アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy

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49 求援してみよう

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 魔獣の顔面近く、爆発が起きた。
 数呼吸を置いて、煙が消え。
 その後に、大きな顔面半分程度と片手の指先が消え去っていた。
 ゆっくり、巨体が後方へ傾いていく。
 ズシン、と地響きを立て、毛むくじゃらの巨獣は天を向いて倒れていた。

「やった――オータ」
「おう、やったな」

 大きく息をつき、父は目を閉じている。
 立ち上がるのももどかしく、あたしはその脇へと這い寄った。

「最後、あいつの頭と手が止まった、か」
「うん」
「イェッタが転がった、それを目で追った、せいだな」
「うん」

 直前まで標的にしていたものより小さい何かが、動いた。それを目で追い凝視しようと、一瞬頭の動きを止めてしまったのだろう。
 その瞬間に、爆発を合わせることができた。最後はただ、幸運だっただけかもしれない。
 二人で土と汗まみれの顔を見合わせ、荒い息が収まらない。

「足、抜けない?」
「ああ、無理みたいだ」
「イーヴォたち、呼んでくる」
「おお、頼む」

 四人が林の中に逃げ込んでから、しばらく経つ。ふつうならあたしの足じゃ追いつけないだろうけど、怪我人に肩を貸してだから、進行は遅いだろう。
 もし途中で追いつけなくても、とにかく村まで戻ってでも人を呼んでこなけりゃ、父を動かすことはできないんだ。

「ぜったい、呼んでくる。オータ、頑張って」
「おお」

 荒い息で、父は少しずつ弱ってきている気がする。大木の下で見えないけど、出血しているのかもしれない。
 少しでも早く助けを呼んでこなけりゃ、とあたしは口を引き結んだ。
 森の中を一人で進むなんて初めてだけど、やるしかない。

「待ってて」

 ひと声残し、あたしは駆け出した。
 いつもホルガーには「歩いてんだか走ってんだか分かんねえ」と馬鹿にされる速さだけど、とにかく全速だ。
 かなり陽が傾いて、森の中は暗くなってきている。本来なら訳分からない怖ろしさに駆られてくるところだけど、そんなこと感じていられない。
 幸いなことにあの魔獣のお陰で他の獣たちは皆逃げてしまったんだろう、そうしたものの出没も声もない。
 あたし一人なら兎や鼠にも出逢ったら無事の保障はないところだけど、その辺心配もなく駆け続ける。
 でも、いくら駆けても駆けても、先行する四人の姿は見えなかった。
 方角はこれで合っていたんだろうか。
 あまり遅くなったら手元が見えなくなって、父の救出が困難になるんじゃないか。
 そんな懸念が頭を渦巻いて、泣きたい思いが込み上げてきた。
 でも。

――泣いてる暇なんか、あるか。とにかく先へ進むべし!

 がさがさがさがさ茂みをかき分け、何度も足を滑らせひっくり返り。
 もう全身顔や頭まで土まみれだろうけど、とにかくとにかく先へと足を運ぶ。
 まだ、森は切れない。村の柵も見えてこない。
 我武者羅がむしゃらに走り、転がり、伸び上がり。
 高い草をかき分けたとき。
 人の姿が、先に見えた。あの四人だ。

「イーヴォ、ケヴィン!」

 必死に声を張り上げると、足を止めて四人は振り向いた。
 小さいこちらが草に隠れて見つけられないらしくしばらく見回し、それから認めてくれたみたいだ。

「おお、イェッタか」
「どうした、まさかライナルト――」

 あたし一人が駆けてきたということで、すぐ思いつくのは父が死に瀕して娘だけ逃がした、という可能性だろう。
 それには首を振り、あたしは声を絞った。

「魔獣、たおした。でもオータ、木の下敷き、動けない」
「倒した?」
「木の下敷き?」
「倒したのか、本当か?」
「二人、すぐ行ってやれ。俺らはここで待つ」

 目を剥いてイーヴォとケヴィンが年長者たちを窺うと、負傷した二人はすぐに指示を返した。
 マヌエルとオイゲンは足を怪我しているが、出血はたいしたことないようだ。無理をしないように動きを控えていれば悪化することもないだろう。

「よし、待っていろよ」
「イェッタ、ライナルトはさっき闘っていた辺りか?」
「もう少し、奥」
「分かった。急いで行くぞ」
「おお」

 若い二人は、すぐに駆け出していった。
 それを追おうとしたあたしを、マヌエルが呼び止めた。

「イェッタは、行かない方がいい」
「でも――」
「悪いが、お前が一緒だと行きも帰りも遅れかねん。急いでライナルトを連れてこれないと、夜になっちまう」
「今は他の獣たちも遠のいているようだが、そのうち戻ってくるかもしれん」
「そ、か……」

 力なく、しゃがみ込んでしまう。きっとあたし、情けない顔になっている。
 わずかに笑いを浮かべて、オイゲンが頭を撫でてくれた。

「よくここまで、知らせに来てくれたな。偉いぞ」
「絶対、ライナルトを死なせるわけにはいかん。あの魔獣を倒したってんなら、またあいつに村は助けられた。あいつは村の救いの英雄だ」
「……ん」

 大人たちに会うことができて、少し安心して。張りつめた気が緩んで、不安が迫り上がってきた。
 父は、助かるだろうか。
 あのまま木の下から出られずに、息絶えるんじゃないか。
 思い始めると、ぐすぐすと涙が溢れてくる。
 オイゲンが脇に抱き寄せ、マヌエルが頭を撫でてくれる。

「大丈夫だ、ライナルトは助かるさ」
「少しの辛抱だ。きっとあいつらが助けて、連れてくる」
「……ん」

 次第次第、梢の上に空は暮れてきている。
 助けを求める父の元へ何度も駆け出したい思いが募り、そのたび気を抑えて涙を啜り上げた。
 そのうち。
 すっかり薄暗くなった茂みの奥に、ガサガサと足音が聞こえてきた。

「おーい」
「お、ケヴィンか。ライナルトは連れてこれたか?」
「おお。木を持ち上げるのに苦労したが、やっと抜け出せた」

 若者二人で肩を貸して、父がようやっとの足どりで近づいてくる。
 ぱっと起き上がり、あたしはその足元へ駆け寄った。

「オータ!」
「おう、もう大丈夫だぞ」

 脚に縋りつこうとして、思い留まる。
 土にまみれ少し血の滲んだズボンの脚は、まちがいなく負傷しているはずだ。
 イーヴォの説明ではどうも、左の太腿辺りが折れているらしい。ただ思ったより出血は少ないので、しばらく固定していれば骨は繋がるのではないかという。
 二人の説明では。
 まちがいなく魔獣は倒れて、絶命していた。
 ライナルトは両脚が木の下敷きになっていて、太い棒をテコにして持ち上げ、ようやく引っ張り出した。
 ということだ。

「とにかく村に戻って、治療をしようぜ」
「ああ、早くした方がいい」

 ケヴィンの言葉に年長の二人も頷き、立ち上がる。
 ケヴィンが二人に、イーヴォが父に肩を貸して、何とか歩き出した。オイゲンとマヌエルの怪我は父よりはかなり軽く、脚の打ち身程度と思われる、という。
 大人たちの歩みを邪魔しないように、あたしは必死にその後についていった。

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