病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)

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崇拝型⑧

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 翔。

 ジャージ姿の幼馴染は酷く焦った様子で近寄り、俺を文月くんから引き剥がした。
 あ、と小さく開けた口から漏れた文月くんの声。惜しむように伸ばされた手を、翔は強く弾いた。

「怖がってんのがわかんねーのかよ!! 目ェ覚ませアホ!!」

「っやめろ翔!」

 翔が、手を振り上げる。それを認識し──固まっていた体を必死に動かした。
 そこまでしなくたっていい。手を上げるのはやりすぎだ。揉み合いになり、なんとか翔を押さえ込んでいると──

「怖、がってる?」

 場に落ちたのは、震えた声。

「あ、あ──ごめん、ごめんね。おれ、そんなつもりじゃ──ああ……」

 大きく見開いた目が、信じられないというように絶望に染まっていく。どうやら──自分のしたことを認識したらしい。
 顔を覆って、くしゃりと髪をかきあげて。震える声で、言葉をひとつひとつ探るように紡いでいく。

「きみに、おれよりも仲がいい子がいるんだって、思ったら。なんだか、目の前が真っ暗になっちゃって……」

 ああ。安堵がゆっくりと広がっていく。
 いつもの文月くんだ。

「……だい、じょうぶだよ。ちょっとびっくりはしたけど」

「……でも……田山くんが食べたお菓子に血を入れたなんて、どう償っても赦されないよ」

 隣で、幼馴染が「は?」と困惑したような声をあげ──数秒置いてからまた飛び出しそうになったのを片手だけで制した。こんなに荒っぽい一面は初めて見たため、ひやひやする。

「……おれ、どうしても、食べて欲しくて。職人としても、人としても、やっちゃいけないことしちゃった。だから、将来職人になるのは……諦める」

 ごめんなさい。

 深々と頭を下げた。申し訳なさそうに告げた彼の言葉を認識して。俺は思わず、声を張り上げていた。

「っ駄目!!」

「え──」

「絶対駄目!! 確かに今回のは悪いことだけど、だからって……諦めちゃうのは勿体ない、だろ」

 長い髪の隙間から、丸まった目が覗いた。

「反省して、これからは真摯に向き合って、ちゃんとしたものを作るなら……いいと、思う」

 我ながら、甘いことを言っているかもしれない。でも、だって。一度の過ちで幼い頃からの夢を諦めるのは、あまりに重すぎる気がしてしまって。

「……本当に、優しい。うん、約束する。これからは蘭月堂の人間として──田山くんの、その、友だちとして。恥ずかしくないことをするから」

 真剣な声でそう言って。小さく、彼は堪えきれなかったように息を漏らした。

「ああ……やっぱり──かみさまみたいだ」

 ……何故か、悪寒が走った。何故か? いや、わかっている。ゲームの少女と同じことを言っていたから。
 大丈夫。さすがに考えすぎだ。ゲーム脳も大概にしろよ。今回がイレギュラーだっただけで、ゲームのようなことなんてそうぽんぽん起きていいはずがない。

 目をこすってから改めて彼を見れば、やはりいつも通り。歪んだ愛情も目には宿っていない。

「……さっさと帰れ。今のお前見てたら殴りそうだから、早くしろ」

「……うん。本当に、ごめん。目を覚まさせてくれて、ありがとう」

「うっせ」

 またね、と小さく手を振れば。彼は控えめに、だけど喜色を滲ませて振り返してくれた。

 静かになった教室で、翔が大きくため息をついてしゃがみ込む。乱雑に頭を掻き、物言いたげな目でこちらを見あげた。

「……言っとくけど、アイツがしたのはそれくらいヤバいことなんだからな。職人志すのやめるって、真っ当な判断だと思うぜ」

「うん、そうかもな」

 返す言葉も無い。

「それに、友だちで居られることもそう! 絶交してもいいレベル! ……いいのかよ、本当に」

「いいよ。多分……初めての友だちで距離感がわからなかっただけなんだから、これからわかっていけばいい」

 初めての友人ができたというのに、絶縁だなんて──それはあまりにも、重いように思えてしまったのだ。ただ、仲良くしたい。それだけ。素朴だが、欲深い願い。

「……ほんっとお前、甘い」

「いいんだっての。絶交したら俺だってなんか悲しいし、仲良くしていくよ。翔も、文月くんと話してみたら?」

「…………はいはい。わかった」

 呆れたように幼馴染は言う。……助けてもらったのだから、本当に頭が上がらない。ありがとうと改まってお礼を言えば、でこぴんで返された。痛かった。

 部活を早々に切り上げたらしく、その日は久々にふたりで帰った。今度、蘭月堂に翔とも足を運んでみようか。もし文月くんと翔が仲良くなったら。……仲良くなれたら、と言う方が正しいかもしれないが。
 妙な禍根が残らないことを切に祈りながら、帰路に就いたのだった。



「おれ、おかしいのかな。……おかしいんだろう、なあ。ふふ、でも……あの子の近くに居られるなら、なんでもいいや」

 自室の中。歪んだ笑みを浮かべて、男は笑う。

「あの子はかみさまなんだから、堕ちてくれるはずもなかったんだ。ばかだなあ、おれ」

 自嘲して、跪き。手を組む。神に祈る敬虔な信者のように。

「ああ、田山くん。……おれの、かみさま……」

 あいしてる。

 低く呟いて、恍惚に頬を緩ませた。
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