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三度目の接触、侵食
6、言葉は信用しない
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「おかえり、きよみちゃん」
大学の帰り、きよみが一人暮らししているマンションの前で、彼は待ち構えていた。
「なんでいるんですか」
「今日は授業早く終わるからさ。で、きよみちゃんに会いたくなっちゃって」
ぐっと強くこぶしを握る。きよみは努めて冷静に自分の心境を考えた。
今自分は彼に帰って欲しいと思っているだろうか。また流されてしまいそうで怖いだろうか。自分はいま、彼を求めてしまっていないだろうか。
眉を寄せてじっと見つめてしまえば、相手は穏やかに微笑んだ。
「そんな警戒しないでよ。本気で嫌がることはしないって言ったでしょ」
「本気で嫌がってるかどうか、どうしてわかるんですか」
「うーん、実は俺、何度か本気で嫌がられちゃったことがあってさ。だから違いがわかっちゃうんだよね。誘ってるときとの違いが」
「勘違いかもしれないじゃないですか。全部本気で嫌がられてたかも」
「違うんだよ、それが。もちろん口では嫌がってるように言うこともあるけどさ。ホントはそうじゃない子っているじゃん? 逆に口では『来てくれて嬉しいですぅ』って言ってるのに全然目が笑ってない子とか」
言いながら、彼は距離を詰めてくる。
「だから俺、言葉はあんまり信用してないんだよね。態度とか仕草とか、そういうのを見るようにしてる。で、きよみちゃんのこともそう」
熱を宿した瞳に、息がつまりそうになる。まずい。このままではまた流される。身体の本音を引きずり出される。
「帰ってください」
力強く、きっぱりと言い放つ。
「俺、言葉は信用しないって、言ったよね?」
低く笑った彼が、試すような瞳をぶつけてくる。自信ありげな眼差しに、きよみはたじろいだ。
「きよみちゃん、なんでそんなに俺のこと嫌がるふりするの?」
「ホントに嫌だからです」
「うーん、つまり俺とヤるのは嫌じゃないけど、俺のことは嫌ってこと?」
それは的を射ているようで、少し違っているようにも思えた。
「俺って弄ばれてんだ?」
「帰ってください」
「身体はもう疼いてるのに?」
「疼いてません!」
きよみは、かっと目を見開いて叫ぶように言った。大丈夫、嘘は言っていない。身体はまだ疼いていない。
きよみは彼の横をすりぬけて、自宅の鍵を差し込んだ。素早くドアを開けて身体を滑り込ませた。ドアを閉め、鍵も閉める。
成功した。正直上手くいくとは思わなかったが、彼を家に上げずに済んだ。こっそり己の勝利を喜んでいると、外から彼の声がした。
「きよみちゃーん、ここにスマホ忘れてるよ」
は? と首を傾げた。そんなはずがない。ちゃんとバッグにあるはずだ。そうして確認してみるが、見当たらない。
「慌てて家に入ろうとするからだよ。返してあげるからドア開けて?」
きよみはチェーンをかけてからドアを開けた。
「……まさか、取ったんですか?」
「んー? それよりドア開けてくれなきゃ返せないよ」
罠に嵌められたことを悟る。
「隙間から渡せるでしょう」
「えー、無理だよ。俺そんな器用じゃないし」
きよみは一旦ドアを閉めた。深く息を吸い、自らの呼吸を整える。予感に身体が反応し始める。だめだ、自分を律しなければ。流されないためには、彼と目を合わせてはいけない。
きよみは意を決し、チェーンを外した。俯きがちにドアを開け、視界の端で彼を捉えながら手を出した。
「返してください」
いつまでも手に乗せてくれない彼が、見つめてくるのがわかる。絶対に顔を上げてなるものか。そうしていると、ぐいとドアが開けられた。堂々と玄関に入ってきた彼は、きよみの正面に回るとドアの鍵を閉めた。避けていた瞳に捕らわれる。
「はい、スマホ」
「……どうも」
受け取ったスマホを胸に抱き、そのまま動けずにいると、彼が部屋に上がり込む。
「お邪魔しまーす」
きよみはため息を吐いた。
大学の帰り、きよみが一人暮らししているマンションの前で、彼は待ち構えていた。
「なんでいるんですか」
「今日は授業早く終わるからさ。で、きよみちゃんに会いたくなっちゃって」
ぐっと強くこぶしを握る。きよみは努めて冷静に自分の心境を考えた。
今自分は彼に帰って欲しいと思っているだろうか。また流されてしまいそうで怖いだろうか。自分はいま、彼を求めてしまっていないだろうか。
眉を寄せてじっと見つめてしまえば、相手は穏やかに微笑んだ。
「そんな警戒しないでよ。本気で嫌がることはしないって言ったでしょ」
「本気で嫌がってるかどうか、どうしてわかるんですか」
「うーん、実は俺、何度か本気で嫌がられちゃったことがあってさ。だから違いがわかっちゃうんだよね。誘ってるときとの違いが」
「勘違いかもしれないじゃないですか。全部本気で嫌がられてたかも」
「違うんだよ、それが。もちろん口では嫌がってるように言うこともあるけどさ。ホントはそうじゃない子っているじゃん? 逆に口では『来てくれて嬉しいですぅ』って言ってるのに全然目が笑ってない子とか」
言いながら、彼は距離を詰めてくる。
「だから俺、言葉はあんまり信用してないんだよね。態度とか仕草とか、そういうのを見るようにしてる。で、きよみちゃんのこともそう」
熱を宿した瞳に、息がつまりそうになる。まずい。このままではまた流される。身体の本音を引きずり出される。
「帰ってください」
力強く、きっぱりと言い放つ。
「俺、言葉は信用しないって、言ったよね?」
低く笑った彼が、試すような瞳をぶつけてくる。自信ありげな眼差しに、きよみはたじろいだ。
「きよみちゃん、なんでそんなに俺のこと嫌がるふりするの?」
「ホントに嫌だからです」
「うーん、つまり俺とヤるのは嫌じゃないけど、俺のことは嫌ってこと?」
それは的を射ているようで、少し違っているようにも思えた。
「俺って弄ばれてんだ?」
「帰ってください」
「身体はもう疼いてるのに?」
「疼いてません!」
きよみは、かっと目を見開いて叫ぶように言った。大丈夫、嘘は言っていない。身体はまだ疼いていない。
きよみは彼の横をすりぬけて、自宅の鍵を差し込んだ。素早くドアを開けて身体を滑り込ませた。ドアを閉め、鍵も閉める。
成功した。正直上手くいくとは思わなかったが、彼を家に上げずに済んだ。こっそり己の勝利を喜んでいると、外から彼の声がした。
「きよみちゃーん、ここにスマホ忘れてるよ」
は? と首を傾げた。そんなはずがない。ちゃんとバッグにあるはずだ。そうして確認してみるが、見当たらない。
「慌てて家に入ろうとするからだよ。返してあげるからドア開けて?」
きよみはチェーンをかけてからドアを開けた。
「……まさか、取ったんですか?」
「んー? それよりドア開けてくれなきゃ返せないよ」
罠に嵌められたことを悟る。
「隙間から渡せるでしょう」
「えー、無理だよ。俺そんな器用じゃないし」
きよみは一旦ドアを閉めた。深く息を吸い、自らの呼吸を整える。予感に身体が反応し始める。だめだ、自分を律しなければ。流されないためには、彼と目を合わせてはいけない。
きよみは意を決し、チェーンを外した。俯きがちにドアを開け、視界の端で彼を捉えながら手を出した。
「返してください」
いつまでも手に乗せてくれない彼が、見つめてくるのがわかる。絶対に顔を上げてなるものか。そうしていると、ぐいとドアが開けられた。堂々と玄関に入ってきた彼は、きよみの正面に回るとドアの鍵を閉めた。避けていた瞳に捕らわれる。
「はい、スマホ」
「……どうも」
受け取ったスマホを胸に抱き、そのまま動けずにいると、彼が部屋に上がり込む。
「お邪魔しまーす」
きよみはため息を吐いた。
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