幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第三章『アイランド・クライシス/少年少女たちの一番暑い夏』

Int.23:紅蓮と金狼、少年の見る白狼の背中は遙か遠く

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「ぐあーっ!!」
 放課後、校舎地下のシミュレータ・ルーム。稼働終了しスタンバイ位置に戻ってきたシミュレータから這い出してきたパイロット・スーツ姿の白井は、シミュレータ装置から飛び降りるなりそのままキャット・ウォークへ大の字になって寝転がってしまった。
「お疲れさま、アキラ」
 すると、傍の手すりにもたれ掛かっていたエマが近づいてきて、寝転がるそんな白井にペットボトルのミネラル・ウォーターを屈みながら手渡してくる。
「あー、ありがとエマちゃん」
 差し出されたそれを寝転がったまま受け取った白井は、それを一気に喉へ流し込んだ。ギンギンに冷えた水が喉を通れば、自然と疲れも解れてくるような気がする。
「――――っぷはぁ! ったー、生き返るわー」
 ペットボトルを口から離せば、そんな風に大きく息をつきながら白井はまた大の字になる。疲労困憊といった具合のそんな白井を見下ろしながらエマが小さく笑みを浮かべていると、コンコン、とキャット・ウォークを打ち鳴らす足音をしながら、ステラが近づいてきていた。
「ったく、しっかりなさい。たったこんだけでヘバるなんて、アンタそれでも男なの!?」
 寝転がる白井のすぐ傍に立つと、腕組みをしながら見下ろすステラがそんな具合に厳しい言葉を投げ掛ける。すると白井は「しょーがねーだろぉ!?」と寝転がったままで言い返し、
「俺だってなあ、頑張ってんだよおステラっちゃーん!!」
「言い訳は聞かない! ――――全く、ホントにアンタって男は。戦技演習が近いからって特訓に付き合ってあげれば、もうこのザマなんてね」
「まあまあ、そう怒ってやらないでよステラ」
 そんなステラを宥めるようにエマが声を掛ければ、彼女の方に振り向くステラは「怒ってない!」と、しかし明らかに何処か苛立っているような棘の強い語気で言ってくる。
「でも、ホントにアキラも前に比べて、随分上手くなってきたよね。格闘はさておいても、射撃は割と真面目に素質、あるんじゃないかな?」
「…………ま、確かにそれはそうかもね。悔しいけど、白井の射撃センスだけは認めてあげるしかないわ」
「おっ、こりゃあ嬉しいねえ……」
 寝転がったままで白井がそう口走れば、「かっ、勘違いするんじゃないわよっ!」と慌ててステラは言い、
「あくまで、アタシはアンタの射撃センスだけを認めてあげるって言ったまでだからね! 他はさっぱり駄目駄目なんだから、自惚れちゃ駄目よ!?」
「はいはい……。自分でよーく自覚してますって、ステラちゃんにそう言われんでもさぁ」
「あははは…………」
 そんな二人の、まあいつも通りといった具合のやり取りを遠目に眺めながら、エマは苦く笑みを浮かべる。
「それで? 少尉さんから見て、白井の調子ってどうなのよ」
「ん?」振り返ったステラに突然そう訊かれたものだから、エマは一瞬だけ反応が遅れてしまう。その後で言葉の意味を飲み込むと、彼女は「うーん」と少しの間唸り、
「まあ、悪くないかな。カズマみたいにキレッキレのセンスってワケじゃないけれど、普通以上はあると思うよ? アキラのパイロット適性っていうか、センスっていうのかな」
「ふーん……?」
 そう言うエマの言葉を噛み締めるように、顎に人差し指を当てたステラは唸る。そんな彼女の横顔を眺めながら、エマはキャット・ウォークの手すりにもたれたままで言葉を続けた。
「僕はどっちかってと前衛、格闘戦術や近距離戦がメインだから、アキラに教えられることってそこまで多くないけれど。でもアグレッサー経験のあるステラなら、色々とアドヴァイスできることもあるんじゃないかな?」
「ま、仮にも教導部隊だからね。やれるだけのことはしてみるつもりだわ」
 サッと髪を手先で振り払いながら、実にクールな仕草を取りながらステラはエマの言葉にそう返してみせる。
 ――――そうだ、教えるのならば、自分みたいな素人よりもステラのようなプロフェッショナルの方が良いに決まってる。今でこそ忘れがちだが、目の前に立つステラ・レーヴェンスはこの若さでアグレッサー部隊に加えられていたほどの腕利きだ。ひょっとすれば実戦経験では自分の方が上かも知れないが、しかしステラは教導のプロ。ズブの素人である彼に教えるのならば、彼女以上の適任は居まい……。
 そう考えながら、エマは伏せる白井とその前に立つステラの姿を、少し遠巻きに眺めていた。
(本人何も考えてないかもしれないけれど、良い相手を選んだよね、アキラは)
 口に出さないまま、内心でエマがそうひとりごちる。
「…………弥勒寺、かあ」
 すると、丁度そんな時に白井が妙なことをポツリと呟いたもので。だからかステラは「ん?」と彼の方に見下ろす視線を戻しながら、何のことか分からないといった風なきょとんとした顔で反応した。
「いや、ね? こうして思うと、やっぱアイツってすげーんだなあって」
「何よ、急に気持ち悪いわね……」
 じとーっとした眼で見下ろしてくるステラの反応にニヤッとしながら、白井はポツリ、ポツリとそのまま続けて言葉を紡いでいく。
「いやさ? 俺と同い年で、あんだけ上手くTAMSを扱えるのがさ。ステラちゃん倒しちゃったり、エマちゃんとも相打ちになってみたり。今まではなんとなーくでしか分かってなかったけど、こうして実際ステラちゃんにシゴかれてみて、改めてそう思ったんだ」
「まあ、ねえ。あの西條教官が眼に掛けるぐらいの男だし、当然っちゃ当然じゃない?」
「かも、知れないけどさあ」
「?」妙な語尾だった今の白井の言葉に、ステラが疑問符を浮かべる。「かも知れないけど、何なのよ?」
「それだけに、自分の無力さってーの? なんつーか、俺このままパイロットやっていけるのかなーって。そういうのを、感じちまったからさ」
「大丈夫だよ、それはアキラの考えすぎさ」
 ともすれば、横からそんな風に口を挟んでくるのはエマだ。「そうかぁ?」なんて白井が首だけで彼女の方を見つつ訊き返せば、エマは「うん」と頷き、
「誰でも、最初から上手い人間なんて居ないよ。僕だって初めは酷いものだったし。ステラだって、多分そうじゃない?」
「まあね」大げさに肩を竦めてみせながら、ステラは頷いてそんなエマの問いかけを肯定してみせた。
「でもさ、弥勒寺は……」
「カズマは、上手くなるのが早かっただけさ。上達する速度ってのは、人によって変わってくるから。だからアキラ、そこまで気に病むことじゃないよ」
 ま、確かにカズマの成長速度は異常だけれどね――――。
 最後に苦笑いをしながら、エマはそう一言付け足した。
「でも、スーパー・エースになる人間って、案外ああいう奴なのかもね」
「? ステラ、どういう意味?」
 ふとした時に呟いたステラの感慨深そうな言葉に、エマが首を傾げる。するとステラは「簡単な話よ」と言って、
「アタシたちは、もしかしたら伝説の始まりに立ち会ってるのかもしれないって、そう思っただけ」
「伝説、伝説。アイツが、ねえ……」
 そんな風に白井が呟けば、ステラは「あくまで、直感だけどね」と大げさな手振りを交えながら続ける。
「だって、アイツの機体だって元々は西條教官の物だったって噂よ?」
「そうなのか?」疑問符を浮かべる白井。
「ええ、専らの噂。――――だから、もしかしたら教官があの機体をカズマに預けたことにも、何か意味があるんじゃないかって。単なる直感と憶測だけど、アタシはそう思ってる」
「――――"関門海峡の白い死神"」
「えっ?」
 唐突に呟いたエマの方に戸惑う顔の白井が振り向けば、「教官の異名だよ」と柔らかく微笑みながらエマは言い、
「そして、教官が機体を塗ってたパーソナル・カラーも白。――――教官も、やっぱりカズマに思うところがあったんじゃないかな」
「まあ、あんなのでも引っ張り出して来ない限り、他の機体じゃあアタシのFSA-15Eストライク・ヴァンガードとはスペック差も大きすぎたんだけどね」
「多分、教官の意図はそれが半分だと僕も思うよ。ここの格納庫は色々見学させて貰ったけど、確かにカズマのタイプF以外に、ステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードや僕のEFA-22Exシュペール・ミラージュと対等に渡り合えるような機体は、殆ど無かったし」
「まあ、何でも良いんじゃない?」
 ステラはそう言えば、その片手を腰にくいっと当てる仕草をする。
「ということで、白井!」
「はっ、はいいいっ!!」
 突然いつもの口調に戻ったステラに怒鳴りつけられ、白井は寝転がったままながら直立不動の格好を取ってみせる。それが何故だかおかしくてエマはクスッと小さく笑うが、しかしステラはお構いなしといった具合に言葉を続けていく。
「とにかく、アンタはアンタでカズマはカズマ! 良いこと? アンタがもしアイツに追いつきたいんなら、これぐらいでヘバってちゃあ駄目なんだからね!? 幾らセンスがあるて言ってもアンタは所詮凡人クラスなんだから、もっともっと練習するしかないの。分かる!?」
「お、おう!」
「おうじゃない! 良いこと? アタシに対しての返事は、イエスかノーの後にマムを付けなさい!」
「い、イエス・マムっ!」
 突然鬼軍曹めいた語気にステラがなりだしたものだから、そんな彼女の後ろでエマは湧き上がる笑いを堪えきれずにニヤニヤと顔を綻ばせてしまう。
「よろしいっ! ――――とまあ冗談はこの辺にするとしても、とにかくアンタはもっと練習しないと駄目。暇な限りはアタシが付き合ってあげるから、分かった?」
「わ、分かったよ……」
「ホラ、いい加減起きなさい。ヒトのスカートの中覗こうとして寝転がってるの、バレバレだからね?」
 悪戯っぽくそう言いながらステラが手を差し伸べれば、「な、なんで分かった!?」なんて具合に全力で驚きながら、しかし白井は差し出されたその手を掴んだ。
「へぇっ!? あ、アキラ、もしかして僕のも……」
 ともすれば、顔を真っ赤にしたエマが軽く飛び退き、スカートを抑えつつ恐る恐るそう訊いてみれば。
「…………水色、ご馳走様でした」
 ステラに腕を引っ張られ立ち上がった白井は暫くの沈黙の後、実に清々しい笑みでエマにそう告げてくる。
「う、うわあああっ! アキラの馬鹿ぁーっ!!」
 すると、やはりエマは更に顔を真っ赤にして叫びながらうずくまり。そんな彼女を見ながら「ご馳走様でぇすっ!」と満面の笑みで白井が言えば、
「そこまでにしときなさい、このスケベめっ!」
「ヌッフオアアアア!?!?」
 制裁と言わんばかりにステラの長い脚がぐるりと回り、叩き付けられた強烈な回し蹴りで白井の身体が彼方にスッ飛んでいく。
「ったく、ホントに油断も隙も無いんだから……」
 キャット・ウォークの端まで飛んでいき、力なく崩れ落ち項垂れる白井を遠目に眺めながら、ステラが実に辟易とした顔で呟けば。
「……す、ステラちゃんは……黒のガーター…………」
「死ぬより酷い目に逢わせてあげましょうか、えぇっ!?」
 死に体ながら白井は余計なコトを口走ってしまうせいで、スッと顔を紅くし、一瞬の内に距離を詰めてきたステラに更に二、三発の追撃を喰らわされる羽目になっていた。その最中で「ありがとうございますっ!」なんて聞こえてきた辺り、白井はもしかすればソッチ・・・の気があるのだろうか……。
「おーう、やってるなあ若者たちよ」
 そうしていれば、シミュレータ・ルームに入ってきた西條が気楽に手を振りながら、白衣を翻し彼女らの方に歩いてくる。所構わずマールボロ・ライトの煙草を咥え吹かしているのは、最早様式美と言っても過言ではない。
「あ、教官」
 西條の気配に真っ先に気付いたエマが挨拶をすると「おうおう、エマも一緒か」といつもの気楽な調子で西條も軽く挨拶を返してくる。
「ん? なんだ珍しい。今日は弥勒寺じゃなくて白井なのか」
「え、ええ。そんなところです」
 白井への制裁を終えたステラが軽く口を詰まらせながら肯定すれば、そんな彼女の背中の向こうでボロ雑巾みたいになって地に伏せる白井の姿を西條はチラリと見ると、実におかしそうにニヤッと笑う。
「いいだろう。暇だし、ここからは私も付き合ってやる。天下の西條教官様のありがたーい特別補習だ。白井、ありがたく思えよ?」
「は、はひ…………」
 今にも息を引き取りそうなぐらいか弱い声色で白井は頷けば、どうやら自分はまだまだエラい目に遭うらしいことを、自ずと察していた。
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