5 / 26
お泊まり会・終幕
しおりを挟む
そこからは、意外と難も無く。
リビングで彼ら兄弟と夕ご飯までゲームをして、夜はまた彼らのお母さんが作ってくれた料理に舌鼓を打って。歯を磨いたあと、やって来た眠気に欠伸をする。
ああ、なんとか一日を乗り切れた。思ったよりも自分は失態をしていないし、彼らには慈悲がある。この調子ならば生きたまま帰れそうだ。
お気に入りの抱き枕はないが、まあきっとすぐ勉強の疲れで眠れるだろう。
ふあ、ともうひとつ欠伸をしたそのとき。テレビの傍に行った楓真が、何かを取りだした。
「じゃ、ホラー映画見よっ!! 夜はそのまま雑魚寝でいいよね?」
「え?」
真っ暗な部屋。テレビの明かりだけが、俺たちを照らす。再生されたそれは有名ではないが、なかなかどうして面白い。思わず息を飲んでしまう。
おどろおどろしい画面の中。主人公の男が、物音がした物置に手を伸ばす。中には、人ならざるものがいるのか。それとも、ただ何も無いのか。鼓動に似たBGMが、恐怖をよりいっそう掻き立てる。典型的ではあるが、技巧が巧みであるからこそ余計に恐ろしい。
そうして、主人公が、がらりと勢いよくそこを開けた瞬間──
「わああああああ!! ああああああああああ!!」
「陽、声大きいよ。ご近所の迷惑になっちゃう」
「なってもいいです!!」
隣から陽真くんの叫び声が聞こえてくる。山場がある場面ではずっとそんな調子だった。そうでなくとも、ひ、なんてか細い悲鳴が漏れている。
いつも冷静だから、非科学的なものなんて鼻で笑いそうなのに、予想外の反応だ。
頭まで潜った毛布から、目から上だけを出している。いっそ、見なければ怖いこともないのだろうが──それほど続きが気になるのだろうか。……こんなことを言えば確実にシメられるだろうが、なんか可愛らしい。
ひっ、と小さな声がまた聞こえたそのとき。きゅ、と腕を抱きしめられる感覚がした。
──反射的に、俺の腕を掴んでしまったようだ。一拍置いてから、はっとしたような顔をして。しかし硬直してしまったのか、恐ろしさからか、手を離すことはなくて。
ここで選択肢を間違ったら死ぬ。向こうに恥をかかせない形を取らなければ、俺は終わる。
焦りの滲んだような、複雑な表情を浮かべた陽真くんに──口を開いた。
「……ごめん、俺、実はすごく怖くて。このままでもいいかな」
「…………!」
囁くようにそう言えば、驚いたように目を見開いて。視線をうろつかせてから、彼も口を開く。
「……あ、貴方がそう言うなら、別に。許してあげます」
正解だったらしい。
心の中でガッツポーズを取りながら、また画面へ向き直る。髪の長い血塗れの女が大きく映り込んで、ぎゅうう、と強く腕が掴まれた。……ちょっとだけ痛いけど、弟に頼られている感覚とはこんなものだろうか。
溢れそうになる笑いを堪える。抱きしめられるその強さに、なんだか和んでしまった。
「……俺も、ちょっと怖いかもなあ……」
「優真兄さん、こういうの好きでしょ」
「……むう」
隣では、楓真に抱きつこうと考えたのか。優真さんが駆け引きにあえなく失敗していた。
***
「んー……、んー……?」
外が明るい。いつの間にか寝てしまっていたようだ。楓真の提案通り、そのまま雑魚寝したのか。どうやら、朝が来たらしい。お気に入りの抱き枕をぎゅうと抱きしめる。なんだか温かい。
薄目を開けて──ふと気づく。ああ、俺は昨日、楓真の家に泊めてもらったのだった。陽真くんに勉強を教えてもらったり、優真さんには卵焼きを作って。
楽しかったなあ、とぼんやりしたままの頭で考える。
そしてようやく、気づいた。楓真の家に、俺のお気に入りの抱き枕などあるわけがなく。この感触は、枕のそれではない。
ならば、これは──
「も、茂部、くん……」
困惑したような声。楓真のものだ。
瞬間、思考が止まる。俺は楓真に抱きつくようにして、寝ていたことを知り。
「……茂部くん」
「……茂部さん」
絶対零度の瞳が二対。俺を射殺さんばかりに貫いて。眠気が急速に醒めて、覚醒する。
ああ、なるほど。今日は命日らしい。
「すみませんでしたッ!!!!!!」
すぐに離れて、俺は潔く死を覚悟し土下座した。
家が揺れそうなほどの大声を出した自分に、拍手を送りたかった。咄嗟にしては素晴らしい声量が出たと、そして──最期の姿にしては立派だと。
がんと強く打った額の痛みも、死の恐怖と比べれば全くといっていいほど気にならなかった。
「べ、別に気にしなくていいよ! 本当に!」
「すみませんでした……大切なご兄弟に俺は……」
「……ううん、大丈夫。ただちょっと、驚いちゃっただけだからね」
嘘だ。そのわりに、俺を見る目が怖かった。いつも周囲には物腰が柔らかな態度の優真さんの、感情全てが抜け落ちたような顔。思い出すだけで背筋が凍る。
「…………寝ぼけてたら、誰にでもああやって抱きつくんですか?」
「絶対に、絶っっ対に違います。誤解です。すみません」
冷徹な声。昨日の様子とは正反対だ──なんて失礼なことを考えた自分を、心の中でぶん殴った。
ずるい。
ぽつりと、陽真くんが呟いた。そうだよね。楓真に抱きつきたかったよね、本当にごめん。
「あの……次は、こんな失態しないので……許してくれませんか……」
「次……ってことは、また来てくれるの!? わあ、やったあ!」
「え、いや」
そういう意味の次じゃなくて。語弊で、これからって意味で。
とも、言えず。嬉しそうに笑う楓真は、確実に悲しむだろう。その場合、本当に殺される。もう失態をしたことになる。
「ふふ、今から楽しみにしてるね。ね、兄さん、陽真!」
微笑んだまま、俺の手を取って。同意を求め振り向いた。
彼らは、というと。
「……うん。本当に、楽しみにしてるね」
「……ええ。絶対に来てくださいね。僕達も、待ってるので」
腹の底の読めない笑みでそういうものだから。気を失わないようにするのが、精一杯のまま──波乱万丈のお泊まり会は幕を閉じたのだった。
とりあえず、抱き枕で眠るのは今夜から辞めることにする。次に同じことをしたら──想像するのも恐ろしいから。
リビングで彼ら兄弟と夕ご飯までゲームをして、夜はまた彼らのお母さんが作ってくれた料理に舌鼓を打って。歯を磨いたあと、やって来た眠気に欠伸をする。
ああ、なんとか一日を乗り切れた。思ったよりも自分は失態をしていないし、彼らには慈悲がある。この調子ならば生きたまま帰れそうだ。
お気に入りの抱き枕はないが、まあきっとすぐ勉強の疲れで眠れるだろう。
ふあ、ともうひとつ欠伸をしたそのとき。テレビの傍に行った楓真が、何かを取りだした。
「じゃ、ホラー映画見よっ!! 夜はそのまま雑魚寝でいいよね?」
「え?」
真っ暗な部屋。テレビの明かりだけが、俺たちを照らす。再生されたそれは有名ではないが、なかなかどうして面白い。思わず息を飲んでしまう。
おどろおどろしい画面の中。主人公の男が、物音がした物置に手を伸ばす。中には、人ならざるものがいるのか。それとも、ただ何も無いのか。鼓動に似たBGMが、恐怖をよりいっそう掻き立てる。典型的ではあるが、技巧が巧みであるからこそ余計に恐ろしい。
そうして、主人公が、がらりと勢いよくそこを開けた瞬間──
「わああああああ!! ああああああああああ!!」
「陽、声大きいよ。ご近所の迷惑になっちゃう」
「なってもいいです!!」
隣から陽真くんの叫び声が聞こえてくる。山場がある場面ではずっとそんな調子だった。そうでなくとも、ひ、なんてか細い悲鳴が漏れている。
いつも冷静だから、非科学的なものなんて鼻で笑いそうなのに、予想外の反応だ。
頭まで潜った毛布から、目から上だけを出している。いっそ、見なければ怖いこともないのだろうが──それほど続きが気になるのだろうか。……こんなことを言えば確実にシメられるだろうが、なんか可愛らしい。
ひっ、と小さな声がまた聞こえたそのとき。きゅ、と腕を抱きしめられる感覚がした。
──反射的に、俺の腕を掴んでしまったようだ。一拍置いてから、はっとしたような顔をして。しかし硬直してしまったのか、恐ろしさからか、手を離すことはなくて。
ここで選択肢を間違ったら死ぬ。向こうに恥をかかせない形を取らなければ、俺は終わる。
焦りの滲んだような、複雑な表情を浮かべた陽真くんに──口を開いた。
「……ごめん、俺、実はすごく怖くて。このままでもいいかな」
「…………!」
囁くようにそう言えば、驚いたように目を見開いて。視線をうろつかせてから、彼も口を開く。
「……あ、貴方がそう言うなら、別に。許してあげます」
正解だったらしい。
心の中でガッツポーズを取りながら、また画面へ向き直る。髪の長い血塗れの女が大きく映り込んで、ぎゅうう、と強く腕が掴まれた。……ちょっとだけ痛いけど、弟に頼られている感覚とはこんなものだろうか。
溢れそうになる笑いを堪える。抱きしめられるその強さに、なんだか和んでしまった。
「……俺も、ちょっと怖いかもなあ……」
「優真兄さん、こういうの好きでしょ」
「……むう」
隣では、楓真に抱きつこうと考えたのか。優真さんが駆け引きにあえなく失敗していた。
***
「んー……、んー……?」
外が明るい。いつの間にか寝てしまっていたようだ。楓真の提案通り、そのまま雑魚寝したのか。どうやら、朝が来たらしい。お気に入りの抱き枕をぎゅうと抱きしめる。なんだか温かい。
薄目を開けて──ふと気づく。ああ、俺は昨日、楓真の家に泊めてもらったのだった。陽真くんに勉強を教えてもらったり、優真さんには卵焼きを作って。
楽しかったなあ、とぼんやりしたままの頭で考える。
そしてようやく、気づいた。楓真の家に、俺のお気に入りの抱き枕などあるわけがなく。この感触は、枕のそれではない。
ならば、これは──
「も、茂部、くん……」
困惑したような声。楓真のものだ。
瞬間、思考が止まる。俺は楓真に抱きつくようにして、寝ていたことを知り。
「……茂部くん」
「……茂部さん」
絶対零度の瞳が二対。俺を射殺さんばかりに貫いて。眠気が急速に醒めて、覚醒する。
ああ、なるほど。今日は命日らしい。
「すみませんでしたッ!!!!!!」
すぐに離れて、俺は潔く死を覚悟し土下座した。
家が揺れそうなほどの大声を出した自分に、拍手を送りたかった。咄嗟にしては素晴らしい声量が出たと、そして──最期の姿にしては立派だと。
がんと強く打った額の痛みも、死の恐怖と比べれば全くといっていいほど気にならなかった。
「べ、別に気にしなくていいよ! 本当に!」
「すみませんでした……大切なご兄弟に俺は……」
「……ううん、大丈夫。ただちょっと、驚いちゃっただけだからね」
嘘だ。そのわりに、俺を見る目が怖かった。いつも周囲には物腰が柔らかな態度の優真さんの、感情全てが抜け落ちたような顔。思い出すだけで背筋が凍る。
「…………寝ぼけてたら、誰にでもああやって抱きつくんですか?」
「絶対に、絶っっ対に違います。誤解です。すみません」
冷徹な声。昨日の様子とは正反対だ──なんて失礼なことを考えた自分を、心の中でぶん殴った。
ずるい。
ぽつりと、陽真くんが呟いた。そうだよね。楓真に抱きつきたかったよね、本当にごめん。
「あの……次は、こんな失態しないので……許してくれませんか……」
「次……ってことは、また来てくれるの!? わあ、やったあ!」
「え、いや」
そういう意味の次じゃなくて。語弊で、これからって意味で。
とも、言えず。嬉しそうに笑う楓真は、確実に悲しむだろう。その場合、本当に殺される。もう失態をしたことになる。
「ふふ、今から楽しみにしてるね。ね、兄さん、陽真!」
微笑んだまま、俺の手を取って。同意を求め振り向いた。
彼らは、というと。
「……うん。本当に、楽しみにしてるね」
「……ええ。絶対に来てくださいね。僕達も、待ってるので」
腹の底の読めない笑みでそういうものだから。気を失わないようにするのが、精一杯のまま──波乱万丈のお泊まり会は幕を閉じたのだった。
とりあえず、抱き枕で眠るのは今夜から辞めることにする。次に同じことをしたら──想像するのも恐ろしいから。
692
あなたにおすすめの小説
実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…
彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜??
ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。
みんなから嫌われるはずの悪役。
そ・れ・な・の・に…
どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?!
もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣)
そんなオレの物語が今始まる___。
ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️
クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。
とうふ
BL
題名そのままです。
クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。
病んでる愛はゲームの世界で充分です!
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。
幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。
席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。
田山の明日はどっちだ!!
ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。
BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。
11/21
本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
最可愛天使は儚げ美少年を演じる@勘違いってマジ??
雨霧れいん
BL
《 男子校の華 》と呼ばれるほどにかわいく、美しい少年"依織のぞ"は社会に出てから厳しさを知る。
いままでかわいいと言われていた特徴も社会に出れば女々しいだとか、非力だとか、色々な言葉で貶された。いつまでもかわいいだけの僕でいたい!いつしか依織はネットにのめり込んだ。男の主人公がイケメンに言い寄られるゲーム、通称BLゲーム。こんな世界に生まれたかった、と悲しみに暮れ眠りについたが朝起きたらそこは大好きなBLゲームのなかに!?
可愛い可愛い僕でいるために儚げ男子(笑)を演じていたら色々勘違いされて...!?!?
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる