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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』
Int.66:ブルー・オン・ブルー/仮初めの戦士、少年たちは再びの煉獄へ④
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「…………」
「…………」
出撃時刻も間近に迫ってきたという頃合い。しかしパイロット・スーツに着替えていた一真と瀬那の二人は、偶然廊下でバッタリと遭遇した霧香に「……こっち、来て」と誘われるがまま、こうして校舎の屋上に連れて来られて来てしまっていた。
それで、やって来た場所といえばいつも通りの貯水塔近くの一段高いところ。毎度の如く霧香のピッキングで施錠を突破して此処まで来たのだが、そんな彼女の片手には何処かで見たようなコンビ二袋。妙なデジャヴを感じながら、さてどう出てくるかと一真が瀬那と共に彼女の出方を待っていると、
「……はい、これ」
案の定、霧香がコンビニ袋の中から手渡してきたのは、いつも通りのあんパンだった。
「結局かよっ!?」
「……霧香、なんのつもりなのだ?」
あまりに予想そのままな結果に一真が座りながらも思い切りズッ転け掛けている横で、傍らにいつもの刀を置いていた瀬那が怪訝そうな眼でそう問う。霧香の顔と差し出されたあんパンの袋とを交互に移動させる彼女の視線は、割と本気で困惑しているようだった。
「腹が減っては、戦は出来ぬ……。って、よく言うからね……」
ふふっ、なんてあの無表情の上に薄く笑みを張り付かせながら、霧香は問いにそう答えて。すると、手に持っていたあんパンをズイッと瀬那の方に押し付けてくる。
「……食べろと、そう私に申したいのか?」
困惑しながら瀬那がもう一度訊けば、コクリと頷く霧香。どうやら、そういうことらしい。
仕方なしといった風に、瀬那は差し出されたそのあんパンの袋を霧香の手から受け取った。すると彼女は続けて一真にも手渡してくるから、一真は「はいはい……」と諦めたみたく素直にそれを受け取る。こちらに関しては、もういい加減慣れたものだ。
三人揃って袋を破き、霧香ははむっと、瀬那は恐る恐るといった風に少しずつ口を付け。慣れ切った一真は片手で豪快にあんパンを頬張る。
「――――む」
ともすれば、一口だけを口にした瀬那が、意外そうに眼を丸くする。その横で霧香がニヤリと「……ふっ、気に入ったみたいだね」と不敵に呟く通り、どうやら瀬那、あんパンの味わいが思いのほか気に入ったらしい。次々にはむはむと頬張っていく横顔を見ていると、何だか一真までニヤニヤと表情が綻んできてしまう。
「糖分補給は、大事だからね……。修羅場の前なら、特に……」
「それは同感だぜ、霧香。――――とはいえ、毎度毎度あんパンばっか食わせてくるのは、いい加減勘弁してくれって感じだが」
ボソボソと呟く霧香に、一真が苦笑いをしながらそうやって軽口めいたことを言い返してやる。すると隣の瀬那が「むっ?」と、あんパンを頬張りながらの顔でこちらに振り向き、
「……っふぅ。一真、其方は霧香に何度もこうして?」
と、飲み込んだ後に訊かれるものだから、一真は「んだな」と頷いてやる。
「夏休み前だけどな、何度かこうして連れて来られてる。曰く、お気に入りなんだとさ。……だろ、霧香?」
大袈裟に肩を竦めながらで言った一真が、最後に話題を振ってやると。そうすると霧香はあんパンを頬張ったまま、コクリと頷いてそれを肯定した。
「…………むぅ」
ともすれば、何故か瀬那はぷくーっと微妙に不機嫌そうに頬を膨らませてしまい。
「……一真は、私のだぞ」
なんて風に、ボソリととんでもないことを口にした。
「おいおい……」
こんなことを、あんな軽く頬を朱に染めながらの可愛げな横顔で言われてしまえば、一真も何だか小っ恥ずかしくなってきてしまって。そんな風に、彼女の隣でただただ苦く笑うことしか出来ない。
「大丈夫、だいじょーぶ。分かってるよ、瀬那は私の主だもんね……。主の男には、あんまり手を付ける気はないからさ……」
すると、そんな瀬那に対し、霧香は何処吹く風という風に眼を細めながら、いつも通りの飄々とした調子でそんなことを言い返す。
「…………」
――――そんな霧香の横顔を見て、少し前のあの一件を。ベランダに現れた彼女に突然の口付けをされたことを一真が思い出していたのは、誰にも内緒のことだ。
だが、少しばかり表情には漏れてしまい。苦笑いの中に少し遠い眼を知らず知らずの内に一真が織り交ぜてしまっていれば、それを見逃す彼女ではなく。霧香は横目で不敵に笑いながら「……ふっ」と意味深な笑みを浮かべ、
「まあでも、まるで手を付けないとは、誰も言ってないから……」
なんて言いながら、空になったあんパンの袋をコンビに袋の中へ放り。そうしてズイッと瀬那越しに一真の方へと身を乗り出して来れば――――。
「ん…………」
「――――!?!?」
あまりに唐突に、霧香は瞳を閉じながら、その唇を一真の唇とに小さく重ねてきた。
「きっ……霧香ぁっ!?」
ともすれば、瀬那が素っ頓狂な声を上げながら驚き慌てふためくのは必定。とはいえ手を出すことも出来ず、一瞬の接触で霧香が唇を離していくのを、ただ顔を真っ赤にしながら傍観することしか出来ないでいる。
「……ふふっ、ご馳走様…………」
何が起こったか分からないといったような顔の一真が、眼をぱちくりとさせている向こう側で。少しだけ艶っぽい顔になった霧香がむふふ、なんて色のある笑みを浮かべながら、そんなことを口走る。
「きっ……! きっ、きき霧香っ!?」
そんな風な反応を霧香が見せていると、そんな彼女に詰め寄る勢いで、完全に混乱したような顔の瀬那が凄い剣幕で詰め寄っていく。それに霧香が「……なに?」と普段と変わらぬ調子で返せば、
「そ、其方は自分が何をしたか……! わ、分かっておるのか!?」
「……分からないほど、私も馬鹿じゃないよ…………?」
すると、霧香はそんな風に、何故か薄く困ったような顔を張り付かせるものだから。
「な、なら――――!」
「知らない内に、惚れちゃってた……」
「っ……!?」
「惚れた方が負けって、ホントにその通りなんだね……。勉強、勉強……」
相変わらずの呑気な調子で霧香がそんなことを言っていると、瀬那はやはりというべきか、次に一真の方に振り向いて。
「そっ……! 其方は、知っておったのか!? このことをっ!?」
とまあこんな具合に矛先を今度は一真に向けてきたものだから、一真は「あー……」とバツが悪そうに視線を逸らしつつ、
「……知らないわけじゃ、なかったか」
「むぅ……!」
すると、顔の近い瀬那は何故か涙目になっているものだから。一真は慌てて「ま、待て! 待ってくれ!」と彼女の肩を両手で掴み、
「違うって、マジで俺も今回のことは予想外! っていうか、てっきり諦めたモンだと――――」
「諦めたとは、一言も言ってないんだけれどな……」
「霧香ァ!! ややこしくなるからちょっと黙っててくれ! ――――とにかく、マジで予想外! 瀬那が思っているようなことじゃない!」
「……その言葉、真か?」
涙目の瀬那に訊かれ、一真は「ホントにホント! 俺を信じてくれよっ!!」と全力で縦に頷く。
「……むぅ」
しかし、瀬那はまだ頬を膨らませているものだから。一真はこれ以外に無いと最終手段に出て――――そのまま、掴んでいた肩ごと彼女を自分の方に引き寄せてしまう。
「ほわぁっ!?」
流石にこれは予想外だったのか、瀬那は素っ頓狂な声を上げるが、しかし抵抗する素振りは見せない。一真はそのまま彼女を抱き締めてやりつつ、頭の後ろを左手でそっと撫でてやる。
「悪かったよ、変な心配掛けて」
疲れたような声音で、耳元でそう囁きかけて落ち着かせてやりながら。そうしながら霧香の方に視線を向け「ほら、霧香も謝んなって」と催促する。
「……少し、失敗だったかな。ごめんね……。軽い、冗談のつもりだったんだけれどさ…………」
「霧香の冗談は、毎度毎度冗談になっておらぬのだ……。全く、其方という奴は……」
抱かれたまま、拗ねたように言う瀬那に、霧香は「ごめん、ごめん……」といつもの無表情で、しかし流石に何処か申し訳なさげに詫びていた。
「ったく、勘弁してくれよ、出撃前だってのに……」
そんな二人のやり取りを眺めながら、胸に掻き抱いた瀬那の後頭部を撫で続けてやりながら。一真はひとりごちつつ、大きく溜息をつく。
「……して、霧香?」
すると、一真にされるがままの瀬那はそう、霧香の方に視線を向けていて。
「其方……真に、一真のことを好いておるのか?」
なんて具合に、今度は自分からその爆弾めいた話題を吹っ掛けていた。
「まあ、そうだね……。否定するつもりは、ないよ……」
瀬那の問いに、霧香がそうやって答えれば。すると瀬那は少しの間悩むように唸って、
「――――此処は、渡せぬ」
そう言うが、しかし続いてこうも霧香に向かって言う。
「しかし――――他ならぬ其方ならば、赦そう」
……と、瀬那の口から続いて飛び出してきたのは、ある意味で一真にとっては予想外な。それでいて、とんでもない一言だった。
「…………えーと、瀬那?」
だからか、一真は物凄い引き攣った顔で瀬那の方に視線を落とし、一応何か訊いてみようとする。
「一真、其方は此奴のこと、嫌いではないのだろう?」
すると、逆に瀬那の方から訊いてくるものだから。一真はしどろもどろになりつつも、「ま、まあな……」と肯定してしまう。実際霧香は割とアリだとは思っていたが故に、嘘をつくことは出来なかった。
「ならば、良い。他の者ならば赦さぬところだが――――他でもない、霧香だ。それにどう足掻いても、其方が私を娶る以上、此奴は私と共に付いて来る」
「め、娶るって……」
困惑しながら苦笑いを一真が浮かべていると、しかし瀬那は「事実であろう?」と、さも当然のように訊き返してくる。
「……まあ、そうかもだが」
実際それは決して嘘というわけではないので、困りながらも一真は頷くしか出来なかった。
「ならば、どちらにせよ霧香は私と共に付いて来るのだ。側室程度ならば、其方の隣に置いておいても問題はない。寧ろ、良い身辺警護になる」
「ふっ……。どのみち、私は最初からそのつもりだったからね…………」
こんな具合に、霧香までもが完全に乗り気なものだから。一真としては最早どうすることも出来ず、「好きにしてくれ……」と諦めることしか出来ることがない。
「うむ♪ 私は好きにさせて貰うっ」
すると、瀬那はご機嫌そうにぎゅっと一真を両腕で強く抱き締め返してきて。
「じゃあ、私もご相伴に与ろうかな……」
それに便乗するように、ズイッと近づいてきた霧香も一真のすぐ隣に座り直し、そうしながら一真の肩にこてん、と傾げた首を預けてくる。
「……ごめんね、一真。やっぱり、私も、諦めきれなかった…………」
すると、霧香は一真の耳元に唇を寄せれば、そんなことを囁きかけてきた。
「良いさ、諦めなくて」
そんな霧香に、一真は疲れたような苦笑いをしながら囁き返す。
「……ひょっとして、俺はこういう星の下に生まれついたのか?」
「ふふっ……。かもね、君のたらしっぷりは、まるで磁石みたい。もう、異質の領域だから…………」
小さな溜息とともに一真が呟けば、霧香は小さな微笑みと共にそう言って。そう言った後で、そんな一真の耳たぶを小さく甘噛みなんかしてみせる。
「…………まあ、いいか」
これが、己が運命であるのだとすれば。三人ばかし、なんとか護り抜いてみせるとしよう――――。
(どっちかてと、これじゃあ俺が護られる立場だけどさ)
続いてそんなことを思ってしまえば、一真の顔に浮かぶのは自嘲するような苦笑い。思えば瀬那もエマも、それに霧香でさえも、自分なんかよりずっとずっと強い女たちばかりだ。本当に、逆じゃないかってぐらいに、自分は彼女らに護られている。
だが――――それでも、気概だけはそうでいようと。
一真はそう思いながら、小さな溜息をつく。しかしその溜息の色は、決してネガティヴな色ではなく。寧ろ、淡い幸福感にさえ包まれているような、そんな色の溜息だった。
――――出撃の時間は、刻一刻と近づいてきている。
……だからこそ。だからこそ一真は、今だけはこの幸福を噛み締めていようと思った。どうせあと少しすれば、血生臭い戦場へと旅立たねばならないのだ。
ならば、今だけは。この一瞬だけは、二人との時間を噛み締め、そして胸に刻みつけていようと、そう思っていた。
(…………刻みつけていれば、また還れるから)
そうだ、また還れる。誰一人欠けること無く、またこの場所へ――――。
雲の合間から少しだけ顔を出した月に、一真は祈るような気持ちだった。再び、彼女らとこの場所へ還って来られるようにと…………。
「…………」
出撃時刻も間近に迫ってきたという頃合い。しかしパイロット・スーツに着替えていた一真と瀬那の二人は、偶然廊下でバッタリと遭遇した霧香に「……こっち、来て」と誘われるがまま、こうして校舎の屋上に連れて来られて来てしまっていた。
それで、やって来た場所といえばいつも通りの貯水塔近くの一段高いところ。毎度の如く霧香のピッキングで施錠を突破して此処まで来たのだが、そんな彼女の片手には何処かで見たようなコンビ二袋。妙なデジャヴを感じながら、さてどう出てくるかと一真が瀬那と共に彼女の出方を待っていると、
「……はい、これ」
案の定、霧香がコンビニ袋の中から手渡してきたのは、いつも通りのあんパンだった。
「結局かよっ!?」
「……霧香、なんのつもりなのだ?」
あまりに予想そのままな結果に一真が座りながらも思い切りズッ転け掛けている横で、傍らにいつもの刀を置いていた瀬那が怪訝そうな眼でそう問う。霧香の顔と差し出されたあんパンの袋とを交互に移動させる彼女の視線は、割と本気で困惑しているようだった。
「腹が減っては、戦は出来ぬ……。って、よく言うからね……」
ふふっ、なんてあの無表情の上に薄く笑みを張り付かせながら、霧香は問いにそう答えて。すると、手に持っていたあんパンをズイッと瀬那の方に押し付けてくる。
「……食べろと、そう私に申したいのか?」
困惑しながら瀬那がもう一度訊けば、コクリと頷く霧香。どうやら、そういうことらしい。
仕方なしといった風に、瀬那は差し出されたそのあんパンの袋を霧香の手から受け取った。すると彼女は続けて一真にも手渡してくるから、一真は「はいはい……」と諦めたみたく素直にそれを受け取る。こちらに関しては、もういい加減慣れたものだ。
三人揃って袋を破き、霧香ははむっと、瀬那は恐る恐るといった風に少しずつ口を付け。慣れ切った一真は片手で豪快にあんパンを頬張る。
「――――む」
ともすれば、一口だけを口にした瀬那が、意外そうに眼を丸くする。その横で霧香がニヤリと「……ふっ、気に入ったみたいだね」と不敵に呟く通り、どうやら瀬那、あんパンの味わいが思いのほか気に入ったらしい。次々にはむはむと頬張っていく横顔を見ていると、何だか一真までニヤニヤと表情が綻んできてしまう。
「糖分補給は、大事だからね……。修羅場の前なら、特に……」
「それは同感だぜ、霧香。――――とはいえ、毎度毎度あんパンばっか食わせてくるのは、いい加減勘弁してくれって感じだが」
ボソボソと呟く霧香に、一真が苦笑いをしながらそうやって軽口めいたことを言い返してやる。すると隣の瀬那が「むっ?」と、あんパンを頬張りながらの顔でこちらに振り向き、
「……っふぅ。一真、其方は霧香に何度もこうして?」
と、飲み込んだ後に訊かれるものだから、一真は「んだな」と頷いてやる。
「夏休み前だけどな、何度かこうして連れて来られてる。曰く、お気に入りなんだとさ。……だろ、霧香?」
大袈裟に肩を竦めながらで言った一真が、最後に話題を振ってやると。そうすると霧香はあんパンを頬張ったまま、コクリと頷いてそれを肯定した。
「…………むぅ」
ともすれば、何故か瀬那はぷくーっと微妙に不機嫌そうに頬を膨らませてしまい。
「……一真は、私のだぞ」
なんて風に、ボソリととんでもないことを口にした。
「おいおい……」
こんなことを、あんな軽く頬を朱に染めながらの可愛げな横顔で言われてしまえば、一真も何だか小っ恥ずかしくなってきてしまって。そんな風に、彼女の隣でただただ苦く笑うことしか出来ない。
「大丈夫、だいじょーぶ。分かってるよ、瀬那は私の主だもんね……。主の男には、あんまり手を付ける気はないからさ……」
すると、そんな瀬那に対し、霧香は何処吹く風という風に眼を細めながら、いつも通りの飄々とした調子でそんなことを言い返す。
「…………」
――――そんな霧香の横顔を見て、少し前のあの一件を。ベランダに現れた彼女に突然の口付けをされたことを一真が思い出していたのは、誰にも内緒のことだ。
だが、少しばかり表情には漏れてしまい。苦笑いの中に少し遠い眼を知らず知らずの内に一真が織り交ぜてしまっていれば、それを見逃す彼女ではなく。霧香は横目で不敵に笑いながら「……ふっ」と意味深な笑みを浮かべ、
「まあでも、まるで手を付けないとは、誰も言ってないから……」
なんて言いながら、空になったあんパンの袋をコンビに袋の中へ放り。そうしてズイッと瀬那越しに一真の方へと身を乗り出して来れば――――。
「ん…………」
「――――!?!?」
あまりに唐突に、霧香は瞳を閉じながら、その唇を一真の唇とに小さく重ねてきた。
「きっ……霧香ぁっ!?」
ともすれば、瀬那が素っ頓狂な声を上げながら驚き慌てふためくのは必定。とはいえ手を出すことも出来ず、一瞬の接触で霧香が唇を離していくのを、ただ顔を真っ赤にしながら傍観することしか出来ないでいる。
「……ふふっ、ご馳走様…………」
何が起こったか分からないといったような顔の一真が、眼をぱちくりとさせている向こう側で。少しだけ艶っぽい顔になった霧香がむふふ、なんて色のある笑みを浮かべながら、そんなことを口走る。
「きっ……! きっ、きき霧香っ!?」
そんな風な反応を霧香が見せていると、そんな彼女に詰め寄る勢いで、完全に混乱したような顔の瀬那が凄い剣幕で詰め寄っていく。それに霧香が「……なに?」と普段と変わらぬ調子で返せば、
「そ、其方は自分が何をしたか……! わ、分かっておるのか!?」
「……分からないほど、私も馬鹿じゃないよ…………?」
すると、霧香はそんな風に、何故か薄く困ったような顔を張り付かせるものだから。
「な、なら――――!」
「知らない内に、惚れちゃってた……」
「っ……!?」
「惚れた方が負けって、ホントにその通りなんだね……。勉強、勉強……」
相変わらずの呑気な調子で霧香がそんなことを言っていると、瀬那はやはりというべきか、次に一真の方に振り向いて。
「そっ……! 其方は、知っておったのか!? このことをっ!?」
とまあこんな具合に矛先を今度は一真に向けてきたものだから、一真は「あー……」とバツが悪そうに視線を逸らしつつ、
「……知らないわけじゃ、なかったか」
「むぅ……!」
すると、顔の近い瀬那は何故か涙目になっているものだから。一真は慌てて「ま、待て! 待ってくれ!」と彼女の肩を両手で掴み、
「違うって、マジで俺も今回のことは予想外! っていうか、てっきり諦めたモンだと――――」
「諦めたとは、一言も言ってないんだけれどな……」
「霧香ァ!! ややこしくなるからちょっと黙っててくれ! ――――とにかく、マジで予想外! 瀬那が思っているようなことじゃない!」
「……その言葉、真か?」
涙目の瀬那に訊かれ、一真は「ホントにホント! 俺を信じてくれよっ!!」と全力で縦に頷く。
「……むぅ」
しかし、瀬那はまだ頬を膨らませているものだから。一真はこれ以外に無いと最終手段に出て――――そのまま、掴んでいた肩ごと彼女を自分の方に引き寄せてしまう。
「ほわぁっ!?」
流石にこれは予想外だったのか、瀬那は素っ頓狂な声を上げるが、しかし抵抗する素振りは見せない。一真はそのまま彼女を抱き締めてやりつつ、頭の後ろを左手でそっと撫でてやる。
「悪かったよ、変な心配掛けて」
疲れたような声音で、耳元でそう囁きかけて落ち着かせてやりながら。そうしながら霧香の方に視線を向け「ほら、霧香も謝んなって」と催促する。
「……少し、失敗だったかな。ごめんね……。軽い、冗談のつもりだったんだけれどさ…………」
「霧香の冗談は、毎度毎度冗談になっておらぬのだ……。全く、其方という奴は……」
抱かれたまま、拗ねたように言う瀬那に、霧香は「ごめん、ごめん……」といつもの無表情で、しかし流石に何処か申し訳なさげに詫びていた。
「ったく、勘弁してくれよ、出撃前だってのに……」
そんな二人のやり取りを眺めながら、胸に掻き抱いた瀬那の後頭部を撫で続けてやりながら。一真はひとりごちつつ、大きく溜息をつく。
「……して、霧香?」
すると、一真にされるがままの瀬那はそう、霧香の方に視線を向けていて。
「其方……真に、一真のことを好いておるのか?」
なんて具合に、今度は自分からその爆弾めいた話題を吹っ掛けていた。
「まあ、そうだね……。否定するつもりは、ないよ……」
瀬那の問いに、霧香がそうやって答えれば。すると瀬那は少しの間悩むように唸って、
「――――此処は、渡せぬ」
そう言うが、しかし続いてこうも霧香に向かって言う。
「しかし――――他ならぬ其方ならば、赦そう」
……と、瀬那の口から続いて飛び出してきたのは、ある意味で一真にとっては予想外な。それでいて、とんでもない一言だった。
「…………えーと、瀬那?」
だからか、一真は物凄い引き攣った顔で瀬那の方に視線を落とし、一応何か訊いてみようとする。
「一真、其方は此奴のこと、嫌いではないのだろう?」
すると、逆に瀬那の方から訊いてくるものだから。一真はしどろもどろになりつつも、「ま、まあな……」と肯定してしまう。実際霧香は割とアリだとは思っていたが故に、嘘をつくことは出来なかった。
「ならば、良い。他の者ならば赦さぬところだが――――他でもない、霧香だ。それにどう足掻いても、其方が私を娶る以上、此奴は私と共に付いて来る」
「め、娶るって……」
困惑しながら苦笑いを一真が浮かべていると、しかし瀬那は「事実であろう?」と、さも当然のように訊き返してくる。
「……まあ、そうかもだが」
実際それは決して嘘というわけではないので、困りながらも一真は頷くしか出来なかった。
「ならば、どちらにせよ霧香は私と共に付いて来るのだ。側室程度ならば、其方の隣に置いておいても問題はない。寧ろ、良い身辺警護になる」
「ふっ……。どのみち、私は最初からそのつもりだったからね…………」
こんな具合に、霧香までもが完全に乗り気なものだから。一真としては最早どうすることも出来ず、「好きにしてくれ……」と諦めることしか出来ることがない。
「うむ♪ 私は好きにさせて貰うっ」
すると、瀬那はご機嫌そうにぎゅっと一真を両腕で強く抱き締め返してきて。
「じゃあ、私もご相伴に与ろうかな……」
それに便乗するように、ズイッと近づいてきた霧香も一真のすぐ隣に座り直し、そうしながら一真の肩にこてん、と傾げた首を預けてくる。
「……ごめんね、一真。やっぱり、私も、諦めきれなかった…………」
すると、霧香は一真の耳元に唇を寄せれば、そんなことを囁きかけてきた。
「良いさ、諦めなくて」
そんな霧香に、一真は疲れたような苦笑いをしながら囁き返す。
「……ひょっとして、俺はこういう星の下に生まれついたのか?」
「ふふっ……。かもね、君のたらしっぷりは、まるで磁石みたい。もう、異質の領域だから…………」
小さな溜息とともに一真が呟けば、霧香は小さな微笑みと共にそう言って。そう言った後で、そんな一真の耳たぶを小さく甘噛みなんかしてみせる。
「…………まあ、いいか」
これが、己が運命であるのだとすれば。三人ばかし、なんとか護り抜いてみせるとしよう――――。
(どっちかてと、これじゃあ俺が護られる立場だけどさ)
続いてそんなことを思ってしまえば、一真の顔に浮かぶのは自嘲するような苦笑い。思えば瀬那もエマも、それに霧香でさえも、自分なんかよりずっとずっと強い女たちばかりだ。本当に、逆じゃないかってぐらいに、自分は彼女らに護られている。
だが――――それでも、気概だけはそうでいようと。
一真はそう思いながら、小さな溜息をつく。しかしその溜息の色は、決してネガティヴな色ではなく。寧ろ、淡い幸福感にさえ包まれているような、そんな色の溜息だった。
――――出撃の時間は、刻一刻と近づいてきている。
……だからこそ。だからこそ一真は、今だけはこの幸福を噛み締めていようと思った。どうせあと少しすれば、血生臭い戦場へと旅立たねばならないのだ。
ならば、今だけは。この一瞬だけは、二人との時間を噛み締め、そして胸に刻みつけていようと、そう思っていた。
(…………刻みつけていれば、また還れるから)
そうだ、また還れる。誰一人欠けること無く、またこの場所へ――――。
雲の合間から少しだけ顔を出した月に、一真は祈るような気持ちだった。再び、彼女らとこの場所へ還って来られるようにと…………。
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