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1.夢のはじまり
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僕の家は、美容室だ。
お店の名前は「Salon Lino(サロン・リノ)」。大きな街の片隅、小さな商店街の中にあって、ピンク色の看板が目印の、ちょっとおしゃれな店だ。
朝になると、コーヒーの香りと一緒に、ドライヤーの音が響く。カチッ、カチッとハサミの音が聞こえるたびに、僕の胸はわくわくする。
それはたぶん、生まれたときからこの音に囲まれて育ったからだと思う。
「はい、これで完成よ。すっごく似合ってる!」
ママの明るい声が、鏡の前で笑う女の人の顔をさらに明るくする。パパはいつも無口だけど、髪を切るときは魔法使いみたいだ。くしゃっとした髪の毛も、パパの手にかかれば、まるで風に乗るように自然に整っていく。
僕は、そのふたりの姿を見るのが大好きだった。
パパとママが誰かをきれいにするたびに、その人はちょっと自信がついたような顔になる。うつむいてた人が、鏡を見て「ありがとう」って笑う。その一瞬が、キラキラして見えた。
僕が「美容師になりたい」と思ったのは、たぶん、ずっと前から決まっていた。
でも、本気でそう思ったのは、小学三年生のある日のことだった。
その日は、学校から帰ると、ママの美容室にお客さんが来ていた。ちょっと年上のお姉さんで、制服を着ていたから、中学生だと思う。
彼女は髪を肩までバッサリ切りたいと言っていた。でも、どこか自信なさげだった。
「……本当に、似合うかな」
そうつぶやいたとき、ママはニッコリ笑って、彼女の肩に手を置いた。
「髪を切るって、変わるってこと。新しい自分に会う準備ができたってことよ」
その言葉が、僕の胸にスーッと染み込んできた。
ハサミが動き、髪がふわりと宙を舞う。鏡の中の彼女は、だんだんと違う顔になっていった。明るく、強く、自分を好きになったみたいな顔。
終わったあと、彼女は目を潤ませながら笑った。
「ありがとうございます。なんか、勇気が出ました」
僕は、息をのんでいた。こんなにも、人を変えることができるんだ。たったひとつの髪型で。たった一回のカットで。
あの瞬間、僕は心の中で、決めたんだ。
僕も、美容師になりたい。人を笑顔にできる、“髪の魔法使い”になりたい。
その日から、僕はパパやママが使い終わったウィッグをこっそり練習に使い始めた。使わなくなったハサミをもらって、自分のぬいぐるみの毛を切ってみたり、友達の髪を切りたくてウズウズしたり。
「まだ早いわよ」と言われても、「危ないからやめなさい」と止められても、気持ちは変わらなかった。
それでも、パパは言った。
「やるなら本気でやれ。遊び半分ならやめとけ」
僕は、うなずいた。本気だったから。
それが、僕の“美容師人生”の、はじまりだった。
お店の名前は「Salon Lino(サロン・リノ)」。大きな街の片隅、小さな商店街の中にあって、ピンク色の看板が目印の、ちょっとおしゃれな店だ。
朝になると、コーヒーの香りと一緒に、ドライヤーの音が響く。カチッ、カチッとハサミの音が聞こえるたびに、僕の胸はわくわくする。
それはたぶん、生まれたときからこの音に囲まれて育ったからだと思う。
「はい、これで完成よ。すっごく似合ってる!」
ママの明るい声が、鏡の前で笑う女の人の顔をさらに明るくする。パパはいつも無口だけど、髪を切るときは魔法使いみたいだ。くしゃっとした髪の毛も、パパの手にかかれば、まるで風に乗るように自然に整っていく。
僕は、そのふたりの姿を見るのが大好きだった。
パパとママが誰かをきれいにするたびに、その人はちょっと自信がついたような顔になる。うつむいてた人が、鏡を見て「ありがとう」って笑う。その一瞬が、キラキラして見えた。
僕が「美容師になりたい」と思ったのは、たぶん、ずっと前から決まっていた。
でも、本気でそう思ったのは、小学三年生のある日のことだった。
その日は、学校から帰ると、ママの美容室にお客さんが来ていた。ちょっと年上のお姉さんで、制服を着ていたから、中学生だと思う。
彼女は髪を肩までバッサリ切りたいと言っていた。でも、どこか自信なさげだった。
「……本当に、似合うかな」
そうつぶやいたとき、ママはニッコリ笑って、彼女の肩に手を置いた。
「髪を切るって、変わるってこと。新しい自分に会う準備ができたってことよ」
その言葉が、僕の胸にスーッと染み込んできた。
ハサミが動き、髪がふわりと宙を舞う。鏡の中の彼女は、だんだんと違う顔になっていった。明るく、強く、自分を好きになったみたいな顔。
終わったあと、彼女は目を潤ませながら笑った。
「ありがとうございます。なんか、勇気が出ました」
僕は、息をのんでいた。こんなにも、人を変えることができるんだ。たったひとつの髪型で。たった一回のカットで。
あの瞬間、僕は心の中で、決めたんだ。
僕も、美容師になりたい。人を笑顔にできる、“髪の魔法使い”になりたい。
その日から、僕はパパやママが使い終わったウィッグをこっそり練習に使い始めた。使わなくなったハサミをもらって、自分のぬいぐるみの毛を切ってみたり、友達の髪を切りたくてウズウズしたり。
「まだ早いわよ」と言われても、「危ないからやめなさい」と止められても、気持ちは変わらなかった。
それでも、パパは言った。
「やるなら本気でやれ。遊び半分ならやめとけ」
僕は、うなずいた。本気だったから。
それが、僕の“美容師人生”の、はじまりだった。
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