僕は天才美容師

ましゅまろ

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4. ママの髪を切った日

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あの日の夕方、僕は少しだけ手が震えていた。

 美容室の閉店後、ママが僕に言った。

「ねえ、海斗。今度は……私の髪、切ってみる?」

 その瞬間、心臓がドクン、と大きく鳴った。

 今まではウィッグや友達の軽い整えカットだった。でも、ママはプロだ。長年、美容師として何百人もの髪を切ってきた。そんな人の髪を、自分が切るなんて——。

「本当に、僕でいいの?」

「いいわよ。だって、私、あなたの“お客様第一号”になりたいから」

 ママの笑顔はいつもと変わらなかった。でも、そのやさしさの裏には、僕への“本気の信頼”があるのを感じた。

 だからこそ、怖かった。

 プロの目の前で、失敗するのが。自分の未熟さを見せてしまうのが。

 でも、それでも——やるしかない。

「……お願いします」

 僕は覚悟を決めた。

 ママの髪は、鎖骨のあたりまである軽いウェーブ。今回は肩くらいまでのミディアムにする予定だった。僕は何度もコームを入れて、ラインを確認した。髪質、毛量、生え方——ママの髪は、僕が毎日見てきたもの。でも、切るとなると話は別だ。

 ひとつひとつ、慎重に整えていく。コームを動かしながら、目で形を追い、ハサミをまっすぐに入れる。

 ——シャキン。

 1回、また1回。息をのむようにして切るたび、ママのシルエットが変わっていく。

「……海斗、すごく真剣ね」

「……うん。失敗、したくないから」

 ママはふっと笑って言った。

「失敗したっていいのよ。あなたが一生懸命、私をキレイにしようと思ってくれること。それだけで、私はうれしいの」

 その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。

 僕は、美容師として、目の前の“お客様”と向き合おうと思った。

 髪を整え、毛先をそろえ、量を調整していく。ラインに迷ったら、ママの顔を見た。その表情に、ヒントがある気がした。

 そして30分後——

「……完成」

 ママが鏡の前に立った。

 自分の髪を見て、ゆっくりと触れる。そして、にっこり笑った。

「うん。すごくいいわ。今の私にぴったりの髪型ね」

「ほんとに……?」

「ええ。何より、あなたがこの髪にこめてくれた気持ちが、ちゃんと伝わってきた」

 僕はその場で、思わず深くお辞儀をした。

「ありがとうございました!」

 それは、美容師としての“最初の感謝”だった。

 この日から、僕の努力はもっと本気になった。

 毎日、学校から帰ったら鏡の前に立ってウィッグで練習。YouTubeでプロの技術動画を見て、ノートに手順やポイントを書き写した。夜、手が疲れて動かなくなるまでハサミを持ち続けた。

 ママとパパも、ときどきアドバイスをくれた。

「手首を柔らかく」「髪の流れを見る」「切る前に“どうしたいか”を必ず聞くこと」

 でも、決して手取り足取りは教えてくれなかった。

「才能より、習慣。続けられるやつが、一番強いんだ」

 そう言ったのは、無口なパパだった。

 たぶん、パパも昔、誰にも見られないところで、黙って努力していたんだろう。

 僕は、いつかパパに勝ちたいと思った。ママにもっと「切って」と言われたいと思った。

 その日から、僕は一日も休まずに練習した。

 友達がゲームをしている時間も、僕はコームを動かしていた。

 誰かに笑われても、恥ずかしくなかった。だって——

 僕は、美容師になるって決めたから。
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