僕は天才美容師

ましゅまろ

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7. 僕だけの“スタイル”を探して

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夏が終わり、季節は秋になった。

 僕は毎日、変わらずお店の掃除を続けていた。ウィッグの練習も欠かさなかったし、動画を見てノートに手順を書き写す日課も、今やすっかり習慣になっていた。

 でも、ふと気づいた。

 最近、手が止まる時間が増えている。

 理由は、自分でもわかっていた。

 僕がやっているのは、誰かのカットの“まね”ばかりだった。

 吉良蓮さんの動画を見て、同じようなカットをしてみる。ママのやり方をそっくりに再現してみる。パパが教えてくれたハサミの動きも、なるべくそのままなぞってみる。

 でも——全部、“その人”のやり方だ。

 僕の“やり方”ってなんだ?

 僕にしかできないカットって、どんなものなんだろう?

 練習を重ねれば重ねるほど、自分が“自分”じゃなくなっていくような、不思議な気持ちになっていった。

 そんなある日、ママが声をかけてきた。

「最近、ちょっと手が止まってるわね」

「……わかる?」

「海斗の目を見ればわかるよ。まねを卒業する時期が来たんじゃない?」

「卒業……?」

「そう。“海斗らしさ”を探す時期よ」

 僕はその言葉を、何度も心の中でくり返した。

 ——僕らしさ。

 でも、どうやって見つければいいんだろう。

 そのヒントは、意外なところにあった。

 学校で仲のいい女子のひとり、千夏(ちなつ)ちゃんが、髪型を変えたときのことだった。

「どうかな? イメチェンしてみたんだ」

 前髪を少し短くして、サイドに軽くレイヤーが入っていた。

 まわりの友達は「似合ってる!」「可愛くなったね!」と盛り上がっていたけど、僕はなぜか、違和感を覚えた。

 「うまい」カットだ。でも、どこか無理してる感じがした。

 あとで、こっそり聞いてみた。

「千夏ちゃん、本当はどんな髪型が好き?」

 すると、彼女は少しだけ困ったような顔をして、答えた。

「……本当は、もっと自然なやつ。こういうの、“流行ってるから”って言われてやったけど……あんまり落ち着かなくて」

 僕はハッとした。

 人の“好き”って、見た目だけじゃわからない。

 そして、「うまいカット」が「似合うカット」になるとは限らない。

 その日の夜、僕はウィッグを見つめながら考えた。

 僕が切りたいのは、何だろう。

 上手にそろえることでも、流行をなぞることでもない。

 “その人が、いちばん自分を好きになれる髪”。

 それを見つけることが、僕の“スタイル”かもしれない。

 次の日、僕は新しいノートを一冊開いた。

 名前を「スタイルノート」とつけて、毎日、人の髪型を観察するようにした。友達、先生、通りすがりの人、テレビに出てくるタレントやアナウンサー。

 「この髪型のどこがいいんだろう?」
 「どうして似合っているように見えるんだろう?」
 「もし自分だったら、どこを変える?」

 目に映るすべての髪型を、自分なりに分析していった。

 やがて、自分の中に少しずつ“好きなバランス”や“美しいと感じるライン”が育ってきた。

 直線より、ゆるやかな曲線。
 厚みより、軽やかさ。
 左右対称より、少しだけ“ずらし”がある方が好き——

 技術じゃなく、「感性」で選び取ったスタイル。

 それを意識してウィッグを切ってみた。

 すると、不思議なことに、ハサミの音が心地よく響いた。流れるように手が動いた。

 パパが、それを横目で見て、珍しく口を開いた。

「……おまえ、変わってきたな」

「え?」

「“切る”んじゃなく、“作ってる”手になってきた」

 その一言が、何よりもうれしかった。

 僕の“スタイル”はまだまだ未完成だ。でも、少なくとも僕は、自分の目と手で、“好き”を探しはじめた。

 きっとこれが、美容師としての“次のステップ”だ。
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