」
「聖女様なのでは?」
「リディア様、ありがとうございます!」

 聖女ではないけれど感謝の言葉を直接もらえるのは嬉しい。お父様とお兄様が魔物を討伐して街へ戻ってきた頃には、たくさんの怪我人を癒した後だった。

 聖騎士団の皆さんは他にも魔物が潜んでいないか確認し、結界魔法を展開するため領地に残ることになった。私とお兄様は馬車に乗り込み、殿下を王宮まで送る。

「……驚いた」

 馬車が出発して随分時間が経過してから、ずっと黙っていたクリストファー殿下がボソリとつぶやいた。
 
「クリス?」
「君たちは魔物を討伐するのに慣れているのか? しかも、リディア嬢が聖魔法まで使えるなんて……驚いた」

 そりゃ驚くだろう。
公爵令嬢が剣を振り回し、火魔法で炎出しまくって聖魔法まで繰り出して、ワイルドボアを一人で倒したのだから。

「わたくし、魔物を倒すのは、今日が二回目でした」
「!」
「俺は森に出て少し練習していた。……近年魔物が出没する機会が増えているからな。鍛錬してる」

 お兄様が魔王復活のことは言わず、少し誤魔化して言った。国王陛下には、魔王復活の予言を私が聞いたのだと話してあるはずだが、クリストファー殿下はらないということだろうか。

「しかしリディア嬢まで」
「我が公爵領で起こったことですから。私も加勢するのは当然です。万が一にも殿下の御身に何かあってはいけませんもの」

 完璧令嬢モードで淑やかに返す。今更だが猫をかぶってしまう。

「私は、リディア嬢は剣など握らぬと思い込んでいた。魔法も防御魔法程度なのではと。まさか聖魔法の使い手だとは。恐れ入ったよ」

 普通の令嬢は殿下の想像通りだと思いますー! 規格外で申し訳ない! だから私以外のご令嬢と婚約してね!

「はしたないところをお見せいたしました」
「……いや。戦う貴女は……美しかった」
「「はっ?!」」

 お兄様と二人、予想外の殿下の発言にギョッとした。

「リディア嬢が放つ炎の聖魔法も美しい。貴女のその美しい赤色の髪によく似た、綺麗な光魔法だった」
「へ、へぇ?」
「それに比べ、私は護衛に守られるだけで何もできなかった。申し訳ない」

 ゆっくりと殿下が頭を下げる。殿下が臣下に頭を下げるだなんて!!

「あ、頭をお上げください!」
「クリスは気にすることじゃない。リディアも言った通り、公爵領で起きたことだし、クリスに何かあればそれこそ国の損失だ。クリスに怪我がなくて良かった」
「そう言ってくれて、ありがとう」

 その後は、クリストファー殿下は少し沈んだ雰囲気で黙り込んでしまった。きっと私がとんでもないお転婆だと知って、失望していらっしゃるのだわ! 嫌われてしまったに違いない。胸の奥が何故か少し痛むけれど、これで、ヒロインの恋の応援にきっと専念できるはず。アラン様ルートを見学させてもらいますからね!
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