僕は天才美容師

ましゅまろ

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5. 伝説の美容師との出会い

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夏休みも終わりに近づいたある日、ママが珍しくそわそわしていた。

「ねえ海斗。明日、お店ちょっと忙しくなるかも」

「なんで?」

「……すごい人が来るのよ。“吉良 蓮(きら れん)”っていう人。聞いたことない?」

「吉良蓮……?」

 僕は首をかしげた。でもその名前に、ママが少し緊張しているのが伝わってきた。

「“ReN”っていう都内の人気サロンのトップスタイリストよ。カットの技術もセンスも超一流って言われてて、SNSでもフォロワー10万人以上。美容師の中でも伝説級って言われてる人」

 そんなすごい人が、なぜうちのような町の美容室に?

 ママは言った。

「昔、少しだけ一緒に働いたことがあるの。そのご縁で、出張のついでに寄ってくれるらしくて……」

 僕は胸が高鳴った。

 本物のプロが来る。しかも、目の前で技術を見られるかもしれない。

 その夜、僕は何度もSNSで「吉良蓮」の名前を検索した。

 洗練されたスタイル、無駄のない動き。仕上がったヘアスタイルはどれも個性的なのに、お客さん一人ひとりの“らしさ”を最大限に引き出していた。

 コメントには「人生で一番の髪型にしてもらいました」「勇気が出た」なんて言葉が並んでいた。

 この人は、本当に“魔法使い”なのかもしれない——そう思った。

 そして翌日。

 午前11時。開店してまもなく、吉良蓮さんが現れた。

 長身で、無駄のない服装。黒のシャツにグレーのパンツ。髪は短く整えられ、どこか中性的な雰囲気。けれどその立ち姿には、圧倒的なオーラがあった。

「久しぶりだね、志保(しほ)」

 ママの名前を呼ぶ声も静かで、でもよく通る。

 僕はあいさつした。

「は、初めまして!海斗です!」

 蓮さんは僕を一瞬見て、微笑んだ。

「……へえ、いい目をしてるな。志保の息子か」

 それだけで、背筋がピーンと伸びた。

 その日は蓮さんが、ママの旧友である女性のお客さんをカットする予定だった。僕は隅の椅子に座って、道具を並べる手つき、髪を分ける角度、ハサミの握り方……すべてを凝視した。

 ——一切のムダがない。

 そしてなにより驚いたのは、**「話し方」**だった。

「今日は、どんな気分? 気持ちに合わせて髪を変えると、少しだけ自分に優しくなれるよ」

 ただ髪を切るのではなく、その人の“心”を見ていた。

 蓮さんが動くたびに、お客さんの表情が変わっていった。安心して、任せて、最後には目を潤ませて「ありがとう」と言った。

 僕は……言葉を失っていた。

 切り終えたあと、蓮さんはタオルを片付けながら、ふと僕の方を見た。

「君、ハサミ、持ってるんだろ?」

「えっ?」

 「なんでわかったんですか」と言いかけたとき、蓮さんが続けた。

「手が、“切りたい手”をしてる。まだ未熟だけど、芯がある」

 その言葉に、体が一瞬固まった。

「……もし本気でやりたいなら、“髪を切る”じゃなく、“人を見ろ”。髪は、心の一部だよ」

 僕はその言葉を、胸に刻んだ。

 それは、ハサミのテクニックよりもずっと深い、美容師としての“哲学”だった。

 その日から、僕は新しい目で人を見るようになった。

 髪のクセ、話し方、表情——すべてが「どんな髪型が似合うか」へのヒントになる。

 そして、もっと努力しなければと思った。

 海斗は、プロの凄みにふれたことで、夢が少しだけ現実に近づいた気がした。

 でも同時に、自分がまだ何も知らないことにも、気づいてしまった。
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